「こうして、こう。映った!」
期末テストも終わって、終業式までは、パソコン利用技術検定とかの資格試験対策メインな上、四時間授業になる。
部活がっつりできるってことで、データ班は動画解析アプリも導入してみた。
打ったり投げたりをスマホで録画して、スローにしたり、昨日撮った動画と重ねたり。
相手の攻略に留まらず、味方のレベルアップにもつながったらって、やってみてる。
「よさげやないスか?」
「ああ。助かるわい」
実際、大西先輩が動画で自分のフォーム確認した結果、微調整できたみたいで、フリーバッティングでの長打率が上がった。
数字で成果が見えると、手応えも楽しさもひとしおだ。
……でも。
肝心の丈士先輩は、自分の感覚だけを頼りに、もくもくと投げてる。
「外角低め、十球行こか」
キャッチャーの山田部長の指示に、黙って頷く。
部長はオレがレポートに書いた、相手打線の苦手コース参考にしてくれてるっぽいけど。
丈士先輩はいつにも増して、白球しか目に入ってない。一年生の中でいちばん話し掛けられるオレですら、視界に入り込めない。
それでもいい。その姿を見せてもらえさえすれば。そう誓ったろ?
半ば自分に言い聞かせて、汗を拭う。
讃岐高の初戦は、七月十三日。今週の土曜だ。
一回戦は四試合きりで、うちも相手も二回戦から登場する。
野球部の練習は、日ごと濃さを増していく。
ただし、いやな張り詰め方じゃない。春より成長した姿を早くお披露目したいって、わくわく感が大きい。
手の内明かさないために、他校と練習試合もしてないんだ。
香川は都会と比べたら穴場かもだけど、普通の県立高校にとって、てっぺんへの道のりは途方もない。
でも、甲子園を口だけじゃなく本気で目指してる。
そんな空気をもたらしたのは、間違いなく丈士先輩だ。
今日も、白球がキャッチャーミットに吸い込まれる、気持ちのいい音が響く。
……やば。また見惚れちまった。
だって、野球してるときの先輩がいちばんかっけえんだよ。
「できることはやった。明日はいつもどおりの野球をしよう」
金曜。本番前最後の練習を、山田部長が落ち着いた口調で締めくくる。
オレもこの半月分のデータを部長に送って、試合前の仕事、完了だ。
公式戦のベンチには、スマホを持ち込めない。見学集団改めサポートチームのボスが
試合が始まったらガチの野球勝負ってわけ。
「杏奈師匠、期末前から付き合うてくれてありがと」
「そなん、師匠やなんて。明日も頑張ろや」
杏奈ちゃん、どこまでも親切だ。
明日も、三回戦のためにデータは取る。気合を入れ直す。
「蒼空」
そこに、丈士先輩が小走りでやってきた。もう制服に着替えてる。
「駅までチャリ乗せて」
「駅って、琴電のですか? すぐそこの?」
「ん」
体力温存か? 徒歩五分ですが。
首傾げつつ、スクバを背負う。
最近は杏奈ちゃんを家まで送って帰ってたけど、この季節は練習終わりでも真っ暗じゃねえし、いいか。
先輩がちらりと杏奈ちゃんを見やる。話し掛けはしない。
「余裕やなー、うちのエース様は」
並んで駐輪場へ向かってたら、粟野先輩がキャッチボールしながら茶化してきた。
他の部員も、素振りしたりしてる。
やり残しがあって不安とかじゃなく、逸って空回りしないよう抑えてる感じ。
オレは先輩を見上げた。
「センパイは、キャッチボールせんでええんスか?」
「ん。蒼空と帰りたいから」
そう言いつつ、さっき杏奈ちゃん見たとき、けっこうピリッとしてた。
山田部長も丈士先輩の球受けたげにうろうろしてる。
オレがいなかったら投げてあげたよな。
――もしかして、オレ、野球の邪魔だったりする?
一緒に帰れる嬉しさを、そんな懸念が上回った。