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一五話 冬来たりなば春遠からじ 其之三

 王城敷地内。テンサイとマツバが暮らす離れに程近い塀の上、モミジが変身した小翼竜が二人を見下ろしている。

(あの時、確実に母さんに見られた。……思ったよりも平気そうで良かった)

 モミジが血溜まりに沈んでいたあの瞬間、そしてそれ以前の小翼竜がモミジへ変わる瞬間までもをテンサイは目撃してしまっていた。

 自身の息子が如何なる存在なのか、その一端を知ってしまったテンサイは複雑な心境で地面へへたり込み、暫し混乱した後にマツバに寄り添われて寝台へ運ばれた。

 若干の間、体調を崩したものの、今は控えめな笑顔でマツバと散歩を楽しんでおり、モミジは安堵し眺めている。

 季節は未だ冬、長閑のどかな散歩を切り上げようとするテンサイは、程近い塀の上に小翼竜がいることに気が付き見つめてみるが、そちらはモミジではなく普通の小さな翼竜で何処かへ飛んでいってしまった。

「…、モミジと、向き合ったほうが良いのでしょうか?」

「無理でない範囲ならばそれもよかろう。…だが、モミジとて覚悟を持って離宮を離れたこと忘れてはならぬ」

「私の…為」

「ああ。…モミジは聡い子だ、テンサイが無理をすれば途端に姿を晦ますだろう。アレもアレで繊細なんだ」

「…。」

「時間を掛けて文通などをしてはどうか?」

(子供らしからぬ能力が、身の丈に見合う程度になれば向き合えるのやもしれぬ。その為に顔を合わせず意思疎通の出来る文通は都合が良かろう)

「そうですね、文通をしてみます」

 マツバの腕に手を絡めたテンサイは、そっと体重を預けて心を落ち着ける。

(何を話しているかは知らんが、大丈夫そうならいい。本当に無事でよかったよ)

 飛び立った小翼竜を見つけたマツバは、それがモミジだと確信し視線で見送った。


 次いで向かうのはヒノキの執務室。窓に降り立てば本人は不在ながらオオバコがおり、モミジを見つけては迎え入れる。

「ごきげんよう、モミジ殿下。お身体の加減は如何ですか?」

「問題ない。優先的に医官を手配してくれたお陰だ」

「無くてはならないお方ですから…。陛下はイヌマキ殿下と談話中ですが、モミジ殿下も参加なさりますか?」

「いいよ、大した用事があるわけじゃないし。忙しそうなら撤退するぞ?」

「いえ、お二人からモミジ殿下にご要事があるはずです」

「うえ…。んじゃ行くか」

 嫌そうな顔をしながら執務室を出て、隣の談話室へと入れば二人の視線がモミジへ向いた。

「疵だらけの角を拝もうと思っていたのだけどね。引っこ抜いてしまうとは」

「真っ当な角をしてないと不便なんだよ、市井で目立つだろうし」

「シズカ経由で角を預かったけど、今回のは収入は全部国庫に入れて良いのか?」

「復興支援やらで大変だろうから、少しでも足しにしてくれ」

「有り難く使わせてもらうよ。…戦傷の付いたモミジの角、蒐集家が喜んで大金を払ってくれそうだ」

 陽枝族の角は国営競売で販売することが出来、色や形の良いものは蒐集家が大枚を叩いて購入していく。今まで落角したモミジの角はどれもとんでもない値段まで釣り上がり、七分70パーセントが国庫へ、残りがモミジの個人資産として扱われている。

