「どうして、そこまで………。」
それが聞いていて感じた感想だ。
大規模侵攻から数十年後とかならともかく、あれから1000年も経っている。
わざわざ命を捨ててまでやる様な事ではないはずだ。
だが、フリードはその疑問を予想していたらしく、その答えを口にする。
「現代に伝わってる当時の君達の伝承はね。あまりにも不自然な点が多すぎたんだ。端的に言えば、中途半端に改竄されている。」
「中途半端?」
「大規模侵攻の発生前と、大規模侵攻発生後とで残っている当時の歴史が食い違っているんです。かなり不自然に。」
「そうなんだ。それで、父は元々病気でもう長くなかった事もあってね。伝承から感じた違和感を確かな物にしたいと、神の刻印を使ったんだよ。父曰く、もしかしたら、我々はとんでもなく大きな間違いを犯しているのではないか、と。」
寂しそうに笑うフリードを見て、俺は複雑な気持ちになった。
余命僅かで仕方がなかった事とはいえ、フリードの父親は大規模侵攻の真実を知る為に更に短い時間で亡くなったのだ。
自分達のせいではないとはいえ、あまり気持ちのいい話ではない。
「だが、それなら気になる事が一つある。1000年も前の事を遠見するとなると、健康ならともかく、
「え?」
俺の指摘にアリスは不思議そうに声を漏らし、見抜かれたフリードはそれは予想してなかったのか、驚きで目を見開いていた。
「……さすがだね、アルシア。そうだよ、僕の片目……右目はまったく見えてない。父の代償の足りない分を、僕が払った。」
「随分あっさりと自分の身体の一部を……」
「これでもかなり躊躇ったよ。ただ、あのままでは父は犬死になってしまう。それなら、自分の目玉くらい安いものだろう?」
そう言って、フリードは右目に掛けた偽装魔法を解除した。
その目はやはり、何の色も映してなかった。
「足りないって、だってさっき……フェンリルさんは……」
困惑するアリスの言葉に、今度は俺が答える。
「神の刻印は確かに人間じゃあ不可能な出来事さえも叶えるが、何でも叶う訳じゃない。邪な願いは願ったとしても叶えられないだけじゃなく無駄に命を落とすし、今回みたいな願いが大きなケースで使うとなると、たとえ刻印の使用者が健康な状態であっても、代償が足りずにただ死んでしまう事だってあるらしい。」
神の刻印に関してはある一件で調べる機会があり、アリスが疑問を抱いた内容に関してはその時に知った。
前例が無く、あくまで予想らしいが、それが今回、あまり嬉しくない形で立証されてしまった。
もしかすれば、権能に近い物は制限が強いのかもしれない。
「そんなの、酷すぎます……。」
アリスがぽつりと呟いた。
それは俺も同意見だ。神の視点から見れば、俺達の命など大した物ではないのかもしれないが、命を奪うというのなら、それくらいは叶えてやれと思う。
「ああ。まったく……巫山戯た連中だ。」
「アルシアさん……?」
言いながら立ち上がった俺を、アリスは不思議そうな目で見た。
フェンリルを除いた、この場にいる全員同様だ。
だが、俺はそれに構わずフリードの方に歩いていって隣に立ち、右手に力を集中させる。
黒い雷の様な力が、どんどんと俺の掌の中で収束を始めた。
唐突にフリードの隣に来て、こんな事をしたせいだろう。彼は禍々しい力を見て恐怖で固まっているが、構わず力を練り続ける。
「貴様ぁっ、やはりか!!」
部屋の出入口で待機していた兵士が、外にいた兵士達を連れて近付いてくる。
圧縮されていく力によって掌がガタガタと揺れ出し、皮膚が裂けては血を吹き出し、その傷が修復されてくのを繰り返して、ようやく準備していた術が完成する。
兵士達が更に近付いてくるが、フェンリルの射抜くような目で睨まれて止まる。
「フリード。」
「………アルシア?」
「かなり痛むぞ。」
そう言って、俺は座っているフリードの右目目掛けて黒い球体状の力を撃ち出した。
「あぁああああああ!?」
右目に直撃したフリードが激痛で床にのたうち回る。
先程の睨まれた兵士達がフェンリルの圧に構う事なく、ディートリヒを避難させつつ、俺を取り囲んだ。
「やはり貴様、陛下を……この国を滅ぼしに来たのか!!」
無数の槍が俺の首筋に突き立てられるが、動じることなく、のたうち回るのを止めてよろよろと立ち上がるフリードを見つめながら質問する。
「どうだ?」
「…………える。」
「………フリード?」
何かを呟いたフリードに、ディートリヒが心配そうに声を掛ける。
「………、右目が見える。」
「陛下!?」
フリードの目は、先程の白い瞳ではなく、しっかりと色を取り戻して瞬きを繰り返していた。
まるで、失ってしまった懐かしい感覚を確かめるように。
「父親の神の刻印の代償の一部を肩代わりするだけだったらしいからな。補助じゃなく、直接使ってたら出来なかったよ。」
俺は手に纏わりつく