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4話 同級生の告白

「日高、くん」


 二学期初日、昼休み。

 岩田が一組まで出向いてきた。一組の何人かが「知り合いやったの?」って感じで、オレと岩田を交互に見る。


 春季大会の翌日に丈士先輩が現れたときほどは、騒ぎにならない。

 ただ名字呼びが慣れなくて、オレは手をぐっぱっと動かした。


「蒼空でええわい」

「蒼空……って飯、購買? 弁当?」


 岩田も岩田でぎくしゃくしてる。先輩たちの前みたいに直立不動だし。そんな大層な話なのか。


「弁当じゃ」

「じゃ、持ってきてくれるかな。教室だとちょっと、あれやけん」


 ……あれ、とは?

 さっきは「少しで済む」って言ってた。

 それでも、クラスのやつらには聞かれたくないらしい。


 オレは弁当箱を抱え、岩田と並んで廊下を歩きながら、探偵並みに考えをめぐらせる。


 もしかして、告白とか。

 いやいやいや。ぶるぶる首を振る。


 でも、丈士先輩には「オマエは自分がどんだけかわいいかわかってない」って真面目な顔で言われるし。岩田も野球部だからオレのチアボーイ姿見てるし。


「ここならええか」


 あれこれ考えてたら、視聴覚室に辿り着いた。

 もちろん無人。やっぱり……!

 オレまで緊張してきて、手汗が弁当箱の包みに染み込む。


「まあ、食べよう」


 長机に並んで座った。

 岩田が購買の焼きうどんパンを、もさりと頬張る。オレも弁当を口に運ぶ。


 無言。……まだ無言。

 静かなせいで、やたらと心臓の音が大きく聞こえる。

 スポーツ刈りで表情が丸見えな岩田を窺えば、ちょうど決意したかのように唇を引き結んだところだった。


「実は、」


 目が合う。

 待って、困るよ、オレには丈士先輩という最高彼氏がおりまして。野球部の先輩たちは知ってるのに、岩田は練習に集中してて気づいてないのか?


「林先輩のこと、教えてほしいんじゃ」

「……、……へぁ」


 浮き輪の空気が抜けるみたいな声が出た。実際、へろへろって椅子から崩れ落ちそう。

 裏腹に岩田は力んで、すごく真剣な顔でオレを見てる。


 ――林先輩のこと。

 そっちか。そうだよな。むしろそれしかあり得ない。丈士先輩は岩田にとって、憧れでヒーローでパートナーだ。

 なのにオレってば自意識過剰。顔が熱くなる。うどん生地があったら埋まりたい。


「蒼空? だめかな」

「いやなんちゃぜんぜん、何でも聞きまい」


 恥ずかしさのあまり、口早に請け合った。変な空気から抜け出すにはしゃべるのがいちばんだ。


「おお。じゃあまず、林先輩の機嫌の読み方どうしとる?」

「あー、いつも真顔に見えるよな」

「うん。怒ってんのかなって思う」

「よう見ると笑顔なときがあるわけよ。見分けるポイントは――」


 オレは先輩情報を次々披露した。岩田はリアクションが絶妙で、聞き上手。まさにキャッチャーって感じ。


「リトルシニアの途中まで、キャッチャーやっとった」

「まじ? でもわかる。似合う」

「林先輩の球捕れるチャンスや思うて、家でこっそり練習しとったけんな」


 満を持して、相棒役に挑戦したらしい。


「ただ、キャッチャー任されて終わりやない。エースと息を合わしたい。林先輩をいちばんわかっとるの、蒼空や思うたんじゃわい」


 こう言われちゃ、出し惜しみできない。

 オレしか知らない丈士先輩の一面とか癖とかも話しちゃうのは、もったいない気がしなくもないけど……まあいっか。


 岩田が丈士先輩について知りたいのは、野球のため。ひいては丈士先輩のためになる。

 普段から息が合えば、きっとプレーの息も合うだろう。

 そう考えて、一瞬浮かんだもやもやは吹き飛ばした。


「てか林先輩、話すときの顔が良過ぎて、話の内容入ってこんときあるよな」

「それな。油断すると『かっけえ』ってことしかわからん」


 みたいな「先輩かっけえトーク」も挟んで、弁当食い終わっても盛り上がる。

 自分の彼氏が他のやつから見てもかっけえってのは、気分がいい。


そなんそういうときの対応は、――え!」


 予鈴が鳴って、オレは目をまん丸くした。

 もう昼休み終わり!?


