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第3話:白い初夜と同じ食事



 漸く帰った侯爵様に、レイオス様はしばらく怒っているままでした。

「──レイオス様?」

 私が時間を無駄に感じたのでレイオス様に声をかけると、レイオス様は飛び上がりました。

「ご、ごめん! む、無視、していた、わけ、じゃ、ないん、だよ!」

「分かって下ります」

「じゃ、じゃあ、や、屋敷の案内を再開、しよう、うん」

「畏まりました」

 再度屋敷の案内が再開されました。

 一応ちゃんと夫婦共同のベッドがありました。

 大丈夫でしょうかね?

 一緒に寝て。


 ベッドの材質を調べるとフレアバードとフレアシープ等の材質──調剤錬金で作られている対炎属性を持つ布団類。


 これなら多分大丈夫そうです。



「と、ところで、庭にある小屋、は?」

「侯爵様が持ってきてくださりました。中には私の亡き母が私に残した遺産が全て入っております」

「な、中身、屋敷に、う、移そうか? 明日にでも、あ、空き部屋は、あるから」

「お心遣い感謝いたします」

「そ、そんなに、か、かしこまらないで……僕、達、家族、に、なる、ん、だか、ら」

「家族……」

 確かに打算で結婚したがレイオス様と夫婦──つまり家族になった私。

 これからどんな日々が待っているのでしょうか?


「じゃ、じゃあそろそろ、食事に、しよう、か」

「はい」


 使い魔達が集まってきてレイオス様が聞き慣れない言葉で指示を出す。

 すると使い魔達は頷いて走って行った。


「しょ、食事が、で、できるまで、に、庭でも、み、見ませんか?」

「良いのですか?」

「も、勿論」

 レイオス様の言葉に甘えて庭を見ることにした。


 庭は鮮やかな花々が咲き誇っている庭で、目を楽しませてくれた。

 夕日に照らされる姿はより鮮やかでまるで、燃え上がる炎に包まれて咲いているようにも見えた。


「そ、そろそろ、しょ、食事が、で、できた頃だよ」

「はいレイオス様」

 使い魔の後を追い、食堂へと向かう。

 私向けのスープやサラダなど新鮮な食材を使った物が料理に出された。

 パンも柔らかく、数年ぶりに食べた白パンだった。

 サラダはシャキシャキとして瑞々しく、かけられたドレッシングがより旨みを引き出していた。


 一方レイオス様の食事は燃え上がるスープに、炎を上げる岩石のような物、木材。

 ここまで来ると食事というより、燃料補給に見えました。

「レイオス様の食事はいつもそのような?」

「あ、う、うん。効率がいいから、味はともかく……」

「効率ですか……もし宜しいなら私はレイオス様と食事をする際は美味しいを共有したいです」

 そう言うと、レイオス様は目を丸くして、そして顔を真っ赤にしてうつむいた。

「う、うん、次から、はそうする、よ」

 レイオス様はそう言って慌てて食事を済ませていました。


 食事後、歯を磨き、入浴し、そして寝室に向かった。


「あ゛──疲れた」


 私はぼふんとベッドに横になった。

「ふう……」

 母の形見の寝間着は着心地がとても良かった。

 魔法使いが形見全てに保護の魔法をかけてくれていたから、質のよいままだった。

「……お母様」

 私は呟き、体を抱きしめる。

 これから初夜を迎える。

 無事初夜を、務めを果たせるだろうか?

 できなかったら──


「あ、アイリス、さん」

 私は呼ばれて起き上がり、ベッドの上に正座した。

「あ、あのですね。初夜は寝るだけで、いいですか? ぼ、僕、心構え、で、できてないので」

「あ、はい……分かりました」


 初夜は、何も怯えること無く、眠りについた。





 深夜を過ぎた頃、レイオスはむくりと起き上がった。

 隣で寝ている妻の頬に口づけをする。

「私の可愛いお嫁さん、どうかゆっくり眠って下さいね」

 そう言ってベッドから降り、一瞬で貴族服に着替えて外に出た。

 屋敷の外には馬車があった。

「やぁ、レイオス。どうしたこんな夜中に?」

「何をしに来たんだ、侯爵」

「いやだな、マリオンと呼んでくれよ。俺達友人だろう」

「──マリオン、邪魔をするな」

「するよ、奴らは国が裁きを下した、才女エミリアの病の間の不貞、そしてその娘を虐げ、自分は領地から巻き上げた金で豪遊、その他諸々の罪で平民に格下げだよ、父親も、継母と継子もその実家も」

