私の脳内で溢れかえっていた情報が落ち着きを取り戻していく。
編み上げされた魚のようにのたうち回っていた思考回路が正常に泳ぎ出す。
「スサノオは最強の兵士なんだよね? そうすれば、私達は隠れて動いても予測されてしまうかな?」
「ああ。そのはず」
まともに戦って生き延びれるわけが無い。
ハーブを使った特殊な力が私にはあるようだけど、それも通用するかわからない。
こういった力を私以外の人間が持っている可能性だってある。
最強の兵士なのだから、スサノオも持っているのかもしれない。
で、あれば作戦で勝つしかない。
「相手の予想と逆の動きをすれば掻い潜れるかも」
「いや、その動きも読まれるだろう。スサノオの強さの秘密は分かっていない。日本国内にスサノオの情報は残っていない……いや、消されているんだ」
「でも、私達は無策でここまで来たわけじゃない」
私は自分の身体に指さしながら言った。
「真里お嬢様の作った武器がある。これと私達の策を組み合わせればいい」
私は右袖をめくり腕時計を口元に近づけた。
「コード『Ms.007』、ドレスアップ」
腕時計型のデバイスが音声認識で反応する。全身に装備している真里お嬢様特製のメカが起動した。
着ていた服が変形し、アイススケート選手が着るようなヒラヒラとフリルのついたドレスの衣装が現れた。
そして靴も変形し、スケートシューズの形となった。
「進士もカッコいいじゃん」
「あ……ああ」
進士は頬を朱に染めながらポリポリと頬を掻いた。
彼もアイススケート選手が着るようなタキシード姿の服となり、靴もスケートシューズへと姿を変えていた。
――反重力スーツ。
靴と服から反重力を発生させる仕組みになっており、重力を無視した動きをすることができる、超未来的な戦闘スーツである。
スケートシューズから生じる斥力により地面滑走することができ、服から生じる斥力により相手の攻撃を躱すことができる。
「美琴、バランスを保つことはできるか?」
「うん。本当にAIで調整してくれているんだね」
「ああ。脳波と筋肉の動き、体内を巡る電子信号を読み取って、AIがバランスの維持をサポートしてくれるらしい」
「どれだけ凄い技術持っているのよ……真里お嬢様だけで小国乗っ取れそうな技術を持っているわね」
「……」
進士は意味深な様子で口を閉ざした。
真里お嬢様の過去も色々ありそうだが……でも、過去に何があろうと関係が無い。
私達をこうやって力強くサポートしてくれる、大切な仲間なのだから。
「さて、これが私達の切り札だけど圧倒的な機動力と、反重力という未知の力を使って相手を上回るというのが作戦だったわよね?」
今回の作戦が始まる前、私達は状況に応じて策を用意していた。
復讐心で燃える私でも、もちろん自分の力量や限界は把握している。
私も馬鹿じゃない。
嗅覚を利用した「感覚強化」という付け焼刃だけで敵う相手ではない。
「ああ。俺達が雪乃姉さんとスサノオの二人を相手にする状況になった場合、俺達はまず勝てない。だから、この反重力スーツを使って二人の攻撃を躱して時間を稼ぐ」
「言ってる傍から雪乃がそろそろ私達の居る場所までとりあえず、機動力を活かしてかく乱させよう」
私は地面を蹴り出した。
すると、まるで氷の上を滑っているかのように、身体が大きな推進力を持って前に進みだす。
今までローラースケートもアイススケートもやったことがない。それなのに、全くバランスを崩すことなく、思い通りに身体を動かすことができる。
「多分、雪乃とスサノオは私達を挟み撃ちにしてくると思う。向かって左側から雪乃が近づいてきているから、逆側からスサノオが襲い掛かってくるかもしれない」
「俺もそう思う。一度あのビルの裏まで進んで少し時間を稼ごう」
二人で地面を滑走してビルに身を隠す。
そして追ってくる雪乃の動きをファンデーション型デバイスで確認しながら、次のビルへと移動していく。
「昴、藤間さん。そっちはどう?」
インカム越しに尋ねる。
昴達が爆発物を全て片付けてくれれば相手の作戦を阻止できる。
もちろん、爆発物がある場所には相手側の守りが用意されているだろう。
だけど彼女達に勝てる者なんていない。
私達がスサノオ達を抑えていればいい。
「まー大丈夫。なんか仮面被った白装束の人達が反撃してくるけど対応できてる」
「それでも、少し時間がかかります。そちらは大丈夫ですか?」
「まあ、なんとか――」
――ズガアアアアン!
次のビルの影に隠れようと移動を始めた瞬間、目の前で大きな爆発が生じた。
ビリビリと衝撃波が私達の身体に襲いかかる。
おそらく、RPGー-グレネードランチャーが撃ち込まれたんだろう。
「スサノオが俺達の動きを予測したんだろう」
「やけに正確じゃなかった? 走る速度と反重力スケートを使った移動だと大きな差があるはずだよ」
「もう対応してきたということだ。次はタイミングを合わせられるかもしれない」
「じゃあさ……」
――私は再び覚悟を決めた。
「打って出よう」
私の脳内で浮かんだ策を進士に伝えた。