がいにすごく助かったわい。ありがとう」


 岩田は満足げに立ち上がる。

 オレは冷や汗をだらだら掻いた。


 ひみつの場所、行きそびれちまった……!

 今から階段駆け上がっても、先輩とはすれ違いだよな。岩田と話すっていうのは伝えてるし、話が長引いたんだって先輩も理解してくれるといいけど。


 教室に戻ってもそわそわ落ち着かない。弁当箱を鞄にしまいがてら、構内では使用禁止のスマホをこっそり確かめる。

 一件、LINEの通知があった。


[蒼空のばーか]


 短文でも明白。読み方にコツなんてない。丈士先輩、めっちゃいらいらしてる。

 そりゃ、冷房のないとこで連絡なしに待たせたんだもんな。つい身振りつきで叫ぶ。


「ちゃうんです! オレは! すっぽかすつもりじゃのうて!」

「蒼空ー、五時間目は音楽やない」

「誰がラッパーや。どこも韻踏んどらんじゃろ」

「いやなんか一人で踊り出す感じが、……痛って」


 冷やかしてきた英翔に八つ当たりした。

 そのうちに先生が来ちまって、釈明のスタンプひとつ返信できない。


 五時間目は、丈士先輩に何て説明するか、許してもらえるかばっかり考えた。

 破局って、こういうちっちゃいほころびがきっかけになる、よな?

 オレは初恋だから経験はないけど、恋リア番組とかだとだいたいそう。


 気が気じゃなくて、放課後になるなりオレはグラウンドへダッシュした。

 て言っても、野球部の練習邪魔してまで昼休みの件を説明するほど空気読めなくはない。

 そんなことしたらよけい怒らせるに決まってる。秋季大会はもうすぐだ。


 オレはいい恋人でいたい。

 先輩しか見てないですよって証明すべく、空の色が青からオレンジ、紫、濃紺へ変わる間、練習着姿のエースの背中を眺め続けた。




「センパイ……、お疲れっス」


 すっかり陽が暮れた昇降口で、エナメルバッグを提げた丈士先輩を待ち伏せする。


 一緒に出てきた粟野先輩がにやにやしつつ「お先ー」と手を振って、ふたりきりにしてくれた。

 丈士先輩の物言いたげな視線が、オレに突き刺さる。


「一緒に帰りましょ」

「オマエ、チャリだろ」


 う。やっとのことで絞り出したお誘い、響いてない。でもめげない。


「琴電の駅まででええんで!」


 先輩の左手を引っ張って、駐輪場経由で正門を出る。

 こういうとき、家の方向同じだったらなって思うけど、仕方ない。それより駅までの貴重な数分を無駄にしないことが大事だ。


「あの。昼、会えんでごめんなさい」


 チャリをゆっくり押して歩きながら、おずおず切り出す。

 丈士先輩は何やら目を細めたかと思うと、自分の腹をさすった。


「おかげで腹減ってるわ」


 うう。ですよね。オレの手づくりおかず、楽しみにしてくれてたんだ。

 駅舎の灯りが届く手前で、先輩が足を止める。


「だから食わしてくれる?」


 片手でがしっとほっぺたを掴まれて、めっちゃ至近距離で言われた。


 いやいや。まだ残暑だし、保冷バッグに入れっぱなしっていっても、今食べてもらうのは躊躇われる。

 それに、空腹の先輩を長々引き留められない。エースは身体が何より大事だ。


「明日は必ず! じゃ、おやすみなさい」


 先輩の胸板を押し返す。先輩がちょっと驚いた隙に、自転車のサドルに跨った。

 一応謝ったし。機嫌悪いときに話し続けるのは逆効果。


 って、岩田にも話した「丈士先輩の取扱説明書」に書き込んであるんだけど。

 漕ぎ出す間際に垣間見た先輩、口角がますます下がってたような……。


 慌てて停まって振り返る。先輩はもう改札に向かって歩き出してた。


「あ~~~岩田のやつ……いや、オレか!」


 わかってる。岩田は悪くない。

 純粋に野球のための行動だ。それを勘違いしたのはオレだし、調子乗ってべらべらしゃべり続けたのもオレだから、怒れない。


 彼氏のいる高校生活、楽しいと思いきやさんざんだ。唸りながら畦道を爆走して、発散する。


 でも、さんざんなのは二学期初日で終わらなかった。



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