「んで俺に要事があるんだろ?」

「ああ。まあ簡単な話しなのだけど、鋼月国はがねのつきのくに星蕗国ほしのふきのくにから支援の申し出があってね」

「成る程、俺を引き摺り出したいのか。となると俺とサクラの婚約発表は急がないといけんな。…始天祭してんさいは何時行うんだ?」

「順当に行けば」「二夏節ふたなつせつから三夏節さんかせつの期間が無難だと思う」

「ならば遅くても三春節さんしゅんせつまでに発表しないと、面倒なお誘いが沢山来てしまうわけだ」

「そうだね」

「兄貴が忙しそうだし、俺とシズカが中心となって計画してたんだが、加える可き要素は有るか?」

「要素というか時期なんだけど、復興に一区切り付いた時に発表としたいと思っていてね。人員や物資の準備は二奏鈴にそうりんが行うのかな?」

八弓はゆみが一口噛もうとしているから、そのあたりの話し合いで三者会合をする予定だった」

「そういうことか……、揉めた場合は一夏節いっかせつまで遅れてしまいそうだね」

「なんとかするさ。八弓には美味しい餌も用意できるしな。くくっ」

 孫娘アケビの結婚式へ来客としての参加。これ以上無い餌である。

「それならある程度は任せよう。日程が決まったら報告を上げてくれ、鋼月と星蕗から来客を呼ばねばならん」

「領解」

 細々とした話しを詰めていけば、茶を受け取ったオオバコが入室し三人は喉を潤して本題へ入る。

「王城の敷地内に現れた巨大な不明生物二体について、モミジの知っていることを教えてもらおう」

 カツン、とイヌマキが机上に置いたのは白き杖。僅かな時間のみ現れた巨獣らは城仕えと城の警備を行っていた軍人らに見られてしまったが、運良く城外の民には見られておらず箝口令で封じ込めをすることが出来た。

 この際、周囲への指示を行い城仕えと軍人を指揮したのが先王マツバである。緊急事態とはいえ今上王でない王族の立場で、仮とはいえ箝口令を敷き軍人を動かしたことで、二ヶ節の謹慎を受けることとなった。ヒノキは止めたのだが、謹慎処分を言い渡したのもマツバ本人であり、政に関わらないという対外的な意思表示でもあるようだ。

「俺も詳しい事は知らないんだが…、四足の首長は星の緒という先史時代に滅ぼされた生き物だというのがスモモの談だ。どうにも星の緒を滅ぼす事で、星と星が交わり断層が発生し、世界が崩壊する、なんて言ってたか」

「先史時代の大崩壊に関わりがあると。彼の時代の記録は失われた一〇〇年の中で消失、我々が知り得る知識はほんの一握り、スモモ殿下は如何にして情報を知りえたのでしょうかね?」

「屋敷の調査はしているんだろ、なかったのか?」

「ないね、全く。そもそもあの屋敷は本拠点ではないのだろう…断層を行き来していたことを考慮すると、現在の都陽前内には拠点がなく断層内に構築している可能性が高い」

「それなら冒険者に見つけられるんじゃないか?近付いてきた冒険者を消していたとすればそれで目立つ」

「なんだかんだ断層内部って未踏破の場所も多いみたいだし、よくある話し冒険者も日銭を魔晶で稼げれば良いって考えもそれなりとか聞いたね。先史理外遺産せんしりがいいさんなんかが出れば一攫千金だけども、出回っている数を考えると、ね」

「成る程。来年、サクラが学園に行ったら断層の探索にも乗り出すか。…俺も詳しいことは知らんが、俺が変身した方の龍のような何か、アレも星の緒に関係していそうだからな」

 八の眼、数多の足、二町220メートルはある巨躯。

(俺の前世の一部、……なんとなくだが四足の生き物と見つめ合っていたあの瞬間は心穏やかだった気がする、仲間を見つけたような…。……つうことはあの姿が俺の、俺達の始りで星の緒だった、そう見ておくか)

