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第28話 運命の日

 七月二十七日、県予選決勝。

 運命の日は、快晴だ。


[ウイニングボールと交換のボール、球場に持っていきますね!]

[ん]


 朝六時に送ったLINEに、一分で返信が来た。

 丈士先輩も決勝が楽しみで早起きしたのかも。


 って、ビデオ通話までかかってきた!

 寝起きで困る。二段ベッドの横に飾ってる華華さまのうちわ取って、顔を隠して応答する。


「はよ、ございます」

『……蒼空の顔見てえんだけど』

「まだ顔洗ってのうて、かわいくないっス」


 オレの言い訳に、先輩は息で笑った。


『そんな自信ないのに、俺を応援してくれてたん?』


 うちわのせいで先輩の顔は見えないけど、声が甘い。励まされてるみたいだ。今日はオレが先輩を応援する日なのに。


「センパイを応援できるんは、センパイが本気で野球しよるって信じられるからですけん!」


 目が合う。先輩は目を見開いてる。

 しまった、どうしても伝えたくて、つい顔ガード外しちまった!

 かわいい、と囁く声で、通話は切れた。

 ご用件は……先輩、オレの顔見れば元気出るんだっけ?

 オレは照れて死にそうですけど。


 ひとまず、顔洗いに行く。冷水で火照りをしずめる。

 手もきちんと洗った。

 男子部屋に戻り、机の前に正座する。


 先輩の初勝利ボールを、抽斗から取り出した。光とかパワーを発してるように感じる。

 祭りのときは見るのも辛くてしまい込んでたの、ウソみてえ。


 今日のために、推しぬい・・を連れ歩く用の透明ショルダーバッグを、美羽に貸してもらった。

 マチがあって、ボールの護送にぴったりなんだ。

 御守りみたいにセットする。

 持ち物、よし。


 次は飯だと居間に行くと、父ちゃんが朝の習慣のみかんジュースを飲んでいた。


「蒼空、レポートは送れたの?」

「うん、父ちゃんのおかげで。助かった」


 なんと父ちゃんが、準決勝二試合とも録画してたんだ。

 それ観て今日の相手チームの分析して、レポートを山田部長に送信済み。


 データ班の仕事は果たした。

 というわけで。

 五人分の冷やうどんをさっとつくると、アイロン掛けに取りかかった。

 この県予選中は封印してた青いミニプリーツスカートのひだを、パリッと仕上げていく。


「あとは蒼空兄ィが頑張るだけやな。だいじょぶ、うまくいく」


 その途中、起きてきた翼にぼそっと言われる。

 びっくりして、あやうく火傷しかけた。

 丈士先輩との経過一切話してないのに、今日が運命の日だってお見通しか!? 我が弟ながら、恋愛巧者過ぎて怖え。


 今日は、春の三位決定戦ぶりに、スタンドに立つ。ちなみに丈士先輩には内緒だ。


『決勝の記録はわたしに任せて』


 昨日、杏奈ちゃんがそう連絡してきてくれた。下心でオレの師匠になったわけじゃないにしたって、責任感が強い。


 告白断った身としては、もし「友だちには戻れん」って言われたら従うしかなかったけど、普通に話せてよかった。


 で、ダンス部の先輩にチア復帰したいって頼み込んだ。

 いいとこ取りすなって却下されるかと思いきや、「あんたのデカ声当てにしとらい」って返ってきた。本当にありがたい。


 今日は土曜だから、地元の大人も讃岐高OBもたくさん県営球場に詰めかける。

 チアとして大応援団をまとめて、グラウンドまで届けてみせる。みんな先輩と一緒にいますよって。


「さあ車乗れ。凍らせ麦茶と冷やしタオルとミニ扇風機と帽子、持ったな」


 朝飯の冷やうどんの器を空にすると同時に、母ちゃんが号令を出した。

 母ちゃん、田んぼ作業用の日焼け防止グッズフル装備で、準備万端だ。


「持った」

「持ちました」

「蒼空兄ィが持った」


 オレと翼と美羽が、びしりと手を挙げる。

 今日は日高家も、田んぼ放っとけない父ちゃん以外、総動員で応援しに行く。

 オレは大事なボールとスカートもしっかり持った。

 いざ、県営球場へ!




