目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第26話 センパイがオレに

「丈士センパイ、試合はっ?」


 二日ぶりの丈士先輩に、準決勝の結果をまず訊いた。

 けど、訊かなくてもわかったかも。


「勝ったに決まってンじゃん」


 先輩はそう言う前から、真顔に見える笑顔だった。

 春の成績超えだ!


「っスよね! 甲子園、連れてっ……くんじゃけんな、ご両親を」


 寸でのところで言い直す。オレはご両親への恩返しのついでみたいなもんだ。


 「連れてってやんよ」って最初に言われたとき、その言葉の重みを理解してなかった。

 どれだけ難しいか。先輩にとってどんな意味を持つのか。

 だんだんわかってきて、オレの目標にもなって。


 それで「オレにもできる何かを」ってデータ班やってみたら、先輩に褒めてほしがったり、先輩を遠く感じちゃったりして。

 脈なしだからって試合観に行くのやめて、そのくせ戦況がずっと気になって。


 今だって勝利を喜ぶべきなのに、オレがいてもいなくても同じかーって、なんか苦みもこみ上げてきてる。

 先輩が野球してる姿が好き。でも、好きって気持ちがないほうが純粋に応援できる。

 何だこれ。


 つい俯いたら、先輩の腕の中で身体をくるんと反転させられた。

 うおお、顔が近え。

 先輩は試合中の闘う男モードの名残をまとってて、いつにも増して目立ってる。祭りに残ってた人たちが、「讃岐高のエースや」「一緒におる子誰?」って気づく。


 先輩は構わず、


「オマエが甲子園で踊るって言ったとき、」


 オレだけに話し出した。


「俺はまだ迷ってた。全力出すの。やり過ぎて失うのはもうこりごりだから。讃岐は甲子園目指すようなチームでもなかったし、好きな野球できりゃ充分かって」


 オレはひゅっと息を呑んだ。先輩にそんな迷いがあったなんて、知らなかった。

 全力でやり過ぎて失う、か。

 あ。体育の走り高跳びで大西先輩と対決したとき、ちょっと考えるふうだった。勝ったら今のいい関係が壊れちまわないかって、怖がってたんだ。

 転校の原因、やっかみだそうだし。

 ――いや。


「なんで丈士先輩がセーブせないけんのですか。超うどんは並うどんのふりする必要ないっス」


 せっかく好きで得意なことがある人に、それをさせない権利は誰にもない。

 うまいものは、うまい。

 義憤でほっぺたをふくらませる。どの立場でって感じだけど。

 先輩は八重歯を覗かせた。


「でも蒼空は素直に喜んでくれたよな。蒼空に応援されるたび、少しずつ吹っ切れてった。蒼空は自分のこと『どこにでもいる』とか言ってたけど、こんなに人のために頑張れたり人に力与えたりできるヤツ、そういねえよ」


 先輩の目いっぱいにオレが映ってる。

 オレを見ててくれたんだって、面映ゆい。

 それも、先輩に力を与えられてたとか!


「へへ。オレにも誇れる取り柄、あったんじゃなあ」

「ん。てか普通に笑ったり食ったりしてるだけでかわいい。俺に新しい扉開けさせて、他のヤツは見んな触んなって思わせるくらい」


 かと思うと、とどめを刺されかけた。

 新しい扉ってナンデスカ。見んな触んなって、それ……。

 速球派との会話、油断できねえ。


「かわいいとか、あんま言わんでほしいっス」


 ちょっとは期待してもいいのかな。上目遣いに窺う。

 目が合うと思いきや、合わない。

  丈士先輩は、途端に視線を彷徨わせた。


「蒼空がかわいいことすっからじゃん。あの防波堤での演説とかさ」


 あれ、かわいくしたつもりはないですが。


「ただ、蒼空は俺と違って純粋なんかもとも思えてきて……彼女欲しがってたし、女のアイドル好きだし、キス拒まれたし」


 それ別に普通ですし。キスなんてしたことないからびっくりしただけですし。


「今度こそ手離したくないからって野球優先を口実にしてたら、あの子に先越されたわ。いやな予感して早めたののもっと先行かれた。まあ、見る目あるっちゃあるけど」


 先輩はオレの気をうどん一本ぶんも知らず、自嘲めいた溜め息まで吐く。

 オレもオレで、情報量を処理しきれない。先輩はいつも自分のことをあんまり話さないから。

 ひとつずつ咀嚼してく。


「先越された、って」


 杏奈ちゃんの告白、だよな。先輩は予感してたんですか。

 野球優先を口実、って……。

 今度こそ手離したくない。失いたくない。それは、何を?

 もしかして、期待越えて希望持てる?


「オレ、杏奈ちゃんと付き合うとらんですよ」


 早口でこっちの結果を伝えれば、先輩の目にみるみる力が宿った。ほのかに欲も揺らめく。

 オレはごくりと唾を呑んだ。

 先輩の腕、オレの肩に乗ったまんま。熱いのは、脈が速いのは、オレと先輩どっちだろう。


「祭りは、センパイに言われたとおりにしただけです」

「……あー。あんときかっこつけたの、まじで後悔した」


 先輩が、髪の伸びてきた耳上をがしがし掻く。

 後悔だって。恋愛に慣れてるだろうイケメンでも、赤点取ることあるんだ。


「はじめて追う側になって、オマエの返事によってはピッチングだめになりそうで、決勝のあと言おうと思ってたけど。誰にも渡したくないから、今言う。――蒼空」


 二音の合図で、心臓が跳ねる。

 先輩に名前を呼ばれると、いつも嬉しい。嬉し過ぎて、切なくもなる。

 手の届く人じゃないって。


「好きだよ。俺が今ここにいる意味をくれて、救われた。蒼空が笑うと俺も笑える。蒼空といると、楽しい。こんなに好きなヤツ、ここにしかいない」


 そのはずが。

 先輩の声は優しく静かでいて、祭りの喧騒の中でもまっすぐオレに届いた。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?