好きだって、言われた。
オレも大好きです! って笑顔で返すのが理想なのに、
「そ、なん、オレだって、オレのほうが……っ」
実際には息が止まりそうだし、しどろもどろ。つまり夢じゃないってことだ。
丈士先輩が、オレに、好きだって言ってくれた。どこにでもいる田舎男子高校生じゃなく、単なる後輩じゃなく、特別だって。
「オレ、高校生活は、クラスとか部活でええ感じになった子と付き合うて、地元の祭り行ったりできれば満足でした。そなんオレの人生に、丈士センパイが豪速球で現れたんです」
オレにとっても先輩がいかに特別か、おかげでオレの毎日がどれだけ変わったか、言い募る。
「正直、揶揄われてんのかなって思うこともあったんスけど、」
「俺もけっこう振り回された。妬かそうとしてンのって」
「え?」
「まあいいわ。けど、何?」
先輩が目を細めた。
何だか引っ掛かることを言われたものの、伝えたいことがまだいっぱいあるから、促されるまま続きを口にする。
「ストレートに、オレのええとこ褒めてくれたり、オレとおるの楽しんでくれとった……んスよね?」
ただ、自信がなくて疑問形になった。
「ん」
間髪入れず、今まででいちばん力強い「ん」が返ってくる。
そっか。そっかそっか。
「どっかの誰かが鈍感で、ぜんぜん伝わってなかったよな」
「へ、へへ……オレが自分に自信のうて、受け止められなんだっス」
「こんなかわいいのに自信なかったん?」
ほっぺたむにむにされた。また、「かわいい」の豪速球。
「や、けど今は、身体に当ててでも、後ろに逸らさんで、捕まえてみせます!」
だから「好き」をセーブしないでください、と請け合ってみせる。
「ふーん。言うじゃん」
「センパイがオレに自信をくれたけん」
先輩は「いーんだな?」ってばかりに八重歯を覗かせた。
冗談とか、大げさとか、言い返されない。
じわじわと、両想いの実感が湧いてくる。こんな田舎の高校で出会えただけで奇跡なのに、両想いなんて。
オレにはこれといった取り柄がなくて、だから好きなもんもわからなくて、何なら打ち込めるんだろうってずっと思ってた。
高校生活四か月目にして、オレが夢中になれるもの、掴めた。
彼女じゃなくて、とびきりの彼氏を。
「オレも、センパイとおると最強に楽しいです。センパイが嬉しいと最高に嬉しいです!」
充分近いのに、さらに一歩踏み出す。お互いくすぐったい笑みがこぼれる。
「おにいちゃんたち、ちゅーする?」
それも束の間、祭り帰りの小学生の無邪気な声に、磁石の同極のごとくバッと離れた。
世界にふたりきりみたいな気分だったけど、公開告白になってねえか!?
盛夏の暑さのせいだけじゃなく、汗がだらだら流れる。
その上、腹がぐううと鳴った。
気掛かりが晴れたら、腹ぺこなのを自覚する。さっき英翔の惚気聞いてたときは胃もたれでろくに食えなかったし……。
丈士先輩がぶはっと吹き出す。
「何笑うてんスか!」
「色気より食い気で、蒼空らしいなって」
至近距離にいたぶん、腹の音聞こえちまった。恥ずい。恋が叶った雰囲気、台無し。
でも先輩は見るからに上機嫌な足取りで、人波を逆走する。
「俺も腹減ってンだ。何か食おう。屋台、店じまい際で値下げしてるだろ」
なるほど。それは狙いですね。
どちらからともなく手をつなぎ、試合後の先輩の腹も満たせるような屋台飯を買い込んだ。
「オムうどんって意外と合うんだな」
「うどんは何にでも合う言うたやないですか」
「それは確かに聞いたわ。けど、蒼空のアイスショコラミルクに焼き鳥はどーなん?」
「? 甘いとしょっぱいで、永遠に繰り返せますよ」
高校の花壇の縁に腰かけて、地元グルメを味わう。
屋台のおっちゃんたち、先輩のユニフォーム見るなりめっちゃおまけしてくれた。
