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第20話 鈍感なのは

杏奈師匠とつきっきりでデータ班修行するようになって、三日目の昼休み。


「リクエストのたこ判、ホットケーキ型使うて猫の形にしてみ」

「来週なんだけど」


 いつもの場所で弁当中、丈士先輩がオレの話を遮って切り出した。

 オレは大判焼きサイズのたこ焼きにソースで描いた猫ひげを、自画自賛しそびれる。


「また見張り役やって」

「あ、ハイ!」


 でも、残念な気持ちはすぐ吹っ飛ぶ。

 テス勉の見張り役、今度は直接頼まれた。中間の赤点回避、ちょっとはオレのおかげって思ってくれてるみてえ。

 ふふん、と家庭教師面で訊く。


「今月はちゃんとノート取りました?」

「ん。大西が」


 ずっこけた。赤点は取らないって妙な自信があるっぽい。

 女子の先輩にノート借りるつもりじゃないのは、嬉しいけど。




 週明け、部活禁止期間になった。

 ただし県予選を目前に控えた野球部に限り、特別に一時間だけ練習が認められてる。


「蒼空、教室で待ってて」


 丈士先輩は一年一組の入口で一言言い置き、小走りでグラウンドに出ていく。一秒でも無駄にしたくないって感じだ。


 三年生さえも、練習中はテスト忘れて集中してるのが伝わってくる。

 カーテン揺らす風の手触り、もう完全に夏だもん。

 先輩たちにとっては、集大成の季節だ。


 待つ間に自分のテス勉進めようと思ったけど、ついグラウンド見ちまう。

 丈士先輩のしなやかな動き、短くとも的確な掛け声、真剣な横顔――。


「蒼空くん、野球部の練習見よるの?」


 いつの間にか、杏奈ちゃんが横に立っていた。スクバの持ち手をぎゅっと握り締めてる。一組に入るの緊張したのかな。前の席の椅子を勧めながら答える。


「うん。センパイが野球しよるとこ見るの、好きなんや」

「……今日も解説、したろうか」

「えっ、ええの? 杏奈ちゃんテス勉は?」

「お互い様じゃわ」


 それはそう。ひとしきり笑い合い、視線を屋外に戻す。


「端でネットに向かって打っとるのは、フリーバッティング。内角とか低めとか、苦手なコースを打つ練習」

「ふむ。逆に相手ピッチャーの得意なコースわかれば、攻略に使えるな」


 データを活用するアイディアが湧いた。データ班、閃きで始めたけど、おもしれえ。


「真ん中ではシートノック中やな。守備の練習」

「丈士センパイは?」

「ブルペンで……球種増やす練習かな」


 杏奈ちゃんが腕を組む。野球好きな謎の高校生を演じるのに必須のポーズだ。

 オレも真似して、ブルペン――ピッチャーの投球練習エリアを見やる。


「そういや、センパイって変化球何投げれんじゃろ。プロの大谷翔平は十種類くらいじゃわいなあ」


 これ、最近朝飯の支度しながらスポーツニュース見るようになって仕入れた情報。


「それで言うと、一種類?」

「たったのひとつ!?」


 声がでかくなった。丈士先輩がこっち向いた気がして、咄嗟にカーテンに隠れる。

 杏奈師匠、オレを揶揄ってんじゃなく?


「うん。チェンジアップ言うて、ストレートと同じフォームで投げる遅いストレート。緩急つける感じ」

「ほー」


 球種の見分け修行中のオレは唸った。

 先輩の持ち球のメインは、ストレート。軌道が変化しないぶん、どこに投げるかのコースと速さが重要になる。

 唯一の変化球・チェンジアップも、速さを調節しただけで、実質ストレートみたいなもんだ。


「まっすぐだけで勝負かあ。それもそれでセンパイらしゅうてかっけえ」

「スライダーとかの変化球は肘に負担掛かるけど、一個は持っとってもええとわたしは思うな」


 う。師匠と意見が割れた。呑気にセンパイに見惚れてられない。


 確かに、遅いストレートにタイミング合わされちまったとき、もうひとつ選択肢があれば、配球のバリエーションが広がる。

 うどんも素うどんが至高だけど、いろんなアレンジあったほうが飽きないもんな。




 練習を終えた丈士先輩と合流する。杏奈ちゃんは入れ違いに教室を出ていった。

 その後ろ姿を、丈士先輩が食い入るように見つめる。


「あれ誰」

「二組の杏奈ちゃんです。一緒に野球部サポしよる」


 この会話、二回目だ。先輩ってば杏奈ちゃんに興味あんのかないのか、どっちなんだ。


「あんま一緒にいんなよ」


 低く鋭い声。まさかまた命じられると思わなくて、オレは先輩を二度見した。


「センパイのためですけど」

「は?」

「や、なんちゃでなんでもないっス~。それより、最終下校までしっかりテス勉せな」


 データ班として修行してるの、まだ内緒だった。笑ってごまかすも、先輩はますます眉を顰める。


「優姫よりあーいうののが気掛かりって気づいたわ」

「あーいうのって? 杏奈ちゃんは純粋に野球が好きな子ですよ!」


 サポートを下心あるみたいに言われて、思わず反論した。

 オレにも刺さったんだ。ほんとに力になりたくて、見返りは求めてないのに。


 せっかく熱中できるもの、見つけたのに。

 への字口のオレを、丈士先輩がじっと見下ろしてくる。


「……鈍感」

「誰がっスか!」


 なんか同情じみた声色で言われたの、なんで?

 オレの気も知らないのはそっちでしょって思いつつ、オレの手首掴んで階段を上がってく先輩を追い掛けた。






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