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第25話 赤点じゃない返事

「母ちゃんこそ、勤務中じゃろ」


 母ちゃんが、スマホと、祭りで調達したらしいノンアルビールを手に立っていた。

 ドキリとしたのを隠すように言い返す。


 オレが朝は祭りに行く気配一ミリも出してなかったからって、眼鏡のリム押し上げてまで、オレと杏奈ちゃんをじろじろ見ないでもらえますかね。


「昼休みじゃわい。それに今はみんなこれ見よって、開店休業状態やけん問題ない」


 母ちゃんは動じない。

 向けられたスマホに――背番号「1」が映っていた。

 帽子には青い「S」のワッペン。

 讃岐高のエース、丈士先輩だ。


 ローカル局で県予選の中継してるらしい。

 それで翼も美羽も、祭り行かないって言ったんだ。今ごろ日高家の居間でテレビにかじりついてるに違いない。


 オレは思わず一歩踏み出す。

 右下の表示は三回表、2対2。

 スマホがミュートになってても、丈士先輩の投げた球がキャッチャーミットに収まる音が聞こえる。

 射的で特賞当てても味わえないだろう爽快感が湧き上がった。


 もっと見てたいのに、母ちゃんはスマホをしまっちまう。

 「ああっ」って未練の声上げたら、母ちゃんの真剣な視線にぶつかった。


「赤点は取るなよ。取ったら家に入れん」


 らしくない台詞。ぽかんと口開けるオレを置いて、庁内に戻っていく。

 赤点って……?


「蒼空、待たした」


 入れ替わりに、英翔と杏奈ちゃんの友だちが、手をつないでやってきた。

 英翔、にやけ過ぎ。

 仕方ない、交際会見の記者役でもやってやるか。


「別行動の間に何があったんじゃ~?」


 飲食エリアに移動して、惚気をたっぷり聞く。

 付き合いたてってこんな幸せそうなんだ。今のオレはあやかるどころか若干胃もたれして、スマホをチラ見する。


 一度見たら、準決勝がどうしても気になる。テキストの一球速報サイトがあるんだ。

 六回表、4対4。

 スマホ仕舞う。4点も取られてんのか。

 スマホ出す。まだ4対4……。


「蒼ー空。デート中にスマホばっか見んな」

「ご、ごめん」


 英翔に指摘され、そそくさと顔を上げる。

 初彼女できて浮かれてる英翔が気づいたってことは、杏奈ちゃんも当然気づいてたよな。ばつが悪い。


 十四時から、盆踊りが始まる。

 輪に加わるけど、婦人会の皆さんの説明は頭に入ってこない。

 盆踊りよりラッキーセブン踊りたい。


 考えるなって思えば思うほど、丈士先輩の姿が頭に浮かぶ。

 鮮やかに焼きついて、離れない。

 やっぱり球場に行けばよかった。たとえ何もできなくても、来なくていいって言われても。




 盆踊りの後、英翔カップルがふたりきりになりたそうだったし、屋台もひととおり見て回ったしで、閉会を待たずに帰ることにした。


「杏奈ちゃん、送るわい」


 オレはチャリを停めてある第一駐車場まで行こうとしたけど、杏奈ちゃんは笑顔で首を振る。

 笑顔って言っても、さみしい笑顔だ。

 ……ああ。これ以上引き延ばすのはよくないよな。鈍感なオレにもわかる。


 ヨーヨーとか綿あめの袋提げてほくほくしてる小学生に聞かれないよう、杏奈ちゃんに歩み寄った。

 深呼吸をひとつ。

 満点の答えは返せなくとも、せめて、「ごめんね」じゃなく――。


「こなん取り柄ないオレを好きになってくれて、ありがとう。嬉しかった。けどオレも、好きな人がおるんや」


 告げることで、自覚する。

 脈なしでも、杏奈ちゃんと一緒に祭り回っても。

 丈士先輩への気持ちは、変わらなかった。


 つ、と杏奈ちゃんの顎に水滴が伝う。涙か汗か、判別がつかない。


「うん。わたしはいつも蒼空くんを見よったけん、蒼空くんが誰見よるか知っとるよ。女子のわたしなら勝てるかな思うたけど、甘かったね。わたしのぶんまで頑張って……日高くん」


 杏奈ちゃんは、辛いだろうにオレを応援する言葉を残して、路線バスに乗り込んだ。


「ありがと、ほんに! またね!」


 オレにはもったいないくらい、かっけえ女の子。

 丈士先輩に出会う前のオレだったら、喜んで付き合ってもらったと思う。


 ほんのちょっとのタイミングで、うまくいかねえんだな。

 恋愛って射的より難しい。

 オレは頑張っても倒せそうにない、特賞に焦がれてる。


 自分は味わいたくない痛みを人に味わわせた罪悪感を呑み込んで、スマホを取り出した。

 準決勝、延長に突入してなければもう終わってる時間だ。


 勝ったかな。勝ったよな?

 テキスト速報を更新しようとしたとき、後ろから大きな手に捕まった。


「……っ」


 この手の形と体温。

 土の香りと混ざったお香っぽい匂い。


「丈士センパイ、試合はっ?」


 勢いをつけて振り仰ぐ。

 ちょうど高校に帰ってきたらしき先輩が、背中に「1」を背負ったまま、オレを見下ろしていた。


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