いよいよ二回戦当日。県営球場に、制服で乗り込む。
『日高、本番も踊らんの?』
ダンス部の先輩に、また取り囲まれたけど。
『やりたいことあるけん。チアは足るわいな』
体育祭で野球部員が活躍したおかげで、「県予選でチアガールやりたい」って女子がダンス部を訪ねてきた。期末テスト明け、振りつけ教えてあげたって聞いた。
一方のオレは、捻挫とデータ班活動とで、ほとんど練習に参加してない。
だったら、本番の応援も女子に任せたほうがいい。
ほら、チアボーイやってなまじ目立っちまったら、データ班として暗躍できないし。
「せーの! かっ飛ばせー、林!」
……なんだけど、いざ試合が始まったら、うずうずする。
でかい声で丈士先輩応援してえ。
いや、先輩にとってはオレの声援なんてあってもなくても同じか?
実際、ヒット打ってランナーを生還させる。攻守交替したら、涼しい顔でマウンドに立つ。
「蒼空くん、今のチェンジアップじゃわい。遅いストレートのほう」
「はっ」
つい考え込んじまって、先輩が投げた球、二種類しかないのに間違えた。
隣に座る杏奈ちゃんが指摘してくれて、慌てて入力し直す。
目標は、甲子園出場。オレの片想いは後回し。そう再確認する。
オレがポンコツでも、讃岐高はコールド勝ちを収めた。
試合後は部員同士でミーティングするだろう。
オレも今日取ったデータを整理したい。
丈士先輩がクールダウンを終える前に、帰路に就く。
[蒼空どこ]
[応援団バス乗っとります。お疲れ様でした!][
LINE来たけど、邪魔になりたくなくて、長文は我慢した。
月曜午後の、三回戦の相手が決まる試合も、野球部とは離れて偵察する。
関係者って思われたらいけない。
こそこそ帰る。
[蒼空どこ]
[電車乗っとります。明日データ渡しますね!][空のうどんどんスタンプ]
火曜の終業式は、校長先生直々に野球部激励の言葉があった。
終業式まで勝ち残ってるの、久々らしい。
体育館のステージに並ばされてる丈士先輩、日に焼けてかっけえ。
――蒼空。
なんて眺めてたら、先輩に口パクで呼ばれた。
――○☆※、▲◇ある。
さすがに遠くて解読できねえ。とりあえず頷いといた。
七月二十日、三回戦。4対1で勝利。
「後逸から一点取られたの、春の準決勝と同じパターンでようないなぁ」
「後逸って、キャッチャーがボール捕りきれんで後ろにこぼしちまうエラー、だっけ」
でも、杏奈師匠は辛口だ。
「そう。林先輩は球が速いぶん、制球乱れると山田先輩が受け止めきれんの。キャッチャーミットが追いつかんでも、身体に当てて前に落としたいんやけど」
こぼした隙にランナーに走られたら、球を塁に投げないとアウトにできない。
前に落とせば、早めに拾える。
「それ、データで何とかなる?」
「ならんかな、短期間では」
師匠はシビアに解説する。
言われてみれば、スタンドに挨拶来た前も後も、山田部長は丈士先輩に謝る仕草してた。
ただ、先輩はずっと首振って、部長のせいじゃないって言いたげでもある。
「それだけ丈士センパイの球がすげえってことじゃろ。失点以上に得点すりゃええわい!」
ですよね、丈士先輩。
七月二十二日、準々決勝。5対0で勝利。
「よっし!」
今日はエラーもなかった。
県予選は負けたら終わりだけど、まだまだ終わるつもりはない。
あと二つ勝てば優勝、そして甲子園だ。
「次当たる私立の打線データ……ん?」
杏奈ちゃんとスマホ見ながら作戦会議してたら、LINE通知が来た。
[蒼空どこ]
丈士先輩だ。もはやbotみたいな四文字。
[応援団バス乗るとこです]
[乗んな。話あるって言ったじゃん]
「えっ?」
めずらしくリアルタイムの返信に、でかい声が出る。
終業式の口パク、それだった?
話って何だろ。
先輩の部屋で予告されたときは楽しみだったけど、今は少し胸騒ぎがする。
野球に集中したい、って話な可能性もあるよな。こっから先は、いっときもよそ見できない勝負になる。
[駐車場におります]って、かろうじて返した。
新しいチアの子とか、知らないおじさんまでもが、丈士先輩を絶賛しながら横を通り過ぎてく。
先輩を好きな人はオレ以外にもいっぱいいるんだ。
告白より、思いっきり野球に打ち込んでくださいって言うべきじゃないか……?
「蒼空くん」
迷いが顔に出ちまってたらしく、杏奈ちゃんが心配そうに寄り添ってくれる。
オレは笑顔つくって、先帰っててって言おうとした。
でも、頬をぽつりと水滴が打つ。
さっきまで晴れてたのが、濃い雨雲に覆われてる。ゲリラ豪雨だ!
「おわ、わっ、走ろ」
みんなバスや自家用車に避難する。オレと杏奈ちゃんは、近くの木陰に駆け込んだ。
「杏奈ちゃん、スマホ無事!? 髪も濡れてもうてる」
オレはスクバからタオル引っ張り出したものの、渡せない。観戦中オレの汗拭いたし。
溜め息を吐いて空を見る。でも杏奈ちゃんはなぜかオレを見てる。
「あの、蒼空くん。話、変わるんやけど」
「うん」
「明後日の、讃岐のお祭り、一緒に……行かん?」
オレは目を見開いた。
明後日って準決勝の日だよ、とはとても言えない。
杏奈ちゃんの声は雨音に掻き消されそうで、目なんて潤んでる。
この一言を言うのにどれだけ勇気を振り絞ったか、わかる。わかっちまう。
「わたし、こまいことでも見つけて認めてくれる蒼空くんが、好きじゃ」
生まれてはじめて、告白された。
トッ、と音がする。
オレの心臓の音、じゃない。
硬球が、濡れたアスファルトを転がってくる。
その方向をたどれば、丈士先輩が何とも言えない真顔で立ち尽くしていた。