目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第19話 オレにできること

「情報科たるもの、データのればれっじ活用はマストじゃわいな。英翔もオンリーワンの男子高校生になろう」


 数日後。怪我でダンス部の練習も休まざるを得ないでいたオレに、ついに特大の閃きが降ってきた。


 対戦校のデータ集めて、分析して、弱点とかを割り出せば――讃岐高の何十年ぶりの甲子園出場を引き寄せられるんじゃないか?


 甲子園は、今やオレの目標でもある。丈士先輩が夢を叶えられたら、オレも楽しい。


「遠慮するわい」

「なんで!?」


 机で帰り支度してる英翔には、この素晴らしい計画が伝わらないようだ。


「なんでって、来週月曜からまたテスト前週間じゃろ」


 うぐ。中間と期末の間隔、近過ぎる。次のテストは夏休み明けでよくねえ?


「やけど、データ班はがいなすげえ仕事じゃ」

「データ集めで土日潰れるんはちょっと」


 調べてみたら、プロ野球でも、いろんなデータを分析する専門家がいる。

 なのにあっさり切り返され、オレはこれ見よがしに溜め息を吐いた。


 つれない悪友より先に教室を出る。


「ふん。別に、野球そこまで詳しゅうないしデータ分析アプリ使うのもはじめてやけん、手伝うてくれたら心強いとか思うとらんもん」

「蒼空くん」

「おわ!?」


 ぶつぶつ文句言ってたら呼び止められて、声が裏返った。何だ、誰だ。

 オレの隣に並んだのは――


「杏奈ちゃんか、何しょん」


 二組も帰りのホームルームが終わったらしい。

 昇降口は三組のほうだけど、こっちに何か用かな。


「ええと……足の怪我、大丈夫?」


 杏奈ちゃんが、下ろした髪を撫でながら言う。悪友と違って心配してくれたんだ。


「うん。安静四日目やし」

「よかった」

「んじゃ、オレやることあるけん、」

「あの。わたし、データ分析アプリ使うたことあるよ。中学のとき野球部のマネージャーしとったけん、ルールもひととおりわかるし……わたしでよければ、っせよか?」


 おお?

 オレは、バイバイって振ろうとした手を握り込んで、突き上げた。


「まじ? ありがと!」


 救世主、現る。

 丈士先輩が「蒼空、やるじゃん」って八重歯を覗かせる未来図が思い浮かぶ。

 もう計画成功した気でにやければ、杏奈ちゃんもふんわり微笑んだ。




「――まず、来週の金曜に抽選会があって、県予選の組み合わせが決まんじゃよ」

「へー。期末テスト直前に、どこと対戦するかわかるんや」


 グラウンド沿いの木陰で、杏奈師匠の説明をせっせとスマホにメモる。

 来週、テスト前週間。金曜に抽選会。

 再来週、期末テスト。

 七月、一回戦、と。


「どの高校もこの時期、県予選に向けた仕上げで紅白戦とか練習試合組むけん、土日に偵察回れる思う」

「そういや、先月の四国大会偵察したって、センパイ言いよったっけ。あー、そんとき思いついとったらなあ」


 もっと早く貢献できたかもしれない。

 丈士先輩の言葉を思い出して惜しめば、杏奈ちゃんは声を潜めた。


「実は、高校野球部関係者は、公式戦で他の高校の動画撮ったりデータ取ったりは禁止されとるの。観戦はかまんのやけどなぁ」

「えっ、ほーなーそうなの? やけど、オレたちは野球部のマネやないけん、」

「うん、セーフってことにしょんしよう


 思わせぶりに頷き合う。

 謎おじさんならぬ、謎高校生になりきるわけだ。

 頭脳戦、思った以上にドキドキするな。


「何百チームでもデータ集めたるわい」

「香川はそなん高校ないよ。県予選に出るんは36チーム」

「それもそっか。ちな、大阪とか埼玉は?」

「激戦区っていわれる都府県は、150チームくらい」

「多!」


 でけえ声出た。香川の四、五倍だ。

 埼玉代表狙ってた丈士先輩は、オレのデータなんかなくても楽勝かも。


 穴場だから、田舎を選んだんじゃねえよな……? 前に優姫さんに「こんなところ」って言われたの、時間差で効いてくる。


 いや。先輩はそんなせこい男じゃない。

 五秒で自己解決して、スマホを握り直す。


「よし。偵察行くまでに、野球の詳しいルールと見方、頭に叩き込む!」


 ちょうど目の前で野球部がやってるケースバッティング見ながら、杏奈ちゃんの解説を聞き、データ分析アプリに入力もしてみる。


 テスト勉強の百倍、マジメに取り組む。

 野球部員にはできないってなったら、ほんと重要な役割だし。

 丈士先輩かっけえ、って手が止まらないようにだけ気をつけねえと。


「蒼空」


 なんて自分に言い聞かせてたら、まさに出番の順番待ちの丈士先輩が、ネット沿いまでやってきた。

 先輩ばっか見るな。データが欠けたら、分析の正確性も落ちちまう。


「足、ヘーキ?」

「ハイ。さっきも・・・・言うたやないスか」


 目線は先輩の肩の後ろに向けたまま答える。マルチタスク、意外とできそうだ。


「……。何してんの」

「デー、」


 素直に答えかけて、口を噤む。

 まだ練習段階だけど、期末テスト明けにめっちゃ役立つデータ渡して、サプライズで喜ばせたい。


「内緒っス」


 ね、と杏奈ちゃんに目で合図すれば、空気読んで黙っててくれた。

 先輩は不服げな真顔で部員の列に戻っていく。

 まあ、楽しみにしててくださいよ。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?