ゼノの言葉が気になってはいたが、ユリウスにどんな顔をして会えば分からず、ズルズルと時間だけが過ぎて行った。
そんなある日─…
「姉さん!!大変!!」
随分と慌てた様子のグイードが飛び込んできた。
「どうしたの?」
「帰って来た!!」
「何が?落とした財布でも戻って来たの?」
「違うよ!!」
のんびりと読書をしていたティナは、興味なさそうに返事を返した。グイードはティナの持っていた本を奪うと、無理やり視線を向けるように仕向けた。
「もう、ちゃんと聞いて」
頬を膨らませて子供のように怒る様子に、仕方ないとティナは溜息を吐きながらグイードと向き合た。
「それで?」と改めて聞き返した。
「帰って来たんだよ!!ギルベルト兄さんが!!」
「え?」
「ほら、早く行こう!!」
呆けているティナの手を素早く取り、顔を輝かせて嬉しそうなグイードに連れられて下へ降りて行くと、確かにいた。手に荷物を持ったままのギルベルトが…
つい先日会ったばかりなのに、随分と懐かしい感じがする。
「ティナ」
ティナに気が付いたギルベルトが声をかけてきた。
「ギル、おかえりなさい」
「ああ、今戻った」
仲睦まじく見つめ合う二人。傍から見れば仲の良い兄妹のようだが、穏やかな表情を浮かべながら見つめる二人を見れば、互いに慕い合っているカップルのようにも見える。
グイードはそんな二人に、ニヤニヤが止まらない。
「いつまでこっちに?」
「長期休暇をもらっているからな。暫くはこちらにいられる」
グイードを敢えて視線から外し、ギルベルトに気付かれない様に平静を装った。
「おじ様とおば様には挨拶してきた?」
「これからだ。…先にお前に挨拶しておきたくてな」
照れるように頬を緩めた。
不意打ちに見せたその表情の威力は相当なもので、見ていた使用人数人が見事撃ち抜かれ、その場に倒れてしまった。
(強面の軍人様がその表情は狡い…!!)
見慣れているティナですら、ドキッと胸が高鳴る。しかも、この男。計算ではなく、無自覚でやっているからタチが悪い。天然タラシも度が過ぎると犯罪級。
「再会の挨拶はそこら辺にして、ギルベルト兄さん。折り入って話があるんだよ」
真剣な眼差しを受けたギルベルトは何かを察したように、険しい顔になった。本来なら自分の屋敷に戻ってゆっくり体を休めたいだろうに、嫌な顔一つせずに話を聞いてくれることになった。
応接室に案内すると、お茶も運ばれていない先からグイードが待ちきれないとばかりに興奮しながら話を始じめた。一度熱くなると冷めるまで落ち着かないので、二人は黙って耳を傾る。
語り終える頃にはグイードは息を切らしていたが、その顔は晴れ晴れと達成感に包まれていた。
「……そうか。では、ティナはその婚約を納得していないんだな?」
「そうなんだよ。どうにかならない?」
汗を拭いながら訊ねるグイードだが「……遅かったか……」ギルベルトは項垂れるようにボソッと呟いた。
まさか既に婚約を結んでいるとは思っていなかった。
(正直、戦で負けるよりもくるな…)
悔しさと後悔が一気に込み上げてくるが、今更どうしようもない。それに、負けを認めるにはまだ早い。いくら王家公認だとは言え、ティナが認めていない以上勝算はあるはず。
「ギルベルト兄さんなら
「まあ、相手にもよるが……相手は誰なんだ?」
自分の身分を笠に着せるのは性に合わないが、牽制するには丁度いい。問題は、相手の正体だ。
「ああ、それは──」
グイードがユリウスの名を口にしようとした時、扉がノックする音が聞こえた。
この空気を読まない絶妙なタイミング……嫌な予感しかしない。グイードも一瞬で顔を強張らせた。
「お嬢様。お客様です」
「……どなた?」
「ユリウス様です」
ティナとグイードは名を聞いた瞬間、崩れるように頭を抱えた。ギルベルトは異様な光景にギョッと目を見開いている。
「申し訳ないけど、来客中だと伝えて頂戴」
態勢を戻しながら伝えるが「ちょっと待って」とグイードが止めてきた。
「丁度いいから紹介しておいた方がいいんじゃない?」
そういうグイードは剣呑な眼差しで笑みを浮かべていた。