「はい、あーんして」
「断る」
「じゃあ、ほらあーん。」
「やめてくれ……」
フードコートで向き合って座る私達。
机の上にはハンバーガーのセットが置いてあるが、私はポテトの食べさせ合いっこを試みている。
「ほら、演技演技」
「……っく!」
「はい、偉い偉い~!」
「……」
また顔面を真っ赤にし、ポテトを加えながらそっぽを向いた。
なんだか、高校生を相手にしてるみたいな感覚。
……おっといけないいけない。社会人OLとイケメン男子高校生のシチュエーションは大好物だが、リアルだと犯罪だ。
それに、そもそも平沢さんは私よりも年上であり上司だ。
冷静になろう。
ひとつ深呼吸をして、気持ちを落ち着かせた。
「それにしても、このハンバーガー美味しいね」
「そうか? マルティネスの料理のほうが美味しいが?」
「そりゃあそうでしょう。というか対抗心燃やさないで」
こういう所ちょっと子供っぽいんだよな。
でも、仲間思いを感じるから個人的にはプラスポイントだけどね。
「バルクネシアって、たくさんの香辛料を使って強火で炒めるような料理が多い地域らしいんだよね。以前ここで旅行したお客様から話を聞いたことがあるんだけどさ。でも、なんかこのハンバーガーは日本人が好きそうな味に思えるんだよね。香辛料、調味料の使い方が良い塩梅!」
「……そうなのか。俺はマルティネスの料理以外食べたこと無い……いや、あまり記憶に無いから気が付かなかった。しかし、その話だと料理をしているのは日本人である可能性があるということか?」
「もしかしたらね。レシピが日本製なのか、オーナーが日本なのか色々なことが考えられるけど」
「なるほど……。企業という視点でこの街の中にどういった組織が入っているかを、現場レベルにおいても調査してみることが重要かもしれないな。今の話をマルティネスに伝えてみよう」
「その方が良いかもね」
マルティネスの料理以外食べたことがない、か……。
脳裏に「伊邪那能力開発局」の存在が過った。
◆◆◆
「ねえねえバルちゃん。これから行く中央棟のオススメポイントってある?」
昼食を済ませた私達。現在、無人自動車で中央棟に向かっている所だ。
移動中の時間で、事前にAIガイドから細かい情報を聞き出してみることにした。
「オススメポイントは最上階の展望台です。デートにオススメですよ」
「だってさ! シンぽよ!」
「シンぽよさん、オススメですよ! 彼女さんと良いムードを作れますよ!」
「……わかったわかった」
車内ではずっとバルちゃんと一緒に平沢さんにちょっかいを出していたため、平沢さんは疲労困憊の様子。
「でもさ、ちょっと気になるんだよね。今ってインターネットやクラウドサービスが発達してるでしょ? 街の中心とはいえ、中央棟みたいに大きい建物を作る必要があるの?」
「なるほど。あなたみたいな面白い質問は初めてですね」
インターネットが発達している現代では、一か所に機能を集中させる必要が無い。
だけど、敢えて中央に機能を集める必要があるとすれば、そこに何か……街を形作る仕組みの、根本を担うモノがあるかもしれない。
「中央棟――バルクネシアタワーは行政機関が集まっています。スマートシティで生活する住民の皆様が行政サービス受けたいときに、バルクネシアタワーにお越し頂ければ事足りるようになっております。まだ私達の行政機関は電子のみで手続きをすることができないので、行政窓口にお越し頂かなくてはなりませんから」
「なるほどね! 確かに役所、税務署、警察署が一か所になっていれば便利ね。ということは、バルちゃんもバルクネシアタワーに居るの?」
私がノリの良いギャルを演じていたのはこのことをサラッと聞くため。
行政機関の話とAIバルちゃんの居場所は全く関係が無い話だ。
でも敢えて、何も考えずにノリだけで生きている人間を装えば警戒されないだろう。
――この街をコントロールしているのはAIだ。情報収集をする場合、このAIを掌握することが最も有効な手段のはず。
このAIをコントロールしているマシンの在処が分かれば……!
「そうです。私はバルクネシアタワーに居ます。でも、なぜそんなことを聞くのです?」
「そりゃあウチらもうマブダチじゃん? 直接会って一緒に写真撮りたいなって思ったんよ! てか撮ろう!」
「それは魅力的なお誘いですが、私の本体がある場所に入ることはできません。このパネルで満足してください」
「そっか。しょうがないなぁ。はい撮るよ~」
聞き出せる情報はここまでか。
撮る気も無かったがスマートフォンで写真を撮った。
◆◆◆
「いやあ……間近で見ると迫力あるわね」
「……」
「大丈夫?」
無人自動車から降りた私達は中央棟――バルクネシアタワーの前に立っていた。
しかし、何やら平沢さんの様子がおかしい。
調子が悪いのか、さっきから眉間に皺を寄せて押し黙ってる。
それに、時折口を押えるそぶりを見せている。まるで嘔吐しそうになるのを堪えているようだ。
「さあ、入りましょうか?」
「……ああ」
バルクネシアタワーの正面玄関でのガイドの説明はまだ続いていた。
しかし、平沢さんの体調のためにもさっさと中に入ったほうが良さそうだ。
中に休憩できる場所があるだろう。
「気分は良くなった?」
「ああ……お蔭様で」
平沢さんの顔色が戻ったので、 予定通り私達はタワー内の情報を集めることにした。
施設内の地図情報を入手したり、施設内の様子を写真に収めていった。
観光客が見学できる場所全てを見て回ったが、60階もある建物だ。
調査を終えるまでに数時間かかった。
「……歩き疲れたね。おんぶして」
「そんなに疲れてないだろ。自分で歩いてくれ」
「ケチ!」
ふざけて声をかけてみたが、ちゃんと反応してくれる。
もう大丈夫そうだな。休憩室へ行く必要はなさそうだ。
確認してから二人で玄関へと向かった。
タワーを出ると、夕焼けにより辺り一面が真っ赤に染まっていた。
空を見上げると赤く染まっており、炎上する裾野のスマートシティの光景と重なった。
「ねえ、シンぽよ」
「ぐ……ぐうううううう!」
「ど、どうしたの!?」
――突然、平沢さんがその場で蹲り、嘔吐した。
日本刀女の顔を見た時と同じように。
「平沢さん! タワー内の休憩室に戻ろうか?」
「はぁ……はぁ……」
呼吸が荒くなり、汗をびっしょりかいている。
……どうしようか?
おんぶでもしてタワー内の休憩室まで運ぶか?
予想だけど、外からこの建物を見ると気分を悪くしているっぽい。
PTSDの症状っぽい。だから、中に入ってしまえば調子も戻るかもしれない。
「ほら、平沢さん――」
「あらあら、お困りかしら?」
突然、私達は声をかけられた。
振り返ると、メガネをかけた綺麗な女性が立っていた。
身長は私と同じくらい。肩にかかるくらいのセミロングの黒髪で、ウェーブがかっている。
肌が雪のように白く、ぷっくりとしたピンクの唇が魅力的だ。
目は……寝不足なのかとろんとしており、クマが凄い。
服装は白衣姿と聴診器を着けているから、寝ずに患者を看病していたのかもしれない。
「もしかしてあなたは……麗香さん?」
「ええ、そうよ。そういう貴女は美琴さん? マルティネス――真里お嬢様から話は聞いているわ」
真里お嬢様が言っていた私達の仲間――麗香さん。
私達は無事に合流することに成功したのであった。