「うわぁ……。未来にタイムスリップしたみたい」
――バルクネシアのスマートシティ。
目の前に聳え立つ摩天楼――中央棟を中心としてありとあらゆるビルが聳え立っている。
周囲の人を見回してみても、私と同じように口をポカンと開けて圧倒されている。
「ねーねー。凄いよね。彼ピッピ」
「……なんだよ、それ」
「えー『何だよ』ってぇ。ウチらこういう恰好してるじゃん?」
「……」
私は近くのビルの大きな窓ガラスを指さし、平沢さんに自分達の姿を見せた。
私は金髪黒ギャル姿。平沢さんも金髪で日焼けしたギャル男の恰好となっている。
「演技だよ演技」
「……わかった」
恥ずかしそうに頬を染める平沢さん。
面白いので、彼の左腕に抱き着いてみた。
「……!?」
「あー彼ピッピ顔赤くなってるぅー」
平沢さんは耳まで赤くさせながらそっぽを向いた。
周囲の他の観光客は私達のやり取りを微笑ましいと思ったのか、ニヤニヤしている。
「……で、今日のスケジュールは観光ツアーに参加するってことで良いっしょ?」
「あー……そうだよ、ハニー」
私は思わず吹き出してしまった。
「何ソレ! マジウケるんだけど! ははははははは……!」
「……もういい!」
平沢さんは拗ねたようにズカズカと歩き始めた。
「ちょ、ごめんごめんってぇ。ほら頑張った頑張った!」
「……」
平沢さんの頭を撫でてみた。
怒っているのか照れているのかわからないような表情になった。
スパイになる前はこんなに表情豊かじゃなかったのに、今は揶揄い甲斐がある。
非常に楽しい。
今日はカップルという設定で変装してるから、たくさんスキンシップを取って困らせてやろう。
◆◆◆
スマートシティ観光ツアーが始まった。
私達を担当している人はバルクネシアの方らしいが、流暢に日本語を操った。
「皆さん、こちらの無人自動車に乗って移動します。乗車の前に、お配りしたシールを手の甲にちゃんと貼ってくださいね」
ガイドさんの指示に従い、配られたシールを手の甲に貼ってみた。
「このシールはマイクロチップが付着されています。このチップでキャッシュレス決済を体感できます。将来的に、手等の身体にマイクロチップを埋め込むことによって、スマートフォンや決済カードを取り出さなくても電子的に取引が行えるようになります」
自分の手の甲をまじまじと見てみた。
確かに、マイクロチップを身体に埋め込むことをしている地域があることを知っている。
鉄道利用も手をセンサーにかざすことで利用できるようになっていた。
また、裾野のスマートシティが一般利用できるようになった時も、マイクロチップを体内に入れた人がいると噂にもなった。
私は……体内にチップを埋めるのは少し怖いなと思った。
耳に穴を開けるのが怖くてピアスもしてないくらいだもの。
「わ! すごいよ彼ピッピ! 運転手がいない車が走ってきたよ」
「ああ」
平沢さんはギャル男になるのを諦めたようだ。
車の後部座席に乗ってみた。目の前にパネルが置いてあり、目的地を選択する画面が表示されていた。
ツアーの最初の目的地は地下インフラ見学。そのため「地下インフラ」という項目を押してみた。
「かしこまりました。今から『地下インフラ見学会』へお客様をご案内いたします」
「っわ! びっくりした!」
社内でロボット音声が流れた。
機械的ではなく、人間の声と区別がつかない。いや、もしかしたら録音音声なのかも。
「初めまして。私はガイドAIのバルちゃんと申します。お二人のお名前を教えてください」
私は平沢さんと顔を見合わせた。
「ジョンだ」
「マリーよ」
「あはは。冗談はよして下さいませ。お客様名簿にそのような名前はありませんでしたよ」
驚くべきことに、録音音声ではなくAIの声のようだ。
「え……バルちゃん。普通に会話できるの?」
「ええ。私はコミュニケーションを取れるAIです。沢山楽しいお話をしましょう」
「凄すぎ……」
テキストを打ち込んでAIと会話できることは知っていたけど、こちらの声を読み取ってリアルタイムで会話できるレベルまで達しているとは思わなかった。しかも、AI音声もロボット感が無くスラスラ。感情の機微さえ感じる。
「ねえねえ、じゃあさ! 好きな音楽ある?」
「私はメタルが好きです。そうですね……最近ハマっているのはジャーマンメタルですね。聞いてみます?」
「え? うん」
車内に激しいメタル楽曲が流れ出した。
え……? 普通自国の曲を紹介するでしょ?
なのに全然自国とは関係ない曲を……?
マジで人間と区別がつかない。
「ねえねえ、シンぽよも何か質問してみなよぅ」
「は? シンぽよ? 何を言っているんだ!」
「体温上昇が見られますね。可愛い彼女さんにたじたじですね」
「ねー! そうだよねバルちゃん! 照れちゃって可愛いよねぇ!」
「ねー!」
「もう勘弁してくれ」
AIのバルちゃんと一緒に平沢さんを揶揄いながら、目的地へと向かった。
◆◆◆
「こちらは地下インフラとなります」
目的地についた後、AIガイドから現地のガイドさんへとバトンタッチした。
手の甲に貼っているマイクロチップシールには仮想通貨がサービスで入っており、利用できるようになっている。
自動運転車から降りる時、バネルに手をかざす事で乗車代を支払うことができたのだけど、体験してみると便利さがよくわかる。
なんか、マイクロチップを体内に入れることに抵抗感が無くなってきたような……。
「これから地下へ降りますので足元に気を付けて下さい」
ツアー参加者と共に階段を降りながら地下へ進んだ。
すると、目の前にこれまで見たこと無いような景色が広がっていた。
「何これ……。古代地下神殿の中を超未来的なロボットが走り回っているみたい……!」
コンクリートの壁と柱しかない地下で、沢山のロボットが忙しなく動き回っている。
車型のロボットや空を飛行するドローンロボット等様々な形のロボットが荷物の運搬を行っている。
ロボットを操縦している人の姿が無いため、全てAIで動いているのだろう。
「この地下インフラは、流通を担っています。この地下空間はスマートシティ全体に広がっていて、ネットで注文したものを任意の部屋まで送ることができるようになっています。それも、全てAIがコントロールしています。過去実験を行ってきましたが、配達ミスは一度もありません!」
「おおおおおおおおおおお!」
観光客は皆驚いた。
人間がトラックで運ぶのではなく、全てAIロボットが運ぶ。
流通まで自動化できるとは……恐るべし。
――だけど、この仕組みを掌握したら、この街中を破壊することも可能なんじゃない?
私はすっかり裏社会に染まってしまったのかもしれない。
どうすればテロを行うことができるのか?
防諜活動のために敵がどう考えるかが重要になるが、実際に私がこの街にテロを仕掛けるとしたら……ここを狙うだろう。
「というわけで、地下インフラの紹介は以上となります。次はフードコートへ行きましょう」
ガイドの案内で昼食場所へと向かう一行。
私は不吉なことを考えながら、皆についていった。