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第四十二話「トリプルアクセル」

「うう……臭い……」


 いま、私は身体中に下水の臭いを纏っている。

 作戦の為とはいえ、こんなに臭い思いをするのだったら別の方法を探したほうが良かったかもしれないと後悔の気持ちも出てきた。


 ――しかし、作戦は成功した。


 いくら超人でも、同時に二方向からの攻撃を躱すことは不可能だ。

 なら、意表をつけばいい。マジックのように。


 まずは街中の人間の目から逃れることが必要だった。

 だけど、死角が全く無いわけじゃない。

 そこで私は道沿いの植木付近のマンホールに目を付けた。


 植木によって自分の姿を隠すことができるし、地面の中を移動すれば移動経路も隠すことができる。

 こうして鼻を手でつまみながら下水道を移動して、挟み撃ちができる場所のマンホール下に隠れた。

 そこでタイミングを見計らって挟み撃ち!


 作戦は上手くいったが、次はスサノオの対応をしなくてはならない。

 まずはここからすぐに移動して再び挟み撃ちをする策を――。


 ――なんだ? この頭上から降り注ぐ腐敗臭は?


 次の瞬間、直感的に身体が動いた。

 右足で大きく地面を蹴り、その勢いを利用して回し蹴りを進士に食らわせた。


「……!?」


 一瞬、私の行動に驚きの表情を見せた。


「上だあああああああああああああああ!」


 私の声で状況を理解し、お互いに回避行動を取った。


 ――スサノオが私達の頭上……ビルの上から襲い掛かってきたのだった。


「間に合えええええ!」


 私はハーブの臭いを体内に追加し、思考を筋肉を高速で動かした。

 世界がゆっくりと動き出す。


 しかし、間に合わない!

 既にスサノオは発砲を終えている。


 私が嗅覚によりスサノオの殺気を感じ取った時点で引き金を引き終わっていた。

 飛来する銃弾が正確に私の頭部目掛けて近づいてくる。

 成す術がない。


 ――通常ならば。


「うううううう! トリプルアクセル!」


 私は再び地面を蹴り、回転しながら飛んだ。

 アイススケートのトリプルアクセルだ。


 これは真里お嬢様に教わった技。

 反重力スーツでは、トリプルアクセルが緊急回避行動となる。

 回転により周囲に斥力の渦を作ることにより、四方八方からの攻撃を受け流すことができる。


 回転する最中、目の前で銃弾が見えない斥力の渦によって逸れていく様子を見ることができた。

 そして三回転半を終えた頃、全ての銃弾が明後日の方向へと進んでいった。


 世界が速度を取り戻していく。

 私は再び地面を蹴って滑走した。


 安心する暇はない。

 案の定、スサノオは間髪入れずに発砲してきた。


 私はアイススケートのように街中を滑り、ステップを駆使して躱していく。

 そして滑走しながらスサノオへ射撃を加える。


 撃つ度に反動が腕を通して伝わり、滑走する足元へと影響を与える。

 しかしAIはすぐに反動を計算して修正してくれた。

 そのため、滑走による高速移動を行いながらスサノオに銃弾を浴びせることができた。


 同じように進士も滑走しながらスサノオに銃弾を浴びせていく。

 私と進士で、スサノオを中心に円を描くように移動し、四方八方から銃弾をお見舞いする。


「さあ、大人しく投降しろ! このスピードにはついてこれないだろ?」


 言葉も使い、相手のペースを乱すことに注力した。

 しかし、スサノオは冷静に装備を変え、左手に盾を、右手にアサルトライフルを構えた。

 私達の銃弾は盾に阻まれ、銃弾が二方向から飛来する場合はアサルトライフルによって正確に撃ち落とされていった。


 ――私みたいに世界を遅くさせることができるのか?


 そう思ってしまいそうなほどの性格で、尋常ならないスピードで対応してきた。


「どうする? しばらく撃ってから隠れて作戦を練ろう」

「ああ。しかし……どうやって抜けるか」


 滑走しながらステップを入れてスサノオの反撃射撃を躱していく。

 オリンピックで見た選手たちの動きをイメージすると、その通りAIが答えてくれた。

 しかし、それでも計算されたような射撃で正確に私達を追いこんでいく。


「まずい! RPGがくるぞ!」


 進士の警告通り、私に向かって恐怖の弾頭が飛来する。

 私は銃を構えたが、間に合わないことを悟った。


 選択肢は二つ。このまま突っ切るか。それとも急ブレーキをかけて反対方向に進むか。


 今、かなりのスピードを出して滑走している。だから急ブレーキをかけても反対方向へ再び走り出すことなど不可能だ。絶対に間に合わない。


 それなら、全力で前に進んで走り抜けるか?

 それも間に合わない。

 もうすぐそこまで迫っている。

 走り抜けても背後から爆風を喰らってしまう。


「美琴おおおおおおおおおおお!」


 ――それならば、第三の選択肢!


「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 私は壁に向かって全力で進んだ。

 アイドル時代にハマった漫画を思い出した。

 近未来的ローラースケートで空中を飛んだり衝撃波を出したり、『壁を登る』ことをして戦う漫画を。


「その壁えええええ! 登り切ってやるうううう!」


 目の前に迫るビルの壁。

 手前でジャンプし、トリプルアクセルをした。

 全方位に巻かれる渦状の斥力。その斥力に足を乗せて斜めの角度から壁を蹴る。


 ――タンッ!


 軽快な音が聞こえると、身体が上方向に上昇した。

 私はニヤリと笑みを浮かべ、もう一度壁を蹴った。

 今度は壁に対して垂直に。


 ――タンッ!


 壁を蹴った瞬間に爆発音が下で鳴った。

 その爆風で身体を浮かせながら空中を舞った。

 そしてサマーソルトをするかのように身体を回転させながら銃を構え、スサノオを頭上から射撃した。


「進士いいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」


 私が叫んだ頃には、もう進士は走り出しながら射撃を始めていた。


 窮地の中作り出した挟み撃ちの状況。


 上空、地上の二方向から、私達の銃弾がスサノオを襲った。

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