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第2話


「おはようございます、春先輩」

「おー……」


変な後輩に告白をされてから一週間。

毎朝毎朝、飽きもせず校門前で待っている甘利は、今日も校門前で俺を待っていた。

(今日も揺れる尻尾が見える……)

俺を見つけるなり、ぱあっと顔を輝かせる甘利は、まるで主人を待っている大型犬だ。

(表情は乏しいし、イケメンだから一見ドーベルマンとか、ハスキー犬に見えるけど)

俺の前じゃどう見てもレトリバーにしか見えない。それかボーダーコリーだ。犬より猫派だからあんまりわからないけど。


「お前、なんで毎日待ってんの?」

「え?」

「だって目立つだろ」


俺は周囲を見回す。毎朝同じところで待っているからか、既に噂は広がっているらしい。「甘利君、毎朝ここにいるって!」「甘利君を朝から拝めるなんて~!」と女子が噂をしていることを、知らないとは言わせない。


(実際、毎朝囲まれてるし……)

そのくせ俺が見えた瞬間一目散に駆け寄ってくるのだから、犬に見えても仕方ないだろう。別に変な優越感が生まれてきているとかではない。断じて。


「そうですね。目立つし、煩いし、正直やめて欲しいです」

「じゃあいなきゃいいだろ」

「でも、先輩を待っている時間は嫌じゃないですよ。それに、こうやって春先輩と話せてますし」

「っ、!」


ふっと柔らかく笑う甘利。

(くっ……このイケメンが……!)

何でその顔を女子相手にしないのか。そうすれば爆モテ確実なのに! 俺ならする! 絶対に!


「そういうのは好きな女子に言うもんだろ! 俺にすんな!」

「確かに女子じゃないですけど、好きな人にしてますからあってますよ」

「ぐっ……」


恥じらいもなく言われる言葉に、俺は顔が熱くなっていくのを感じる。


「そういうことを、へらへら口にするな……っ、誰かに聞かれたらどうするんだよっ」

「そ、うですね。すみません。気を付けます」

「……ん」


俺は顔を覆いつつ、頷く。予想以上に素直に頷いてくれて助かった。昇降口で靴を履き替えると、揃って二階に上がって行く。

この学校は一階が職員室や放送室、職員室となっており、二階は一年の教室、三階は二年の教室と、階が上がるごとに学年も上がるようになっている。つまり、甘利は二階、俺は四階の教室だ。


「じゃあな」

「はい。今日もありがとうございます、春先輩」

「ん」


軽く返事をして、階段を上がって行く。

甘利の最後の言葉は、朝に迎えられるようになって二回目から言われるようになった。一回目は校舎前で振り切ったし、そんなこと言う間もなかっただけだろうけど。

(別に、特別な事してるつもりはねーんだけどな)

一緒に靴履き替えて、一緒に階段上がって来ただけだ。そんな些細な事でも、甘利は嬉しいと笑う。……正直、俺にはわからん。


「はあー……」


(まあいいか。甘利がいいなら、それで)

どうせ考えたところでわかることでもない。俺はクラスの戸を開け、自分の席に向かった。


「おはよ、春。今日も例の一年くんと一緒だったでしょ? どういう関係なの? なあ?」

「秋人、煩い」

「ええー、いいじゃーん」


ぶーっと口を尖らせる秋人。

後ろから大きな影が差し込み、秋人の頭の上に軽いチョップが落ちた。


「やめろ、秋人。春はそういうの揶揄われるの好きじゃない」

「えー。ケチだなー、夏生は。いいじゃん、減るもんじゃないし? ね、春っ」

「いや、やめて欲しい」

「春まで!?」


ガーン、とショックを受ける秋人。項垂れる秋人の旋毛を俺は人差し指で突っついてやった。

お調子者の秋人は親しみやすいが、こうして揶揄ってくるのは時々やめて欲しいと思う。まあ、悪い奴じゃないし、変ないじりをしないのを知っているから、怒るに怒れないんだが。

「だから言っただろ」と秋人の背中を撫でる夏生はいつも生真面目で、優しい。まあ、秋人曰く剣道ではかなりストイックらしいが、俺は未だ見たことがないので無関係だ。

(そういや、二人は幼馴染なんだっけ)

ちなみに二人して女子に人気なのは、俺への当てつけだと思っている。


「だぁって、あの有名な一年くんと知り合いなんだよー? どんな関係か気になるじゃんかー」

「有名? 甘利が?」

「えっ、知らないの?」


(知らないも何も、一週間前に突然告白されただけなんだが)

そんなこと言えるわけもなく、俺は口を噤んだまま頷く。「マジ?」と秋人が目を見開く。そんなに有名なのか?


