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厄介な後輩

第1話

「おはようございます、春先輩」

「……なんでここにいんの?」


――翌日。

いつもの朝の校門前に、キラキラと輝かしい後輩が立っている。朝日の眩しさも相俟って、余計に煌めいている気がする。堪らず俺は目を細めた。

(ていうか、目立ってんなー……)

俺は向けられる視線の多さに、全力で逃げたい衝動に駆られる。


「朝から春先輩に会えるなんて嬉しいです」

「そうかよ」


本当に嬉しそうな顔をする甘利。流れるように俺の隣に並び立つイケメンに、俺は内心戦々恐々としていた。

(周りからの視線が怖い)

主に、女子からの視線。


「春先輩って電車通学ですか? それとも徒歩ですか?」

「教えねー」

「いいじゃないですか」


むっと不貞腐れる甘利。周囲の女子が黄色い声を上げる。

(うわー)

イケメンの力、こわっ。

ていうか俺、これ巻き込まれるんじゃね? 『誰あの人!』ってやっかまれる位置にいるんじゃ……!

(それは嫌だ!)

サァっと血の気が引いてく。このままでは格好の餌食だ。


「ちょっ、離れろよ」

「なんでですか?」

「お前といると目立つんだよ!」

「? そうですか?」


こてんと首を傾げる彼に、俺は頬を引き攣らせる。

(コイツ、もしかしてこれが日常になってるのか?)

イケメンの感覚って怖いな。俺なら絶対に慣れる自信がない。


「はー……お前なぁ。自分の顔の自覚ないわけ?」

「?」

「もういいよ」


気にするだけ無駄に思えて来た。

大きくため息を吐いて、肩を落とす。天然を相手にするのって面倒くさいな。


「で? お前はどうなの」

「何がですか?」

「通学。お前が聞いてきたんだろ」

「! 先輩、俺に興味があるってことですか!?」


キラン、と甘利の目が輝く。やめろ。そんな目で見るんじゃねー!


「ちげーよ! 今のはそういう会話! ただのそういう会話の流れだろうが!!」

「それでも嬉しいです。ありがとうございます」

「おい。何ナチュラルに手握ってんの」

「ダメですか?」

「ダメだろ」


パシッと手を振り払う。甘利が残念そうに項垂れた。見えない尻尾と耳が見える気がする。

(女子からの視線がいてぇ……)

たぶん『イケメンに何してんだコラ』って感じで見られてるんだろうな。……女子こえぇ。


「つーか! お前、昨日の事もう忘れたのかよ。フったんだぞ、俺。お前のこと」

「忘れてません。……忘れられるわけがありません」


ずーんと重い影を背負う甘利。だから落ち込まないでくれ。俺の命が危ないから!


「普通、忘れてねーなら俺に声かけるわけねーだろ。気まずいとかねーの?」

「……ない、ですね?」

「お前、ちゃんと神経通ってる?」

「失礼な。通ってますよ。それに、俺は諦めるなんて言ってませんし」

「……は?」



コイツハ、ナニヲ、イッテイルンダ……?


ヒクリと頬が引き攣る。嫌な予感がふつふつと込み上げて来て、俺はつい後退ってしまった。

瞬間、腕を掴まれて引き戻された。


「ちょっ、!」

「危ないです、春先輩」

「!?」


ぐっと肩を引き寄せられる。背後をふざけた様子の男子生徒たちが通り過ぎていく。あの勢いでぶつかられたら、それこそ転んでいたかもしれない。

(助けて、くれたのか)


「大丈夫ですか、先輩」

「あ、ああ」

「よそ見したら駄目ですよ」


ふわりと笑みを浮かべる甘利。

右半身に感じる温もりに、はっとする。慌てて甘利の肩を押し返した。


「つ、つーかそんなの口で言えばいいだろっ」

「いえ。それじゃあ間に合わないと思って」


「嫌でしたか?」と顔を覗き込まれる。


「嫌に決まってんだろ」

「そうですか。すみません」

「あ、いや……」


いや、いやいや。

何で俺が罪悪感を覚えなきゃなんねーんだよ。おかしいだろ。嫌なことを嫌って言っただけで。

(別に、俺は何も悪いことは……)