「モエギとコウヨウ、どちらの名で登録しますか?」

「オオバコに任せる。いざという時に動かしやすい方で頼むわ」

「承知いたしました」

「そいじゃ俺は戻る」

「必要なことは話し終わりましたので、私もこれで。…暫くは大人しくしているように、愚弟」

「言われなくったってそうするわ、愚兄。はぁあ、嫌だ嫌だ、こいつと顔を合わせると面倒臭くて仕方ない。もっとコムギの素直さを見習ってほしいものだ」

「そういう貴方はテンサイ様の慎みを見習って欲しいものだ」

 二人はそそくさ部屋を出て、各々の戻る場所へ足を向けた。

「…真面目な話しが終わるといつもいつも…」

「喧嘩するほどなんたらと言いますから…」

 苦笑いをしてヒノキとオオバコは職務へ戻る。


 執務室から小翼竜の姿で滑空し尨羽むくは用の小扉から離れへ入ると、尨羽の夫婦が抱卵しつつモミジへ視線を向けるのだが、これといって反応を見せることはなく大事そうに卵を抱いている。

(これで二度目の産卵か。昨年に巣立った子供は元気かね)

 人に懐くことのない尨羽、シロタとクロバも例外ではなくモミジに懐く風はなく都合の良い同居人程度。餌を与えれば遠慮なく食べるが、龍人用の食事を奪うような真似はせず、給餌を忘れれば狩りをして勝手に食べている。

 人の姿に戻り巣へと指を入れ、温められている卵を確認すると今年は二つ。孵化すれば賑やかに鳴るのだろうと悟った。

「元気な雛が生まれると良いな」

 卵を確認したモミジへ怒るわけでもなく、位置調整を行えばそのまま目を伏せて彼への関心を失っている。

 階段を下り居間へと行くと眼鏡を掛けたサクラが一人で勉強をしており、嬉しそうな表情をモミジへ向けて口を開いた。

「おかえりモミジ!」

「ただいま。扉が締まっていたから誰もいないもんだと思っていたんだが、シズカはどうした?」

「さっきまで文を認めてたから、出しに行ったんだと思う」

「ふぅん。まあいいや」

 隣に腰掛けて勉強の内容を確かめれば算術の勉強をしているようだ。

「勉強熱心だな」

「偉いでしょ?」

「偉いな」

「モミジはもうこの辺分かる?」

「図形の体積の求め方か、分かるぞ。公式通りに数字を当てはめれば失敗しないし、簡単な計算間違いに気をつければ確実に解けるし」

 二人で計算しながら円錐の体積を求めて答えを記していく。

「なんかすらすら~って解いちゃうのね」

「なんとなくで分かるんだよな、不思議なことにさ。あやふやな感覚だよりだと、何れ壁に当たるかもしれんし勉強はしているが」

「…。モミジって苦手なことないよねー」

「くくっ、龍神に祝福された王弟だからな。気軽に越えられない壁として、好きなだけ挑んでくるといい。俺は逃げも隠れもしないからな。…ふぁ」

 挑発をしたモミジは欠伸をしながら椅子に凭れ掛かりサクラの横顔を眺める。

(また背が伸びたか?…顔つきは未だ未だ子供っぽいが、それもあっという間だろうな。婚約者として発表されれば、相応の振る舞いをしなければならないし、扱いも姪っ子から切り替えていかんとな)

「見られてると気が散っちゃうんだけど…」

「減るもんでもないんだから少しくらい我慢してくれ。俺にとっては大切な時間なんだから」

「…っ、仕方ない、我慢してあげる…」

「寛大な心、痛み入るよ。…髪は短いままにするのか?」

「モミジ的にはどっちがいい?」

「どっちも好きだな。サクラがその時選んだ髪型が一番だ、俺の意見なんて気にしなくていいぞ」

「へ、へぇ…」

 少しばかりどぎまぎする心を抑えながら、サクラもモミジへ視線を送る。

「モミジは髪を伸ばすの?最近は後ろ髪伸ばしてるよね?」

「気分次第かな。三つ編みとかやってみたいんだけど、どうにも一人でやるのは難しくてさ」

「あっ!やってあげるわ、あっち向いてよ!」

「あいよ」

 里桜さとざくらの開花を待つ三春節。モミジとサクラは緩やかな時間を過ごす。

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