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第23話 約束の県予選

 いよいよ二回戦当日。県営球場に、制服で乗り込む。


『日高、本番も踊らんの?』


 ダンス部の先輩に、また取り囲まれたけど。


『やりたいことあるけん。チアは足るわいな』


 体育祭で野球部員が活躍したおかげで、「県予選でチアガールやりたい」って女子がダンス部を訪ねてきた。期末テスト明け、振りつけ教えてあげたって聞いた。


 一方のオレは、捻挫とデータ班活動とで、ほとんど練習に参加してない。

 だったら、本番の応援も女子に任せたほうがいい。


 ほら、チアボーイやってなまじ目立っちまったら、データ班として暗躍できないし。


「せーの! かっ飛ばせー、林!」


 ……なんだけど、いざ試合が始まったら、うずうずする。

 でかい声で丈士先輩応援してえ。


 いや、先輩にとってはオレの声援なんてあってもなくても同じか?

 実際、ヒット打ってランナーを生還させる。攻守交替したら、涼しい顔でマウンドに立つ。


「蒼空くん、今のチェンジアップじゃわい。遅いストレートのほう」

「はっ」


 つい考え込んじまって、先輩が投げた球、二種類しかないのに間違えた。

 隣に座る杏奈ちゃんが指摘してくれて、慌てて入力し直す。


 目標は、甲子園出場。オレの片想いは後回し。そう再確認する。

 オレがポンコツでも、讃岐高はコールド勝ちを収めた。


 試合後は部員同士でミーティングするだろう。

 オレも今日取ったデータを整理したい。

 丈士先輩がクールダウンを終える前に、帰路に就く。


[蒼空どこ]

[応援団バス乗っとります。お疲れ様でした!][からのうどんどんスタンプ]


 LINE来たけど、邪魔になりたくなくて、長文は我慢した。




 月曜午後の、三回戦の相手が決まる試合も、野球部とは離れて偵察する。

 関係者って思われたらいけない。

 こそこそ帰る。


[蒼空どこ]

[電車乗っとります。明日データ渡しますね!][空のうどんどんスタンプ]


 火曜の終業式は、校長先生直々に野球部激励の言葉があった。

 終業式まで勝ち残ってるの、久々らしい。

 体育館のステージに並ばされてる丈士先輩、日に焼けてかっけえ。


 ――蒼空。


 なんて眺めてたら、先輩に口パクで呼ばれた。


 ――○☆※、▲◇ある。


 さすがに遠くて解読できねえ。とりあえず頷いといた。




 七月二十日、三回戦。4対1で勝利。


「後逸から一点取られたの、春の準決勝と同じパターンでようないなぁ」

「後逸って、キャッチャーがボール捕りきれんで後ろにこぼしちまうエラー、だっけ」


 でも、杏奈師匠は辛口だ。


「そう。林先輩は球が速いぶん、制球乱れると山田先輩が受け止めきれんの。キャッチャーミットが追いつかんでも、身体に当てて前に落としたいんやけど」


 こぼした隙にランナーに走られたら、球を塁に投げないとアウトにできない。

 前に落とせば、早めに拾える。


「それ、データで何とかなる?」

「ならんかな、短期間では」


 師匠はシビアに解説する。

 言われてみれば、スタンドに挨拶来た前も後も、山田部長は丈士先輩に謝る仕草してた。

 ただ、先輩はずっと首振って、部長のせいじゃないって言いたげでもある。


「それだけ丈士センパイの球がすげえってことじゃろ。失点以上に得点すりゃええわい!」


 ですよね、丈士先輩。




 七月二十二日、準々決勝。5対0で勝利。


「よっし!」


 今日はエラーもなかった。

 県予選は負けたら終わりだけど、まだまだ終わるつもりはない。

 あと二つ勝てば優勝、そして甲子園だ。


「次当たる私立の打線データ……ん?」


 杏奈ちゃんとスマホ見ながら作戦会議してたら、LINE通知が来た。


[蒼空どこ]


 丈士先輩だ。もはやbotみたいな四文字。


[応援団バス乗るとこです]

[乗んな。話あるって言ったじゃん]

「えっ?」


 めずらしくリアルタイムの返信に、でかい声が出る。

 終業式の口パク、それだった?


 話って何だろ。

 先輩の部屋で予告されたときは楽しみだったけど、今は少し胸騒ぎがする。

 野球に集中したい、って話な可能性もあるよな。こっから先は、いっときもよそ見できない勝負になる。


 [駐車場におります]って、かろうじて返した。


 新しいチアの子とか、知らないおじさんまでもが、丈士先輩を絶賛しながら横を通り過ぎてく。

 先輩を好きな人はオレ以外にもいっぱいいるんだ。

 告白より、思いっきり野球に打ち込んでくださいって言うべきじゃないか……?


「蒼空くん」


 迷いが顔に出ちまってたらしく、杏奈ちゃんが心配そうに寄り添ってくれる。

 オレは笑顔つくって、先帰っててって言おうとした。


 でも、頬をぽつりと水滴が打つ。

 さっきまで晴れてたのが、濃い雨雲に覆われてる。ゲリラ豪雨だ!


「おわ、わっ、走ろ」


 みんなバスや自家用車に避難する。オレと杏奈ちゃんは、近くの木陰に駆け込んだ。


「杏奈ちゃん、スマホ無事!? 髪も濡れてもうてる」


 オレはスクバからタオル引っ張り出したものの、渡せない。観戦中オレの汗拭いたし。


 溜め息を吐いて空を見る。でも杏奈ちゃんはなぜかオレを見てる。


「あの、蒼空くん。話、変わるんやけど」

「うん」

「明後日の、讃岐のお祭り、一緒に……行かん?」


 オレは目を見開いた。

 明後日って準決勝の日だよ、とはとても言えない。


 杏奈ちゃんの声は雨音に掻き消されそうで、目なんて潤んでる。

 この一言を言うのにどれだけ勇気を振り絞ったか、わかる。わかっちまう。


「わたし、こまいことでも見つけて認めてくれる蒼空くんが、好きじゃ」


 生まれてはじめて、告白された。

 トッ、と音がする。

 オレの心臓の音、じゃない。

 硬球が、濡れたアスファルトを転がってくる。

 その方向をたどれば、丈士先輩が何とも言えない真顔で立ち尽くしていた。



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