「でも俺は春先輩を守れてよかったです」

「っ、そうかよ……まあ、それに関しては」

「今後も守らせてください。出来れば一生」

「前言撤回。お前やっぱりおかしい」


いつの間にか握られた手を払い落として、校舎の中へと歩いていく。自然とついて来ようとする甘利に「ついてくんな!」と叫んで、俺は早足で教室に向かった。

(朝から面倒事ばっかで、疲れた)

大きくため息を吐いて、乱雑に頭を掻く。……本当、面倒な奴に好かれたな。



*   *   *


「春先輩」

「……え?」

「すみません、遅れました」


ぽろり。

箸で掴んでいた唐揚げが机に転がり落ちる。

(な、なんでこいつがここに……!?)


「春先輩? どうかしましたか?」

「っ、いや、どうかしましたかじゃないだろ!? ここ三年の教室だろ!? なんでお前ここにいるんだよ!」

「お昼になったので」

「お昼になったので!?」

「食事、一緒に出来ないかと思いまして」


お弁当の袋を掲げる甘利。……本当に飯を誘いに来ただけらしい。

(いや、それにしてもわざわざ三年の教室まで来るなんて)


「ダメですか?」

「いや、駄目って言うか――」


「春」

「おーい、何だよーもう飯食い始めて……って誰? 一年?」

「げっ」


(なんでこのタイミングで帰ってくんだよっ!)

手を軽く上げて帰って来たのは、雲井夏生と木葉秋人だ。そう言えば売店に行ってくるとか言っていた気がするけど、帰りが遅いからすっかり忘れていた。「げってなんだよ、げって」と言われ、俺は咄嗟に誤魔化す。

しかし、二人は俺ではなく甘利を囲い始めた。


「知り合いか?」

「うお。デカいね君。一年? 春とどんな関係?」

「あ、はい。甘利檸檬って言います。春先輩とはこの前告は――」

「あー! あー!! 悪い! 甘利と食べる約束してんの忘れてたわ!」


バンッと机を叩いて、俺は慌てて弁当を纏める。

(何正直に言おうとしてんだ、コイツ!)

男から告白されたなんて冗談でも言えるか! そもそも俺は断ったし、弁当食う約束もしてねーんだけど!?


「春せんぱ、」

「おら! 行くぞ、甘利!」

「あ、お前の分の菓子どうするー?」

「食っていいから!」


秋人の言葉に、俺は声を上げる。菓子は惜しいが、今はそれどころじゃない。

がしっと甘利の腕を掴んで、勢いのまま教室を出る。甘利が戸惑っているのが背後から伝わるが、俺はとにかく人目のない所に行きたかった。

(中庭……はもう埋まってるか。校舎裏は遊んでるやつらがいるだろうし)

ああもう、仕方ねー!


「は、春先輩、どこに――」

「いいから黙って来い」


俺は腕を掴む力を強くすると、階段を一段飛ばしで駆け上がった。



息も絶え絶えになりながら辿り着いたのは、特別棟の四階にある教室だ。


「ここなら誰も来ねーだろ」

「先輩、ここって」

「写真部の部室」

「写真部……」


甘利がキョロキョロと周囲を見回す。

教室の前方には机を繋げただけの横長の机が置いてある。あちこちには机を失った椅子が無造作に置かれており、黒板には大きな紙が貼られていた。後方にはホワイトボードや白い穴の開いたボードが綺麗にしまってある。


「すごい」

「何もすごかねーよ」

「春先輩は部長なんですか?」

「いや。部長じゃなくて副」


「部長、あんまり部室に来ないから」と鍵を指先で回しながら呟く。


「それより。昼飯、食うんだろ?」

「! いいんですか!?」

「いいも何も。お前があんなところであんなこと言い出すから、連れ出すしかなかったんだろ」

「?」

「無自覚かよ」


呆れた。

面倒くさいな、と呟いて俺は机に弁当を置いた。適当に椅子を引っ張って座れば、すかさず隣に腰を下ろす甘利。……こいつ、諦めないとかなんとか言ってたけど、流石にあからさまじゃないか?