「甘利くんって言ったら、うちの特待生でしょ? いろんな大会で毎回記録塗り替えてるらしいし。学校でファンクラブも出来てんだぜ?」

「ファンクラブ……」

「春もなー、顔は良いんだけどなぁー」


うりうりと秋人の指が頬を突っつく。俺はその手を全力で叩き落とした。


「いだっ!」

「なんだ。なんか文句でもあるのか」

「いたたた……文句はないけどさぁ」

「“けど”?」

「うーん。春、前に彼女欲しいって言ってたじゃん? もうちょっと口調に気を付けて、落ち着いた正確にすればモテると思うんだけどなぁ。顔は可愛いし!」

「一旦ぶん殴っていいか?」

「イダッ! そういうところだって! ていうか殴る前に蹴ってるじゃん!」


脛を抱え、椅子の上に乗せる秋人。「行儀悪いぞ」と夏生が畳みかけた。「仕方ないじゃん!」「煽ったお前が悪い」


「俺の口調は今更だからいいんだよ。それで? 甘利の話。大会って何? あいつなにかやってんの?」

「え~? 春、本当に甘利くんのこと知らないんだ?」

「もっかい蹴るぞ」

「痛いからやめて!」


俺が足を揺らせば、ひぃっと悲鳴を上げて両足を椅子の上に上げた。夏生が何か言いたげだったが、泣きべそをかく秋人に何も言えなかったのだろう。「手加減してやれ」と俺に言って来た。無論、手加減はしているつもりだ。一応。


「陸上だよ、陸上。期待の新人だって言って、すげー有名なんだからな?」

「へー」

「春……お前……」


顔を引き攣らせる秋人に、俺はムッとする。「なんだよ」と問い詰めたが、それより先に夏生が秋人の肩を叩いた。


「秋人。春が知らないのは仕方ない。こいつ、放課後はカメラしか見ないから」

「あー、そういえば、春ってカメラオタクなんだっけ?」

「オタクじゃない」

「でもずっと写真撮ってるんでしょ? この前も入賞したって」

「それは……」


確かに、そうだけど。

俺は視線を逸らす。別に隠すことでも誤魔化すことでもないのだが、ここで認めたらなんだか負けた気がして素直に頷けない。ぐぬぬぬ、と唸っていれば、「ほら、オタクじゃん」と秋人。「違う」と俺はすかさず首を振った。


「大体、俺はカメラが好きなんじゃなくて、写真を撮るのが好きなだけで――!」

「ふーん」

「興味ないだろ、お前」


秋人のあっさりとした返事に、力を込めた手がワナワナと震える。「いや、聞いてるよ! 聞いてる! ウン!」と叫ぶ秋人は、あからさまだ。

(くそっ、いつも適当に聞きやがって)

カメラも写真も、ほとんどの人間が興味ないことはわかっている。それでも、自分にとっては勉強より運動より大切なもので。


「でも、写真にばっかり凝ってると彼女出来ねーよ?」

「うぐっ」

「俺たちもう三年だしな。後半はほとんど受験で、それどころじゃないだろ」

「ぐううっ……!!」


(的確に刺しやがって……!)

友人たちの容赦ない言葉に、何だか涙が出て来た。俺は俯いたまま、唸り声を上げる。可愛い彼女を作りたいという目標は、カメラでいい写真を撮るよりも遥かに難しいことらしい。

(高校に入れば自動的に彼女が出来ると思っていたのが、懐かしい……)


「まあ、恋愛なんて機会が来れば適当に出来るっしょ」

「……モテる奴と一緒にすんな」

「それは悪かった」


俺は秋人の座っている椅子を思いっきり蹴り上げた。秋人が悲鳴を上げたが、知ったことではない。

チャイムが響く。朝礼の為に先生が入って来て、日直の挨拶が聞こえた。着席をして、俺はすぐに頬杖をつく。窓際の後ろから二番目一番後ろよりも目に入りづらくて、良い席だ。


『俺たちもう三年だしな』

「……そういえば、そうだったな」


俺は大きく息を吐く。青い空にゆっくりと白い雲が漂っていた。

下に見えるグラウンドには、人っ子一人立っていない。それが何だかよくて、俺はスマホのカメラを向けた。


カシャ。


「こら、蒼井。もう授業は始まっているぞ。スマホはしまいなさい」

「はーい」


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