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第22話 邪魔ですか?

「こうして、こう。映った!」


 期末テストも終わって、終業式までは、パソコン利用技術検定とかの資格試験対策メインな上、四時間授業になる。


 部活がっつりできるってことで、データ班は動画解析アプリも導入してみた。

 打ったり投げたりをスマホで録画して、スローにしたり、昨日撮った動画と重ねたり。


 相手の攻略に留まらず、味方のレベルアップにもつながったらって、やってみてる。


「よさげやないスか?」

「ああ。助かるわい」


 実際、大西先輩が動画で自分のフォーム確認した結果、微調整できたみたいで、フリーバッティングでの長打率が上がった。


 数字で成果が見えると、手応えも楽しさもひとしおだ。

 ……でも。


 肝心の丈士先輩は、自分の感覚だけを頼りに、もくもくと投げてる。


「外角低め、十球行こか」


 キャッチャーの山田部長の指示に、黙って頷く。

 部長はオレがレポートに書いた、相手打線の苦手コース参考にしてくれてるっぽいけど。


 丈士先輩はいつにも増して、白球しか目に入ってない。一年生の中でいちばん話し掛けられるオレですら、視界に入り込めない。


 それでもいい。その姿を見せてもらえさえすれば。そう誓ったろ?

 半ば自分に言い聞かせて、汗を拭う。


 讃岐高の初戦は、七月十三日。今週の土曜だ。

 一回戦は四試合きりで、うちも相手も二回戦から登場する。


 野球部の練習は、日ごと濃さを増していく。

 ただし、いやな張り詰め方じゃない。春より成長した姿を早くお披露目したいって、わくわく感が大きい。

 手の内明かさないために、他校と練習試合もしてないんだ。


 香川は都会と比べたら穴場かもだけど、普通の県立高校にとって、てっぺんへの道のりは途方もない。

 でも、甲子園を口だけじゃなく本気で目指してる。


 そんな空気をもたらしたのは、間違いなく丈士先輩だ。

 今日も、白球がキャッチャーミットに吸い込まれる、気持ちのいい音が響く。

 ……やば。また見惚れちまった。

 だって、野球してるときの先輩がいちばんかっけえんだよ。




「できることはやった。明日はいつもどおりの野球をしよう」


 金曜。本番前最後の練習を、山田部長が落ち着いた口調で締めくくる。


 オレもこの半月分のデータを部長に送って、試合前の仕事、完了だ。


 公式戦のベンチには、スマホを持ち込めない。見学集団改めサポートチームのボスが記録員マネージャーとしてベンチ入りすることになったけど、スタンドで取ったデータをリアルタイムで伝えるのも禁止。

 試合が始まったらガチの野球勝負ってわけ。


「杏奈師匠、期末前から付き合うてくれてありがと」

「そなん、師匠やなんて。明日も頑張ろや」


 杏奈ちゃん、どこまでも親切だ。

 明日も、三回戦のためにデータは取る。気合を入れ直す。


「蒼空」


 そこに、丈士先輩が小走りでやってきた。もう制服に着替えてる。


「駅までチャリ乗せて」

「駅って、琴電のですか? すぐそこの?」

「ん」


 体力温存か? 徒歩五分ですが。

 首傾げつつ、スクバを背負う。

 最近は杏奈ちゃんを家まで送って帰ってたけど、この季節は練習終わりでも真っ暗じゃねえし、いいか。


 先輩がちらりと杏奈ちゃんを見やる。話し掛けはしない。


「余裕やなー、うちのエース様は」


 並んで駐輪場へ向かってたら、粟野先輩がキャッチボールしながら茶化してきた。

 他の部員も、素振りしたりしてる。

 やり残しがあって不安とかじゃなく、逸って空回りしないよう抑えてる感じ。

 オレは先輩を見上げた。


「センパイは、キャッチボールせんでええんスか?」

「ん。蒼空と帰りたいから」


 そう言いつつ、さっき杏奈ちゃん見たとき、けっこうピリッとしてた。

 山田部長も丈士先輩の球受けたげにうろうろしてる。


 オレがいなかったら投げてあげたよな。

 ――もしかして、オレ、野球の邪魔だったりする?

 一緒に帰れる嬉しさを、そんな懸念が上回った。






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