(さっきのもそうだけど、人前ではあんまりやらないように注意しないとな)

弁当の蓋を開ける。ぽっかりと開いたメインに、そういえばさっき唐揚げを落としたんだったと思い出した。

(くっ……貴重な肉が……!)


「春先輩」

「何」

「唐揚げ、いります?」


甘利の声に顔を跳ね上げる。エスパーか。エスパーなのか。


「いる」

「はい。どうぞ」

「……いや、食べないからな?」


差し出される箸。掴まれた唐揚げに、俺はじっとりとした目で甘利を見つめる。無言で蓋を差し出せば、落ち込みつつも唐揚げを置いてくれる。

(マジか)

てっきり下心が達成できなかったらくれないもんだとばかり。「いいのか?」と問えば「はい。たくさんあるので」と微笑まれた。


「たくさんって……」


そんなにか? と甘利の手元に視線を下ろして――ぎょっとする。

(じゅ、重箱!?)

そう思うくらいデカい弁当箱があった。


「す、すげーな……」

「俺、めちゃくちゃ燃費が悪いんです。これ以外にもおにぎり四つと、帰りの買い食い用の財布渡されてます」

「燃費悪いって次元じゃ無くね?」


同じ男子高校生なのに、なんだこの違いは。

モリモリと食べる甘利に、俺は言葉にできない敗北を感じる。そう言えばこいつ、身長百七十後半だったような。

(そりゃあこれだけ食ってれば成長もするか)


「くそ。俺ももっと食えばデカくなるか? 身長、せめて百七十は欲しいんだよな……今だに百六十代だし」

「? 春先輩はそのままで十分魅力的だと思いますよ。すごく可愛いですし」

「……お前、喧嘩売ってる?」

「売ってません」


売ってないのか。そうか。

(無自覚の方が尚タチが悪い!!)

苛立ちを込めて、甘利の弁当の中に箸を突き刺す。二個目の唐揚げに、流石に甘利も泣きそうな顔をしていたが、知ったこっちゃない。がぶりと噛めば、肉汁がじゅわっと広がって行く。


「うんまっ」

「そうですか?」

「ああ。冷えてるのに硬くないし、味も濃い目ですげー満足感ある。お前のおふくろ、凄いな」

「それは良かったです」


ふふ、と笑う甘利。その顔が心底嬉しそうで、俺は少しだけ罪悪感を得てしまった。しかし、せっかくくれた唐揚げを手放すのは惜しい。蓋に乗った唐揚げを自身に引き寄せつつ、悩む。

悩んで悩んで、悩んだ末に、自分の弁当からブロッコリーを差し出した。


「……ほらよ」

「え?」

「タンパク質が豊富なのには代わりねーだろ」


「メインは唐揚げだけだったんだから許せよ!」と声を上げて、俺は自分の飯を掻き込んだ。

(あーくそっ! 何で俺がこんなことまで!)

何か恥ずかしいことでもしたような気分だ。そもそも他人に弁当を分け与えるなんて初めてだったのだから、仕方ない。ちらりと甘利を見れば、ブロッコリーを前に固まっている。


「……」

「……なんだよ。ブロッコリー嫌いか?」

「いえ。好きです、けど」

「?」


「春先輩が食べた箸でくれたってことは、これは間接き……」

「だあああああ!!」


言わせねえよ!? 言わせるかバカ!!

(なんつーこと考えてくれてるんだ、こいつは!)


「もう食うな馬鹿!!! 返せ!!」

「嫌です!! これは先輩がくれた愛の証ですから!」

「ちっげーよバカ!! つーか元々は俺のだっつーの!」

「はっ……! つまり、春先輩を形作る成分が俺と同じに――」

「黙れ変態!! もう二度とやんねー!!」


一瞬でも可哀想だと同情した俺が馬鹿だった。


その後、予鈴のチャイムが鳴るまで言い争いを続けた俺は、まともに弁当を食べ終わることもなく、午後の授業に臨む羽目になった。

(あいつ……絶対に許さねぇ……)


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