「フェンリル、アリスを頼めるか?」
城に戻って翌日……。
医務室のベッドで眠っているアリスに寄り添うフェンリルにそう頼むと、彼女は少しばかり申し訳なさそうに頷いた。
「ああ。だが、すまぬな。妾もアリスと共にいる以上、暫くは動けぬ。」
「別にいいよ。封印されてる間もずっと俺と一緒にいてくれた訳だし、少しの間休んでてくれ。さすがに早々変な事も起きないだろ?」
「だといいがな。」
そう言ってフェンリルは再び熱に浮かされているアリスに視線を戻し、その額に手を当てる。
俺までここに居ても意味は無いし、ここはフェンリルに任せた方がいいだろう。
俺は早々に医務室を出て、ある場所へと向かう事にした。
◆◆◆
「アルシア、リアドール君は大丈夫なのかい?」
「ああ、フリードの手配してくれた医者もいるし、フェンリルもいる。暫くは寝てなきゃいけないけど、命に別状はないから平気だよ。」
「そうか、良かった……。」
そう言うと、フリードは少し安心した様に微笑んだ。
俺達が王都に帰ってきてすぐに、アリスは体調を崩して倒れたのだ。
原因は初の実戦で神術をフルに使った事による過労状態。
神術に加えて複数のアーティファクトも駆使している。そうなるのも無理はないだろう。
何かあった時に戦力的にも人数的にも痛いのは事実だが、それでもフレスとニーザがいる。
余程のことが無ければ問題ない筈だ。
本題に入る前に俺は一度、今いる部屋を見渡す。
「それにしても、いいのか?」
「何がだい?」
「何って、この部屋だよ。」
不思議そうにするフリードにそう返すと、「ああ。」と納得したように頷く。
「秘密の話なんだろ。他の人間に1番聞かれない可能性の高い部屋なんて、たぶん此処しかないよ?」
そう言ってフリードは自室のソファーに深く座り直す。
俺達がいる場所、それはフリードの私室だった。
ヴェルンドの村の戦いで得た情報………、出来れば他の人間に聴かれない場所を用意して欲しいと頼んだ結果、此処に通されたのだ。
部屋の外には護衛の兵士が居るものの、中には俺以外には部屋の主であるフリードと、フレスとニーザ以外はいない。
くすんだ赤を基調とした、広すぎも狭すぎもしない部屋に何処か居心地の悪さを覚える俺に、フリードは微笑む。
「見られて困るものなんてないし、僕のプライベートなんかと比べていいような話でもないだろ。それより教えてくれよ、何があったのかを。」
「そう言ってくれるのは助かるよ。実はな………、」
そう言ってくれるフリードに感謝しながら一度間を置き、その答えを口にする。
考えうる限り、最悪の答えを。
「あまり嬉しくない話だが……、敵が使った能力、今まで出てきた強化魔族の異様な数と………、今回は暴走魔族も現れた事から考えて、裏には神がいる可能性が高い。」
「神……………、」
出てきた単語を聞き、フリードは呆然とした表情を浮かべる。事前に話をしていたフレスは黙って耳を傾けていた。
「本当、なのかい……?」
「ああ。この大陸全土だけで見ても、あの規模の強化魔族を用意するなんて人間には出来ない。それに高位魔族クラスの力でも不可能だ。」
高位魔族は居城であるグレイブヤードにいれば本来の力を発揮できる。
だが、その本来の力を持ってしても大陸全土に強化魔族を発生させる事は出来ない。
仮にフェンリル達3人がそれをやろうとしても、精々10分の1が限度だろう。
そして、もう一つのヒントはマグジール。奴が纏っていた力だ。
「それと、ヴェルンドにもマグジールがいた。奴は……
「………かむ、い?」
聞き慣れない単語を聞いて、フリードが首を傾げる。
「ああ。神が使う技……、と云うより、神であれば自然と纏っている力で、端的に言えば特定の攻撃は通らない。如何なる方法を以てしても、人間が纏うなんて事は不可能だ。」
「私達、高位魔族でもな。」
フレスが補足し、ニーザも頷く。
彼らも確かに神の血を引いた強大な存在だが、その彼らを以てしても、神衣を纏う事は出来ない。
アレは純粋種の神族のみが纏う事が出来る代物なのだから。
「……つまり、神である何者かが、マグジールにそれを纏わせた、と?」
「その可能性が高いな。」
濁して伝えたところで仕方ないので、簡潔に伝えると、フリードは曇った顔をして黙りこくってしまった。
この時代に於いても神がどれだけ強大な存在か、それはしっかりと伝わってるようだ。