ただ祭り会場は撤収始まっちまったから、高校に来たってわけ。
丈士先輩てば、貸し切りバス降りるなりエナメルバッグ置きっぱで、祭り会場までオレを探しに来てくれたんだって。
そんなに会いたかったですか。ふへへ。
実際、ドリンクと焼き鳥を交互に口に運ぶオレのほっぺたを、先輩が愛おしげに撫でてくる。いつもより力弱めなのは、食べてる最中だからかな。
高校には、球場帰りの人たちはもう残ってない。最近野球部が毎日練習してたから、無人のグラウンドが不思議な感じだ。
先に完食した丈士先輩が、腹ごなしにか立ち上がる。
キャッチャー代わりのピッチングネットに向かって、ゆったり一球投げた。
オレはあることに気づいて、口の中のものを急いで呑み込む。
「なんか、最後、ちょっと曲がった気ィするんスけど」
「お、よく見てんじゃん」
先輩がにやりと笑う。
やっぱりオレの見間違いじゃない。
「センパイ、ストレートとチェンジアップだけやないんスか!?」
「実戦ではな。変化球のスライダーも、練習はしてる」
そうだったんだ。エースなのに努力を怠らず進化する姿、かっけえ。
先輩は、ネットから跳ね返ってきたボールを拾って、また投げる。
今度はさっきよりぐいんと曲がって、ネットの端に当たった。
スライダーってその名のとおり、バッターの手もとでボールがスライドするんだよな。こんなん打てねえ。
「去年の秋の大会は、ストレート全力で投げれなかった。先輩たちに遠慮じゃないけど。それで準々決勝止まり」
先輩が晴れない顔でつぶやく。
去年の秋といえば、丈士先輩がまだ迷ってた頃だ。
全力で投げたら勝てる、でもチームをはみ出しちまうかもしれないって。
「一年生でベスト8もすげえっスよ」
オレも立ち上がり、グラウンドの際ぎりぎりまで近寄った。食い気より先輩だ。
「んー……どっちにしろ、今日4点も取られたのは、それとは違う」
でも先輩はそれきり、三球無言。
厳しい真顔だ。
杏奈ちゃんは失点を山田部長の力不足って判定してたけど、丈士先輩は自分が及ばなくて打たれたって思ってる。
今日の準決勝は、打線が頑張ってくれて勝てた。
じゃあ、決勝は――?
まっすぐ一本勝負スタイルを捨てて変化球も投入しようか、先輩は悩んでるんだ。
野球を覚え始めたばっかりで、軽々しく「変化球も投げたらええよ」とも「ストレートで押しきりましょ!」とも、言えない。
オレにできるのは、ただひとつ。
「センパイが選んだほうが、正解や思います」
ここに来たことも、ここですることも。オレが一緒に、笑ってあげる。
そうして、正解にしてあげます。
丈士先輩が振りかぶる。
またスローモーションで見えた。もう恋してるのに、もっと好きになる。
白球はネットのど真ん中を射抜いた。
先輩の表情が晴れわたる。どっちにするか、決めたっぽい。
「蒼空。決勝は、約束守るとこ、ちゃんと見てろよ」
「ハイ!」
オレは今日いちばんでかい声で返事をした。
まだ明るい帰路。
稲穂の繁る田舎道に、映画みたいなきらきらエフェクトがつく。朝と世界がぜんぜん違って見える。
日高蒼空、はじめての恋人ができました。
……って思ったんだけど。
日高家でチャリ降りた瞬間、愕然とした。
「オレ、丈士先輩に『好き』って言いそびれてねえ!?」
あああ。映画だったら撮り直せるけど、現実ではできない。
頭抱えてたら、ちょうど車で退勤してきた母ちゃんに、「ふむ。赤点やな」って玄関の鍵を閉められそうになった。
待って待って。
今日は色んなことがあり過ぎたんだよ。
杏奈ちゃんに「ありがとう」って、先越された悪友に「よかったな」って言えただけでも、頑張ったほうだ。
とはいえ。先輩に「好き」って言ってもらえてすげえ嬉しかったから、オレも伝えたい。
オレの恋の「追試」は、しあさっての決勝の日に持ち越しだ。