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第21話 見張ってんのに

「――ってわけでして。今日の抽選結果見て、土日にデータ取り行ってもかまんですか」


 金曜の休み時間、オレと杏奈ちゃんで山田部長を訪ねた。

 三年生の教室、正直身の置き場がないけど、二人なら緊張も薄れる。


「そりゃありがたい。顧問の先生には僕から言うとくわ」


 山田部長はぱっと顔を輝かせた。でもすぐ、気遣わしげに窺ってくる。


「ただ、君らのテスト勉強妨げんか? 無理はせんようにな」

「…………ハイ」


 返事、だいぶ溜めちまった。

 万年平均点のオレが赤点取ろうと、ダンス部はゆるいし、母ちゃんもぎゃあぎゃあ言わない。

 とはいえ赤点と引き換えのデータじゃ、野球部の皆さんは気持ちよく使えねえよな。


 一階に戻る間も唸ってたら、


「蒼空くん、テスト勉強も一緒にする?」


 杏奈ちゃんが提案してくれる。どこまで救世主なんだ。


「お願いしマスっ」


 階段の真ん中で、ばっと頭を下げた。

 丈士先輩には「一緒にいんな」って言われたけど……杏奈ちゃんは下心で行動してないって証明もできるしな。




 放課後、杏奈ちゃんと連れ立って二年一組に向かう。


「センパイ。テス勉、三人でもええですか?」

「ダメ」


 丈士先輩は目の動きだけで杏奈ちゃんを見て、却下の判定を下した。はや。

 まあ、だめって言われても引き下がりませんが。


 先輩の隣の席借りて、タブレットを起動する。自分のテス勉を始めた。


「あーこの数Ⅰの練習問題、なんべんやっても答え合わん」

「使う公式がちゃん違うやないかな」


 横に立つ杏奈ちゃんが、屈み込んできた。

 杏奈ちゃんはオレたち情報科と違って商業科だけど、基本五教科の範囲は同じ。

 しかも数学得意っぽくて、足踏みしてたところがさくっと解けた。おお。


「さっすが! んじゃこっちの、」

「蒼空」


 続けて教えてもらおうとしたら、杏奈ちゃんの逆隣から、先輩が手を伸ばしてくる。

 オレの開襟シャツの袖をくいっとつまんだ。甘えたな仕草だ。


「センパイ? 眠いんスか」

「じゃなくて。俺に訊けばいいじゃん」


 言われてみれば、先輩にとっては去年習ったところだよな。

 先輩のほうに身体を向ける。


「んじゃ、この問題の解き方っせてつかさい」

「…………」

「それは、プリント配られなんだ?」


 険しい表情でタブレット画面を睨む先輩を見兼ねて、またしても杏奈ちゃんがサポートしてくれた。

 数学に勘は通用しませんよ、先輩。


「せっかく見張ってんのに」

「ハイ?」


 先輩はオレにだけ聞こえる声量で、何やら口走る。

 その肩越しに見えた空模様は、何だか台風が来そうだった。




[俺、実は雨男だから]

ほーなーそーなんスか?]


 結局、六月最後の土日は雨風が強く(丈士先輩が招いたみてえな言いぶり)、対戦校のデータ取りに行けなかった。


 おとなしく期末テストと闘う。


 週明け、野球部全員赤点なしで、通常練習を再開した。

 オレはというと、改めて高松まで出向く。

 香川県の高校の半分は高松にあるんだ。県予選初戦の相手もそう。


「オレ、中学生に見える?」

「見える見える」


 駅で、あえて芋くした私服を披露すれば、待ち合わせた杏奈ちゃんが頷く。

 複雑だけど、部活見学の中学生になりきれたならよしとしよう。


 師匠とふたり、はじめてのデータ班活動は、怪しまれることなく果たせた。

 データを集められたら、分析だ。

 どんな切り口でデータ使うか、どうプレーに結びつけるかとか、腕の見せどころなんだ。


「んじゃ、分析アプリでわかんねえとこあったらLINEするわい」

「あ……、うん」


 都会に来たからって、タピオカとかに寄り道もしない。

 杏奈ちゃんに手を振って自転車に飛び乗る。


 夜じゅう居間の扇風機前を陣取って、ひたすらデータと睨めっこした。




「お納めつかさい!」


 そして翌日。練習前に、できたてほやほやの分析レポートを山田部長に手渡す。


「ありがとう。早速練習に取り入れさせてもらうわ」

「何何? おっ、相手ピッチャー丸裸やー」


 粟野先輩始め他の部員も集まってきて、熱心にレポートを読んでくれる。


「相手チーム、昨日紅白戦やっとったんスよ。やけん実戦に近いデータや思います」


 ふふん、と寝不足の目を擦った。

 丈士先輩、喜んでくれるかな。

 きょろきょろ探せば、目を丸くしてる。見たことねえ表情でかわいい。


 それも束の間、手首を強い力で引き寄せられた。おっとと。


「昨日偵察行ってたん?」

「ハイ」

「誰かと?」

「杏奈ちゃんとです。実はデータ収集と分析手伝うてもろうたけん。や、手伝い越えとるな。ほぼ共同レポートや!」


 ほんと、師匠さまさまだ。

 なのに二歩隣で控えめにしてる杏奈ちゃんも労ってほしくて、声高に言う。


「そなん、わたしは、なんちゃ」


 先輩たちは、次々杏奈ちゃんへの感謝を口にした。

 でも丈士先輩はオレへの尋問をやめない。


「やっぱデートじゃん」

「? データです。バッターのデータもありますよ」


 レポート指差すけど、丈士先輩は「別に」って感じでブルペンに行っちまう。


 その背中が、陽炎に揺らめいた。まぶしくて、少し隔たりを感じる。

 先輩の実力なら、分析初心者のレポートなんて必要なかったかな。


 思ってたのと違う反応だ。さみしくないって言ったら、ウソになる。

 ただオレが勝手に始めたことだし、もうちょっと続けよう。




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