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第三十九話「落ちつく匂い」

「美琴! 走って!」

「……」


 進士に手を引かれ、走らされている。

 抱えきれない程の感情と情報量に占拠され、私は思考停止してしまっている。


「お前は曲がりなりにも、俺の遺伝子を持つ人間だ。使える能力は持っていると考えていた」


 進士の声をより低く、渋くしたような声。

 私達を追う迷彩服を着た大男は進士に語り掛けながら、引き金を引いた。


「ッ! この!」


 正確無比な射撃。

 しかし、進士は銃弾を見切り、黒い刀で弾いた。

 雪乃が私の銃弾を弾いて躱したのと同じ動作である。


「しかし、能力を持っていても思想がだめだ。人格形成が不十分。よって、廃棄する」


 スサノオは銃弾を何発も撃ち込んできた。


「こっちに走って! 伏せて!」


 私の手を強く引っ張り、抱き寄せる。

 地面に一緒に伏せて、金属製のダストボックスの影に隠れて銃弾をやり過ごす。


「判断力も未熟だ。使えなくなった女を切り捨てることができない」

「切り捨てる? そんな判断ができてしまうほうが人でなしだ!」


 ――ズガアアアアアアアアアン!


 突然、私達の身体は強烈な衝撃波に襲われた。

 そして、ダストボックスごと吹っ飛ばされた。


「……ッチ! 美琴、大丈夫?」

「……ええ」


 肘と膝が痛む。

 地面で擦りむき、皮が削れて血が垂れている。

 ジンジンとした痛みが脈打ち、脳の回転を速めていった。

 ようやく、目の前のことに対処しなくてはならないという感覚を取り戻した。


「RPGか……。さあ、立ち上がって! 距離を取るよ!」

「え……ええ!」


 RPGという武器の名前は知らなかった。

 しかし、スサノオが担ぐ物体はアニメや漫画で目にしたロケットランチャーという武器にそっくりであった。

 つまり、爆弾を火薬の推進力をもって放ち、遠くにいる人間を爆殺できるということ。


 ――強烈な腐敗臭がする!


 その瞬間、私は振り返らずに後方に向けてM93Rを発砲した。

 3点バーストによって連続発射された三つの銃弾。

 それらは腐敗臭のする方向に正確に進んでいった。


「伏せて!」


 今度は私が進士にタックルして地面に伏せさせた。

 と、同時に後方で爆発音が鳴った。

 鼓膜がビリビリと痛む。


 ――パチパチパチ。


 遠くで雪乃が拍手する音が聞こえた。

 その拍手に対し、スサノオは雪乃を一瞥して睨んだ。


「あそこのビルの影に隠れるんだ」

「ええ!」


 私達は再び立ち上がり、走って身を隠した。


「どうやって戦おう?」

「まずは相手の動きを確認し――」


 ――ズガアアアアアン!


 何かが爆発し、バラバラと地面に残骸が落下する音が聞こえた。


「真里お嬢様。もしかして……」


 インカム越しに別行動をしている真里お嬢様に確認した。


「ええ。残念ながら予想通りよ。ドローンが破壊されたわ」

「それじゃあ、監視カメラの映像は?」


 真里お嬢様なら、この街の監視カメラを掌握することも容易い。


「残念ながら、ここ一帯の監視カメラは全て破壊されているわ」

「万事休すね……」

「留まっていては危険だ。移動しながら距離を取って、対策を練ろう」


 進士とビルや店に身を隠しながら移動した。


「雪乃の動きだけは分かるわ」


 私は化粧ポーチからファンデーションを取り出した。

 黒を基調としたお洒落な四角いケースであるが、開けると小型の端末になっていた。


「これは真里お嬢様が作ったスパイギアか」

「ええ。マスカラの小柄チップをネイルに塗り込んでいたの。雪乃にネイルガンを打ち込んで、服にマスカラチップを付着させておいたの」

「なるほど。この地図上を動く赤い点が雪乃姉さんか」

「そういうことよ」


 ファンデーションケースに備え付けらたモニターには周辺の地図情報が表示されていた。

 地図上の赤い点は忙しなく動き、私達を探しているようであった。


「今回の作戦の目的を整理しよう。地下インフラの爆破テロを阻止することが目的だ。だから、俺達はこのままスサノオと雪乃姉さんを足止めしているだけで良い。無理に二人を倒そうとしなくても良い……いや、そもそも倒すなんて考えることは無謀だ」


 進士が私の目をのぞき込んで言う。


「ごめん。流石に少し冷静になったわ。色々と感情の整理はついてないけど……まず目の前のテロを阻止することが大切ね」

「ああ」


 そんなことを口にしたけど、冷静なフリをしているだけである。

 命の危機が迫っているとはいえ、自分の大切な人が奪われたことが許せないし、明確な敵も何かわからなくなっている。


「本当に、大丈夫?」


 突然、進士が私の両手を握り、真摯な眼差しで見つめてきた。

 精いっぱい、私に向き合おうとしている必死な目。


 ――可愛い。


 一瞬そう思わされてしまった。

 負の感情を一瞬だけ忘れさせてくれた。


「進士」

「?」


 私は進士を抱きしめた。


「な……なに?」

「ちゃんと冷静になるために必要なことよ」


 お互いの胸が密着し、相手の心臓の鼓動を感じる。

 進士の鼓動が速くなっていく。

 それにつられて、私の鼓動も速くなっていく。


「すう……」

「な、何やってるの?」

「……落ち着く匂い」

「……」


 進士の甘くて、爽快感のある匂いが体内に入り、モヤモヤした感情を和らげてくれる。

 いま襲いかかる脅威に対抗するために必要な精神力を回復させていく。


「はい、終わり。マジで少し冷静になれた」

「あ……ああ」


 進士の顔は真っ赤になっていた。


「雫姉さんもよくこういうことしてきた」


 進士はボソリと呟いた。

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