「それでも我慢ができない」

「顔を出した時に裁けばいいだろ、今は放置しておけ、奥さんのことだけ考えていろ。彼女は見た目以上に傷ついているからな」

「……分かった」

 レイオスは屋敷に戻っていった。


「ヤレヤレ、本性とか色々と隠している奴の面倒を見るのは大変だ」

 マリオンはそう言って馬車に乗り込みレイオスの屋敷を後にした──



「ん……」

 初夜、起きたが何かされた形跡はない。

 隣ではすやすやとレイオス様が寝ている。

 起こしては不味いかなと思いそっと出ようとすると、手を掴まれた。

「レイオス様?」

「お、おはよう、ございま、す……」

 笑顔でおっしゃるレイオス様に微笑み返して私も言う。

「レイオス様、お早うございます」

 レイオス様は体を起こした。

 顔が少し赤い。

「レイオス様、心構えがないと仰ってましたが、百年以上も生きている貴方が何故?」

「そ、そのぉ、お嫁さんは、大事に、したいから……」

 若干呆れ半分うれしさ半分でした。

 魔族ですから私より何百年も生きられるはずなのに、未だそのように言うとは。

 ですが、大事にしたいというのは私への態度で分かりました。

 腫れ物に触れるように触るその感触に、私自身がもどかしいと思う程に。


 使い魔達が寄ってくる。

「この子達、私の言葉が分からないのでしょうか?」

「あ、ああ。その、わかり、ます。昨日、し、指示、した、から」

「有り難うございます」

 私は使い魔を見つめる。

「悪いのだけれども、食事の準備をお願い」

 使い魔達はよく分からない言葉を喋って頷いた。

 その後、レイオス様が不可思議な言葉で指示をされていた。

「なんと、おっしゃったのですか?」

「え、ああ、うん、昨日、貴方、に出した、料理で、いい、私、も、と」

「そうですか」

 昨日言ったことを覚えてくれていたのですね。


 継母と継子と父親なんて一時間に前に言ったことさえ忘れる鳥頭をしていたからな。


 本来こっちが普通なのでしょうね。

「有り難うございます」

「お、お礼を言われる、ような、こと、し、してないから……」

 どれだけ謙虚なのだろうか。

 一時間ほどすると食事ができあがった。

 卵の料理と、ハム、白パンにスープにサラダと朝から豪勢に思えた。

 スープも昨日は緊張していたからか美味しいまでしか感じ取れなかったが塩と胡椒が使われている。

 胡椒を使うなんて贅沢だ、この卵も。

「食材は何処で購入しているのですか?」

「ぜ、全部、じ、自給自足、で、です」

「使い魔の子等を使って?」

「は、はい」


 私は「はて?」と首をかしげる。

 昨日見た家とその周囲には畑は無かったからだ。

 では、一体どこで──


「しょ、食事をしおわったら、あ、案内、し、します」

「有り難うございます、レイオス様」


 私は頭を下げました。

 食事は、とても美味しいものでした。

 やはり、他人、いえ、料理がキチンとできる人に作って貰う料理は美味しいですね。

 レイオス様にも、使い魔の子等にも頭が上がりません。


「じゃ、じゃあ案内する、よ」

「はい」


 すると、レイオス様は家のまだ開けてない一室の扉の前に立ちました。


「レイオス様?」

「こ、ここ」


 扉を開けると光が入ってきました、そして扉の向こう側は──

 広大な畑でした。


「く、空間魔法ですか?」

「う、うん。肥沃な魔土で作物は、な、七日で実り、胡椒も、た、沢山、取れる。ぎゅ、牛舎や、鶏舎、豚小屋もあるから、食べ物にはく、苦労し、しないんだ」

「そうだったのですね……」

「いま、までは、収穫、した、ものは、売り払う、だけ、だったけど、今後、は、あ、アイリス、あ、貴方の為に、使いたい」

「領民の為には?」

「ぼ、僕の領地は、辺境、危険な場所だから、領民は、い、いないんだ、特別に。だ、だからあ、アイリス、貴方も僕の屋敷の外には極力、で、出ない、方、が、いい」

「畏まりました」

 領地の危険さはこの屋敷に居る間は感じませんでした。

 レイオス様の言う通りなのでしょう。

 ならば私は従いましょう、それが正しい選択だとして。



「む」


 レイオス様が眉をひそめました。


「レイオス様、どうなさいました?」

「ま、マリオンが、や、やって来た」

「侯爵様が?」

「き、きっと、冷やかしだ」


 レイオス様は心底嫌そうな顔をなさいました。

 友人にする顔なのでしょうか、分かりません。


「わかった、わかったよ! 今、出る!」


 レイオス様は誰かに向かって怒鳴りました。


「あ、アイリス、少し、ま、待っていてくれる?」

「いえ、ついて行きます、侯爵様なのでしょう? 夫人として挨拶しなければ」

「ふ、夫人……そ、そうだね、僕の、お、奥さん、だもん、ね」


 レイオス様は手を握り、私に微笑まれました。

 私も微笑み返し、屋敷の外に出ました──




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