 九時五十分。試合開始まであと十分だ。

 球場の内野スタンドは、オレたちが陣取る三塁側も、相手の一塁側も、ざわめいてる。


「うちだけで応援三千人来とるって」

「さんぜんにん!?」


 思わず声が裏返った。

 ダンス部の部長が口にした数字、予想超えてる。地元はすっからかんなんじゃなかろうか。


 この球場の席数だって一万とかだよな? 目を凝らせば、これまでと違って芝生の外野席も開放されてる。

 丈士先輩を一目見たいって人が多いのかもしれない。準決勝もめっちゃかっこよかったし。


「讃岐高の県決勝進出は三十年ぶりやが、過去二回の決勝は二回とも勝っとる。ゲンはええ」


 今日も非公式解説してる謎おじさんは、人でぎっしりにもかかわらず、讃岐高応援席横のベスポジを確保してる。さすがです。

 おじさんが首に掛けてる褪せた青のタオル、三十年前の応援グッズだったりして。


 露出した太腿を、汗が伝う。

 屋根はバックネット席上方に影をつくるくらいで、ほぼ炎天下だ。

 気温も体温もぐんぐん上がる。

 オレの緊張もMAXに近づくけど――ダグアウトでゆったりキャッチボール始めた丈士先輩見たら、ぜんぶ昂揚に変換された。


「センパイ……!」


 丈士先輩、八重歯が覗いてる。観客が多いほどテンション上がるとみた。

 エースが悠然としてるから、部員のみんなもリラックスできてる。いい感じの雰囲気だ。


「ここでこのメンツで踊るんは最後やし、あっけ熱中症にだけ注意して、出しきろう!」


 スタンドでも、部長が通路の一角に増員したチアガール(うちボーイ一名)を集めて、「おー!」って声を引き出す。

 よし。オレもできることを全力でやろう。


 山と海に囲まれた球場に、試合開始を告げるサイレンが響いた。


 相手は春に負けた、高松の強豪だ。

 うちが春の三決で勝ったから、夏は決勝まで当たらない逆の山に入ったんだ。


 第一シードの相手は、有利な後攻。

 つまり一回表、オレたち讃岐高の攻撃でスタートする。


 チアはそれぞれ持ち場に散った。

 春の県大会の応援は、在校生と保護者くらいだったから、チアもスタンド下に固まってた。

 けど今日は、段々になった通路に陣取る。


 オレは丈士先輩の視界に入りやすい、バックネット寄りに配置された。

 部長、ありがとうございます。


 チアユニフォームに、約束のボールの入った透明バッグを斜め掛けしてたら、女優帽にサングラスの美女を発見する。

 先輩のお母さまだ。その隣に座る先輩のお父さんが、一眼カメラをオレに向けた。


 おかげで捻挫ばっちり治ったんで、いくらでも撮ってくださいよ。

 堂々と青いミニスカをひるがえす。めいっぱい息を吸う。


「せーの! かっ飛ばせー、粟野!」


 打順一番は、粟野先輩。

 オレたち応援団がコール始めるやいなや、ヒットを打った。

 ノーアウト一塁。

 相手ベンチと大応援団真ん前の一塁ベース上で、飄々としてる。ほんと小柄だけど大物だ。


 三塁側スタンドのみんなは、身を乗り出してメガホンを打った。

 いける! って手応えを感じる。

 ただ、相手も昨夏の甲子園出場校なだけあって、浮足立ちはしない。

 続くバッターは打ち取られて、先制点はもぎ取れなかった。


 攻守交替。マウンドに、丈士先輩がゆっくり歩いていく。

 背番号一番が、誰よりも様になる。


 ゆっくりなのはあくまで所作のみだ。

 一球目、キレッキレの速球が、キャッチャーミットに突き刺さった。

 もちろんストライク。

 球場がどよめく。ここは高松市だし、相手校のホームって空気だったのが、一変する。


「ふふん、かっけえじゃろ」


 二・三球目もストレートを投げ込む。

 見逃し三振。一アウト。


「センパイ、真顔やけど絶好調じゃ!」


 攻撃中じゃないからポンポンは振り回せないけど、声が弾む。


 そのまま、試合前半は投手戦になった。






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