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第15話 体育祭マジック③

「オレのダンスどうでした? 騎馬戦、勝てそうじゃろ」

「ん」


 応援合戦のあと弁当を掻っ込み、グラウンド脇に取って返す。オレの応援のおかげか、丈士先輩は闘志がみなぎってる。へへ。


 騎馬戦に参加するメンバーで、入場待機がてら作戦会議を始めた。


「林くんたち機動力のある騎馬は、相手を誘き出したり足止めしたりする。ほんで、大西くんたち高さのある騎馬が仕留める」

「っス! ……え?」


 三年生による役割指示に、大きく頷く。

 途端、二・三年生がにこにこした。オレの頭を撫でようとか、あちこちから手が伸びてくる。でも、また旋毛に丈士先輩が顎を乗せたために、叶わない。


 そのうちに放送部が競技再開をアナウンスして、グラウンドに入場する。

 家族席の翼たちが大きく手を振ってきた。


「丈士さんがんばれー! 蒼空兄ィも!」

「ついでかよっ」


 って、翼に突っ込んでる場合じゃない。

 グラウンド、さっきぶりだけど、緊張感がぜんぜん違う。


 この種目に勝てたら、青チームは総合優勝にぐっと近づく。どこにでもいる男子高校生には、こんな重要な役回りはじめてだ。


「蒼空、足震えてる」

「……ばれました? 大一番や思うたら勝手に」


 騎馬を組むなり丈士先輩に指摘された。

 笑い飛ばしたつもりが、声まで震えてる。

 先輩の手が熱いぶん、オレの足の冷たさが際立つ。おいおい、大丈夫かオレ。


「俺と一緒なんだから蒼空らしくしてりゃいいの」

「……、ハイ!」


 よぎる不安は、先輩がたった一言で払ってくれた。

 いつも独りでマウンド立ってるだけあって、頼もしい。広い肩に置いた手を一瞬首に回して、すぐ戻る。へへへ。

 先輩は暑いのか、耳が赤くなってる。


 各色六騎が位置についた。

 三色三つ巴戦、一発勝負だ。

 鉢巻きの結び目を、きゅっときつく締める。


「行くぞ青チーム!」


 号砲が鳴るや、いち早く飛び出す。

 オレが人差し指を高々掲げれば、「うおおおお!」と仲間の騎馬が呼応する。

 やば、昂揚でドキドキする。


「おっ、チアボーイくん」


 緑チームの粟野先輩が乗った騎馬も、オレたちと同じ役割らしく、先頭を切ってきた。

 組み合い……はしない。


「粟野」

「おっけー」


 丈士先輩と野球部同士最小の会話を交わすと、揃って白チームの陣地に突っ込んだ。

 同盟ってことらしい。


 オレたちの圧によって、白チームの騎馬がじりじり下がる。

 その背後に回り込んだ大西先輩号の騎手が、上から鉢巻きを奪取する。作戦どおり。


「山田部長、スミマセンっ」


 白チーム最後の一騎は山田部長号だったけど、容赦なく囲んで鉢巻きをいただいた。


 白チームのテントから溜め息が、青・緑チームのテントから歓声が上がる。

 残り時間は、緑チームとの直接対決だ。


「あのこんまい騎馬狙いましょう」

「あ? 死にてえやついんの」

「ひえ……」


 英翔号が図らずも粟野先輩の地雷踏んで、逆に餌食になる。粟野先輩は高さとリーチでは不利でも、反射神経がすげえ。


 瞬く間に、青チームはオレとセンパイ号・大西先輩号の二騎になっちまった。

 緑チームは四騎残ってる。

 巻き返さないと。


「背中合わせしゃんしよう


 大西先輩号と協力して、まず一騎倒す。

 でも相手も無策じゃない。弱いほう――オレ目掛けて全騎で向かってきた。


「蒼空、掴まってろ」


 丈士先輩はそう言って、右に左にステップ踏むけど。何せ六本の腕が伸びてくるから、オレもアライグマの威嚇みたいに手ぇ上げて払わないといけない。


「こりゃあかんよ、っ」


 息が詰まる。あと何秒耐えればいい?

 粟野先輩の手が、オレの鉢巻きを掠める。でも。


「こりゃセンパイと交換した鉢巻きやけん、あげられん!」


 ぜったい取られたくない。のけ反って避ける。

 そしたら、後ろにいた別の敵に頭を差し出すみたいになった。


 絶体絶命。

 いや、腰捻れば切り抜けられる……!

 丈士先輩の手から片足浮かせて、上体をくねらせる。


「蒼空!?」


 やば。粟野先輩ほど運動神経よくないオレには、ちょっと無理な体勢だったっぽい。

 ぐらりと視界が傾ぐ。腕で宙を掻くも、立て直せない。

 ……一緒に勝って先輩に笑ってほしかったけど、裏目に出たな。


 目線が二百三十センチから元の高さに戻るさなか、丈士先輩が三年生と組んでた手をほどいて振り返るのが、スローモーションで見えた。

 切実な目と目が合う。オレを抱き留めようとしてくれてる?


