「打って出よう」
私はハーブの匂いを嗅いだ。
麗華に脳の回転を速めたい時に使えそうなモノを調合してもらっていた。
真里お嬢様だけでなく、状況に応じて利用できるように、ハーブの調合をお願いしていたのだ。
「危険を敢えて冒す必要はないんじゃないか? 俺達にはこのスピードがある。スサノオ達を引きつけながら躱していた方が安全じゃないか?」
「なぜスサノオが私達の動きを予測できたのかということよ」
ハーブの香りによって感情が落ち着き、脳の回転が速くなっていく。
脳内にあらゆるアイデアが浮かび、パズルのように整理されていく。
「ねえ、真里お嬢様。今このバルクネシアでメインで利用されているSNSを見ることはできる?」
「え……ええ」
インカム越しに指示を飛ばす。
「ねえ、おかしいと思わない? この場所……街中やビルの中に人が居るはず。なのに、何故か静か。ロケットランチャーをぶちかますなんて異常事態が起きているのに。警察組織も軍人も駆けつけてこない」
「……確かに」
雪乃達との戦闘が始まってからずっと違和感を感じていた。
映画じゃないんだから、都合良く人避けができているわけじゃない。
街中の戦闘になった場合は、私達と敵だけじゃなく、第三者の存在がある。
なのに、なぜ誰もかれも動かない?
その答えは――。
「美琴ちゃん。SNSで確認できたわ。もしかして――」
「うん。SNSで私達のことを悪く書かれているんじゃないかな?」
「その通りよ。写真付きで、美琴ちゃん、シンジちゃんの動きを報告する動きになっているわ」
「……」
進士も悟ったかのように口を閉ざした。
スサノオ達はこの国に信頼されている。
警備としての役割を担っているのであれば、彼等の敵である私達はこの国の敵。
私達は表立っての存在ではない。いくらスサノオ達の陰謀を止めようとしていても、何も知らない者達からしたら、私達の方がテロリストである。
「スサノオ達が流した情報でしょうね。私達のことをテロリストだと情報を流せば身を隠す場所を奪うことができる。さらに、好きに発砲できるし爆発物を投げ込むことができる」
「……だから、敢えてスサノオ達は地下インフラではなく、地上で戦うことを選んだのか」
当初スサノオ達がどこに現れるかわからなかった。
雪乃は地上でも戦闘を仕掛けてきた経験があったから、地下インフラ前で待ち構えている可能性はあった。
しかし、スサノオは地下インフラ内の重要なポイントで待ち伏せしているかと思われた。それもあり、強敵は昴達が対応するためにも地下インフラ内での対応をすることになったのだ。
「私達はこの街、国ごと敵に回している状態よ。だから、誘導されて逃げ道を失うことになりかねないと思う」
「……わかった。で、どうする?」
「私達が逆に挟み撃ちにすれば良いのよ」
◇◇◇
「雪乃が近づいてくる。たぶんこの速度だと、三十秒後くらいかな」
「わかった」
私と進士は二手に分かれた。
私は、『誰の目にも触れない場所』で待機した。
「それにしても、私達の写真や動画が沢山アップされているわね。顔はマスクで隠しているから分からないようになっているけど。でも……これだけリアルタイムで私達の姿が情報共有されてしまえばビルの裏で隠れても無駄だわ」
今でも進士がビルの影に隠れて雪乃を待ち構えている画像や動画が公開されている。
しかし、私の画像や動画は一切流れなくなった。
SNSは断片的な情報しか流れない。そして、表に出てくる情報は最もわかりやすい情報のみ。
聖徳太子の逸話のように、大勢の人間から話を聞いているのと同じ状態だ。
初めから全てを追った情報知り、整理してまとめる人間が居るわけでもない。
――だから、私が今どこに居るのかという情報が表に出てきていない。
「カウントダウン始めるわ。5……4……」
ファンデーション型端末が示す雪乃の動きに合わせてカウントダウンを始める。
現在、理由あって鼻を摘み口呼吸をしているため、進士には私の声は変に聞こえているだろう。
「3……2……」
ゆっくりと時間が過ぎていく。
心臓の鼓動が速くなっていく。
「1……ゼロおおおおおおお!」
私はハーブの香りを嗅いで、頭上のマンホールの蓋を開け、地上に飛びだした。
一瞬、視界が白い光で埋め尽くされた。
次の瞬間、目の前に広がった光景は進士と雪乃が向かい合っている姿。
私が居るのは、雪乃から見た右側面。
――世界がゆっくりと動き出す。
鋭すぎる嗅覚に刺激が与えられたことで、脳内、体内の神経や細胞が活性化される。
進士が銃弾を放ち、雪乃が刀で弾くために防御の構えをした。
――同タイミング。
彼等と寸分違わずに引き金を引いた。
ビクッ! と肩を上下させた雪乃は、突然マンホールから飛び出した私の姿に驚いた。
しかし、同時に二方向から飛来する銃弾を捌き切ることはできない。
刀だけで対応できないことを悟った雪乃は身体を大きく仰け反らせた。
――しかし、間に合わない。
雪乃は私と進士の銃弾を、ほぼ全て身体で受け止めることになった。