案内されたのは、テラス席の二人掛けのソファー。そこに腰を下ろしたモーリスは、メニューブックを横に座ったサリーへと渡した。
「まさかこんな形で、お前を連れてくるとはな」
「連れてくる予定があったの?」
「口説くのに最高のシチュエーションだろう?」
「同意を求めないで欲しいわね」
口説かれるつもりはないと言うように、サリーはつんっとそっぽを向いてテラスを見渡した。
この店の構造はロの字となっていて、その中央がテラス席となっている。外の
今時期は秋薔薇が見ごろなだけでなく、マリーゴールド、ホウセンカなどの赤い花々と色とりどりのコスモスが場を華やかにしている。
「花、好きだろ?」
「花くらいで
「それで振り向いてくれるなら、毎日贈るんだけどな」
にこにこと笑っているモーリスにため息をつき、メニューブックを開いたサリーはそれを指でなぞった。
「今はそんな話をしに来たんじゃないでしょ」
「分かってるさ。ヤツにつながる情報を上手く引き出せればいいんだが」
メニューブックをなぞっていた赤い爪がぴたりと止まった。
染野少佐の息子──
想定していた通り、足がついたのは人妻や軍人ばかりだ。協力を仰いでも「縁を切るから」と同じような文句を並べられ、逃げられてしまう。むしろ、染野慎士の縁切りの手助けをしているような状況が続いていた。そんな矢先に、意外な人物から会いたいとサリーに連絡があったのだ。
秋風が抜けるテラス席で、ティーセットを頼んだサリーはガラス張りの店内に意識を向け、約束している来訪者を待った。
しばらく、言葉もなく二人はテラスを眺めた。
視界に入ってきたのは、仲睦まじく肩を寄せて話をする恋人たちの席だ。並ぶ甘いケーキ以上に、その微笑み合う姿は甘い。
それを見ていたサリーが小さくため息をつくと、モーリスは彼の耳元に唇を寄せて囁いた。
「羨ましい?」
「何がよ」
「ケーキのような甘い関係」
「その顔にたっぷりクリームを擦り付けてあげましょうか?」
サリーが顔を引きつらせるのと、店員がお待たせしましたと声をかけたのは、ほぼ同時だった。
店員が去ると、鮮やかな紅茶が注がれたカップを片手に、サリーは再び口を開いた。
「ねぇ、彼はただの浮気性なのかしら?」
「どうだろうな。まぁ、そうであればまだ話は簡単だと思ってるよ」
「……奇遇ね。同意見よ」
モーリスの言葉にうなずき、サリーは小さく息を吐いた。
カップから、ゆらりと香りのよい湯気が立ち上がっていた。それは辺りの花々と比べても遜色のない、優しく甘い香りだ。
目を細めたサリーは一口それを啜ると、言葉を続けた。
「ただの浮気性なら、あたしが嫌われ役になって別れさせればいい訳だし」
「お前が嫌われ者になる必要もないだろう?」
「でも、誰もやりたがらないでしょ。相手は少佐の息子よ」
サリーの言葉に顔をしかめ、ため息混じりにそうだなと呟いたモーリスはソファーの肘置きに寄りかかり、視線をさ迷わせた。
「考えたくないが、
「そうね。厄介だけど、彼が
声をひそめて話をしていたが、ふいにモーリスは横に座るサリーの唇に指をそっと押し付け、彼の言葉を