 どこかのテントから悲鳴が聞こえた。野球部エースを下敷きになんてできない。


「――~っ!」


 荒れたグラウンドにどどっと足つくのと、先輩のでかい手に腰掴まれるのは、ほぼ同時。


「ヘーキか」

「ハ……ハイ。生き残れんでスミマセン。センパイの鉢巻きは守ったんスけど」


 先輩ってば、蒼白だ。

 大げさですよと笑ってみせる。ほんとは悔しかったけど、無駄に心配かけたくない。


「そんなんいいのに」


 先輩はかすかに目を見開き、息を吐いた。

 はあ。オレもひとつ息を吐く。残念ながらこれがオレの精一杯。

 戦場を去るべく踏み出す、と。


てて」


 右足首がズキッとした。

 騎手は裸足なのもあって、捻挫したかもしれない。

 つい大きめの声が出ちまって、先輩の顔がこわばる。


 次の瞬間には、お姫様抱っこされていた。


「うわわ!? 自分で歩けます、歩けますって!」


 先輩はオレを無視して、オレごと青チームの陣地に引き上げていく。

 先輩の腕、安定感ある。でもさすがに重くないか? 間近に見る汗掻いた先輩、至宝。でも真顔不穏じゃね?

 ぐるぐる考える。


 つか、いつの間にかタイムアップしてた。そのぶん注目が集まって、嬉しいより恥ずい。カメラのフラッシュやめて。


「ゴメン言いにきたけど、結果オーライやなー」


 同じく引き上げる粟野先輩が、獲った鉢巻きをひらめかせながら言った。




 騎馬戦は、大西先輩号がオレとセンパイ号を生贄にする形で、守りが手薄になった敵の鉢巻きを奪い去ったらしい。結果、緑チームと一本差で青チームが勝利した。


 最終種目の色対抗リレーも、青チームの三年生がかっこよくゴールテープ切ったって、女子たちが興奮ぎみに話してる。


 よって、総合優勝を果たしたのは――オレたち青チーム。

 ただしオレはずっと救護テントで足に氷嚢当ててたから、実感なし。

 片づけ風景をぼんやり眺める。


「ん」


 そこに、丈士先輩が現れた。

 エナメルバッグを腹側に回して、オレに背中を見せてしゃがむ。Tシャツに筋肉が薄っすら透けてかっけえ……

 え? おんぶですか?

 オレはわたわたと手を振った。


「冷やしたし大丈夫っス」

「いいから。責任取らせろ」

「取る責任ないですって」


 もう治ったと示すべく、勢いよく立ち上がる。氷で感覚麻痺してるしだいじょぶ、


ってー!」


 じゃなかった。先輩が「ほら見ろ」って顔する。ひん。


「でも、落ちたんはオレのせいやし、センパイには初讃岐高体育祭最後まで楽しんでほしいし、」

「早く帰りてえンだわ」


 オレは先輩に笑ってほしいのであって、心配してほしいわけじゃない。なおもごねたら、先輩が正門に続く道をちらりと見やる。


 ツーショをお願いしたいっぽい女子が、大量に溜まっていた。

 実際、粟野先輩とかリレーのアンカーを務めた三年生の前に、行列ができてる。


 救護テント前には杏奈ちゃんもいた。意外だけど、体育祭記念かな。

 来るもの拒まずな丈士先輩でも、愛想振りまくのは疲れるんだろう。片想いしてるオレとしても複雑だし、共犯になってあげますか。


「んじゃ、駐輪場までお願いします」


 いそいそと、先輩の背に体重を預ける。

 実は、応援に来てた母ちゃんに「車乗れ」って言われたけど、高校にチャリ置きっぱだと後々めんどうで、鞄だけ乗せて帰ってもらった。

 日高家までの道は平坦だし、左足一本でも漕げるっしょ。


 花道状態の構内を進む。先輩の旋毛、やっぱりかわいい。

 オレがくっついてるせいで、女子は誰も近寄ってこない。ただ、じいっと見られてる。

 今だけ優越感に浸らせてください。なんて名前を知らない神様に祈ってたら、


「あざっした。……センパイ?」


 丈士先輩は駐輪場を素通りした。

 オレが声上げても減速しないで、正門を出ちまう。


「ちょちょ、どこ行きよるんスか!」


 交差点渡って、コンビニの横抜けて。

 ずんずん目指す先にあるのは――琴電の駅だ。


「俺ん家」

「え!?」


 オレが叫ぶ間に、先輩は居合わせた一年生に声掛けて切符を買う。

 オレのぶんですよね。先輩は定期券あるし。でも、なんで?


「待ってつかさい、心の準備が」

「一回行ったじゃん」


 やっと降ろしてもらえたのは、三両編成の車両に乗り込み、扉が閉まった後だ。


 オレは、また、攫われたみたいです。





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