『わあ! このお化粧品可愛いね!』
『そうね。本物じゃないけどね』
小さい頃、お姉ちゃんと一緒におままごとをしたときの光景を思い出した。
机の上いっぱいに化粧品の形をしたおもちゃを広げてよく遊んだ。
「わあ! この化粧品可愛い!」
「そうね。本物じゃないけどね」
全く同じシチュエーション。同じセリフ。
今、大人になった私の目の前で広げられている化粧品の形をした物体の数々。
当然おもちゃではない。
――全てスパイギアである。
「さて、どれから聞きたい? 試したい?」
真里お嬢様が目をらんらんと輝かせながら聞いてくる。
自信作とのことで、早く説明したいのだろう。
「じゃあ……この口紅」
「それはね! 物質溶解剤よ!」
「何その怖そうな名前……」
ドン引きする私の目の前に、真里お嬢様はA4ノートくらいの大きさのガラスを一枚置いた。
「このガラスに口紅を塗ってみて」
言われた通りにしてみる。
しかし、口紅のキャップを外してみたが普通の口紅との違いが見当たらない。
不思議に思いながら、ガラスに口紅を塗ってみる。
――すると、塗った部分が泡を出しながら溶けていった。
「うわ! 怖っ!!」
口紅を塗った部分にぽっかりと穴ができた。
そこそこ厚いガラスだったのに……。
「凄いでしょ!」
「う……うん。怖いけど」
間違えて自分の口に塗ったらどうなってしまうのだろうか。
「この色の口紅ならガラスなら完璧に穴を開けれるわ。ガラス以外……例えば金属の類だったら別の色の口紅を使うことになるわ。ほら、沢山色があるでしょ? 金属によって色を選んで使えば、大体の物質に作用し『溶ける』という現象を引き起こすことができるわ」
「凄い技術だね……」
「じゃあ、次はこのヘアスプレーをガラスに吹きかけてみて!」
言われた通りにガラスにスプレーを吹きかけてみる。
すると、泡が噴射され、ガラスが白い泡で覆われた。
やがてシューという音を挙げながら、泡が弾けていった。
「ええ!? どういうこと!?」
「ビックリしたでしょ」
ニヤニヤする真里お嬢様。
さっきまでぽっかりと空いていた穴が塞がり、綺麗な一枚のガラスに戻っていた。
「これは『ガラス修復材』よ。ガラスにしか使えないけど、一度空けた穴を綺麗に戻すことができるの。これがあればガラスを破って侵入しても、痕跡を消すことができるわ」
真里お嬢様の技術力……恐るべし。
どういう技術なのか全く分からないけど、まさしくアニメや映画で出てくるようなビックリツールである。
「じゃあ、このマスカラは何?」
「それはマーキングツールよ。このマスカラには粉状のマイクロチップが入っているの。これを塗った対象をGPSで追うことができるわ」
「どう見ても普通のマスカラにしか見えないんだけど……」
間近でじっくり観察してもわからない。
マイクロチップ? まったく気づかない。もしかして、このキラキラ輝くラメがマイクロチップなのだろうか?
「このネイルはどうかしら?」
「確かに可愛いけど……これはもしかして武器?」
「そうよ! このネイルは『ネイルガン』という武器で、ネイルに小さな銃の機構を備え付けてあるわ。これで毒針を射出することができるわ」
「ええ……毒針? 私は誰かを暗殺しなきゃならないの?」
「万が一の時のためよ! それに麻痺毒だから、相手を殺すようなことは無いわ」
「それならいいけど……」
なんだか複雑な気分になる。
確かに、日本刀を持った人との戦闘になったけど、私達は戦いではなく情報収集の役割を持った組織。
戦闘専門の組織ではないと平沢さんは言っていた。だからこれを使う場面が訪れなければいいな。
「あとね、銃だけでなくて手刀を使う時にも使えるわ」
「手刀って空手の技よね?」
「そうそう。蛇拳でもいいわ。爪自体が刃で毒も塗られているから、ネイルで相手に傷を負わせることができれば、相手を麻痺させることができる」
「ソウナンデスネ」
なんか、ネイルで自爆してしまいそう。
毒塗ってあること忘れて頬や頭を掻いて自分の肌に傷を負わせたら、そこから麻痺毒が体内に入り込むんだよね……。
「最後はこれよ!」
数々のラインナップ。
もうお腹いっぱいですよ。
心の中でそう呟いたが、楽しそうな真里お嬢様の姿を見て言葉に発するのをやめておいた。
「お洒落な黒い傘ね。これは日傘かしら?」
「そうよ! 日傘として使うこともできるけど、棒状の武器にもなるし、傘を開けば銃弾を避ける盾にもなるわ!」
真里お嬢様から傘状の武器を渡された。
しかし、意外に軽い。硬さも申し分無いようだ。
「この傘なら日本刀とも切り結べるわ!」
「日本刀持った人と二度と戦いたくないんだけど……」
日本刀による攻撃をこの傘で受け止める想像をした。
……ダメだ。絶対にそんなことしたくない! 怖すぎる!
「気に入ってくれたかしら?」
「まあ、凄いとは思うよ」
――気に入る気に入らないの前に、そういう状況にならないようにしたいんだけど!
とはいえ、あの日本刀女との戦いも突然であった。
事前にそういった危険人物が存在することなど全く想定していなかった。
だから、いざという時にこのスパイギアは私のことを救ってくれるのかもしれない。
「それに、化粧品の形をしているのはお洒落ね。化粧品や可愛いアイテムを駆使して戦うのはカッコイイ女スパイって感じがする」
「そうでしょう! そうでしょう!」
真里お嬢様が化粧品スパイギアをポーチの中に仕舞うと、私に渡してきた。
ありがたく頂戴すると、真里お嬢様は次に地図を渡してきた。
「さっき美琴ちゃんとシンジちゃんにデートをするよう言ったけど、この地図の場所に行ってほしいのよ」
「この地図は……?」
何だろう? スマートシティの地図のようだが、会社が密集した「企業エリア」という場所の中に花の絵で印がつけられている。
「この目印が指し示す場所は、わたくし達の仲間がいる場所。わたくしと同じように、先にスマートシティ内で拠点を構えて貰っている子がいるのよ」
「そうなんですね。私達以外にも仲間が居たんだね」
「ええ。その都度説明していくわ」
「あ、この他にも居らっしゃるんだね」
渡された地図をまじまじと見つめながら小さく呟いた。
「ここに来て新キャラかよ」