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第43話 アリシア、メルティお姉様の言葉に従う

「ラダリィとラッシュには頼みたいことがあります。悪いのですが、ドリーちゃんとアリシアの2人で街に行ってきてくださいな」


 メルティお姉様の言葉を聞いて、全員がその真意を理解した。

 したり顔で微笑むラダリィ。小さくウィンクしてくるラッシュさん。どっちも超ウザい……。何その、うまいことやれよ、って感じ。わたしに言わないでよ!


「姉上。そんなに忙しいなら俺も何か手伝うぞ。アリシアもそうだよな?」


 スレッドリーが神妙な面持ちで頷く。

 ああ、コイツ……メルティお姉様の言葉の意味を理解してなかったのね……。ま、それはそれでスレッドリーらしいと言えばそれまでなんだけどね。


「ドリーちゃん……」


 メルティお姉様が鼻から大きく息を吐く。

 ああ、わりとがっつり失望していらっしゃる……。でも仕方ないですって。元からこういうヤツですよ? たぶん10歳の時、わたしと出逢った時からこんな感じだったと思いますし。


「ドリーちゃん。あなたには特別任務を与えました。アリシアと街に行き、全力でアリシアを楽しませなさい。良いですね?」


 厳しいようでいて、やさしい表情。

 だけどもう、わたしが口を挟める雰囲気でもなく、強制力のある言葉だった。

 ま、ちょっと街をぶらつくだけなら2人でも大丈夫でしょう。何も起きるわけないし……ないよね?


「わ、わかりました! すぐに行ってまいります!」


 スレッドリーが背筋をピンと伸ばし、大声で宣言する。


「行こう。アリシア!」


「ちょっ」


 強引にわたしの手首をつかんで、スレッドリーが歩き出す。いや、自分で歩けるから放してよ。


「じゃ、じゃあ、メルティお姉様! ちょっといってきます。日暮れ前には戻りまーす」


 慌てて後ろを振り返り、メルティお姉様に声をかける。

 黙ったままにこやかに手を振っていらっしゃった……。


 うーん、まあ、今回は素直に従いましょう。街の様子に興味があるのはその通りだし。



* * *


 お城を出てもスレッドリーの勢いは止まらず、まっすぐ前を向いて迷いなくズンズン歩いていく。わたしはそれを小走りで追いかける。

 城下をまっすぐ進み、連れていかれたのは――。


「ここは何をするところ?」


 まったく見た目からはわからない。

 レンガ造りの建物……お店か施設なんだろうけど、何屋さんなのか看板も出ていないし、軒下に何か商品が並んでいるわけでもない。窓もなくて入り口っぽい扉が1つあるだけ……。もしかして、商売をやっている建物じゃないのかも?


「中に入ればわかるさ」


 スレッドリーが自信ありげな様子で笑う。

 んー、なんかちょっとむかつく。

 まあいいわ。メルティお姉様にも言われているし、仕方ないからおとなしくエスコートされてあげるけどー。


「じゃあ、案内して」


「アリシアお嬢様、お手を」


 流れるような動作で腰をかがめ、わたしに向かって手を差し出してきた。

 んー、むかつく……。

 殴りたくなるのをグッとこらえて、わたしは無言で手を乗せる。


「参りましょうか」


 所作が王子様っぽくてすっごくむかつくんですけど……。

 いつもみたいにポヤポヤしていなさいよ!


 スレッドリーがわたしの手を握ったまま、小さな扉を開けて建物の中に入っていく。

 扉を潜り抜けると、若干薄暗い空間……。

 しかもすごく蒸し暑い! 外よりもずっと温度も湿度も高い! でもアロマの良い香り……。


「何、ここ……?」


「あら、殿下! ようこそいらっしゃいました! お待ちしておりました!」


 奥から小走りでやってきたのは、少し年配の女の人だった。このお店の店員さん? すごく薄着だ。えんじ色の浴衣を着ている。


「2人だ。個室を頼む。あとはお任せで」


「かしこまりました。ええ、はい。話は聞いておりますよ」


 店員のお姉さんは、チラリとわたしのほうを見て微笑むと、すぐに奥へと引っ込んでいった。「話は聞いていた」ってなんだろ? ここに来ることって決まっていたの? いやでも、スレッドリーは、「わたしと2人で出かけなさい」っていうメルティお姉様の言葉を、直前まで理解していなかったしそれはないよね。そもそもここは何の建物?


「アリシア、行こうか」


 この室温のせいなのか、つないだ手の中にじんわりと汗が溜まる。


「行くってどこによ?」


「まずは着替えだ。ここは中に入るのに、専用の服に着替える必要があるんだ。更衣室もそれぞれ個室だから安心してくれ」


 安心も何も何のお店なのか教えてって。


「着替えはこの部屋の中にある。着替え終わったらここに出てきてくれ」


 スレッドリーは名残惜しそうに、一度ギュッと強くわたしの手を握ってから、ゆっくりと離れていく。それからこちらを見ることもなく、開いている扉の中に入っていってしまった。


 えっと……。

 わたしはこっちの部屋で着替えればいいってこと?


 もう1つの、扉が開いている部屋へ恐る恐る足を踏み入れる。

 中は正方形の狭い小部屋だった。

 内鍵を閉めてから部屋の中を見回してみる。

 小さな台があり、そこに置かれているのは着替えかな?


 布を手に取ってみる。

 あ、浴衣だ。

 さっきの店員さんが着ていたのとは色違いで、ピンク色の浴衣だった。体に布を巻いて帯を縛るだけの簡易的な浴衣。まあ、とりあえず着替えろって言われたから着てみますけど……。脱いだ服は……とりあえず心配だから自分のアイテム収納ボックスにしまっておこうかな。


 手持ちの鏡でチェック。

 うん、変じゃないよね。


 んー、浴衣だし、髪は上げておこうかな。

 サイドに巻いていたリボンをほどく。髪を巻き上げてお団子にしてから、リボンで結び直す。


 再び鏡チェック。

 うんうん、前世の記憶だと浴衣を着る時は髪を上げるのが正しいよね。これで良さそう!


 そっと扉を開けて外の様子を伺う。

 もうスレッドリーが外で待っていた。


「おう、着替え終わったか?」


 群青色の浴衣姿……くそぅ、ちょっとかっこいいじゃんか……。


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