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第81話 さらばホワイトコースト

「行っちゃいましたね」

「そうだなぁ」

「うぅ、もう二度と会えないよ……」

「別れはそういうもんだ。さぁ俺たちも船に帰ろう。セツとナツがワイナリーで高級葡萄酒を買って、たーんと積んでくれてるはずだ。ワクワクが止まらないぜ」

「オウル先生、もっとゼロとの別れを悲しんであげてよ~‼」

「悲しむより酒のほうが好きなんだ。自分に嘘はつけん」

「そういう割にはオウル先生、泣いてませんか?」

「すこし雨が降ってきたかな?」


 クウォンは手のひらを空に向け「雨、降ってないよ?」と首をかしげた。


「はぁ、戻るか。俺たちも」「ですね」「うん、戻ろっか‼」


 人気のない郊外から港湾都市の喧騒のなかへ帰ってきた。

 ちなみにだがセツとナツは先にゼロとの別れの挨拶を澄ました。理由としては俺たちがすぐにホワイトコーストを離れたいことにあった。というのも、俺たちはもう相当なお尋ね者なのだ。1秒でもはやくこの海岸線に築かれた白亜の都市を離れるべきなのだ。


 しかし、ヴェイパーレックスから緊急脱出した関係上、船に物資が積まれていない。流石に物資ゼロの状態で出港するわけにはいかない。そのため、積みこみ作業をする者が必要だった。


 でも、積みこみのために買いだしすると、必然的にリスクを抱えることになる。シャルロッテに遭遇してしまうリスクだ。このリスクを回避できる船員が買いだし任務を遂行することができる。それがセツとナツだ。


 このふたりはシャルロッテからマークされていない。逆に俺とラトリスは先日の事件の追及を受けるだろうし、クウォンもまたシャルロッテと旧知の仲だ。芋ずる式に俺たちにたどり着けるだろう。ゆえに子狐たちのステルス性能がここで活躍するのだ。


「80万シルバーを渡しましたけど、ちゃんとお買い物できているかしら」


 船への帰路でラトリスは不安そうにこぼした。お母さんかな。


「無駄遣いしてないといいけど……」

「葡萄酒を買いこむようにお願いしておいたけど、ちゃんとやってくれるだろうか」

「ねえねえ、ラトリスと先生はシャルに会ったんでしょー? あたしもシャルロッテと会いたいなぁ。久しぶりにあの子の耳くにくにして遊びたいなぁ」

「絶対に後悔するわよ。あいつはもうレバルデスの忠犬なの。同門のあたしの言葉はおろか、オウル先生の言葉さえ耳に入れないんだもの。そのうえ昔の意地悪な性格のまま大人になってるし」

「えー? シャルって別に意地悪じゃなかったよ? ラトリスのほうが全然性悪じゃん」

「何言ってるのよ、ちょー嫌われてたじゃない。あとわたしは性悪じゃないわ」

「そうかなぁ? 昔から独占しがちだし、意地悪だし、ずっと性格悪かったって」

「いやいや、いまシャルの悪口を言うターンでしょ? わたしのはいらないよ」

 そんなことを話しながら、俺たちの足は自然と『牛と酒』にやってきていた。

「あれ? おかしいな、無意識のうちにこんなところに……」

「えへへ、ダメだよ先生、セツとナツが船で待ってるよー?」

「まったく本当に仕方のない人ですね、先生は。ササッと食べてすぐ帰りますからね?」


 白々しい狼と狐は俺をまったく止める気がなかった。こうしてセツとナツには内緒という約束の元、ホワイトコーストで最後の美食を味わうことにしたのだ。やはりここしかない。


 活気ある店内。ステーキと酒の香り。それさえあれば他には何もいらない。

 美味いステーキを注文して、料理の到着を待つ。俺は机のうえに置いてあった紙束を手に取った。紙面には文字がずらっと並んでいた。これは新聞か?


「ブラックカースには新聞なんてなかったのに……すごいなぁ。シマエナガ新聞っていうのか」

「あぁ有名な新聞社ですね。シマエナガ郵便社と並んでレバルデスの資本下にあるおおきな会社ですよ。レバルデスはクソですけど、新聞は便利ですよね。世の中の出来事を知れますし」


 ラトリスとクウォンに挟まれながら新聞を広げた。ふたりが顔を乗り出してくる。新聞に興味津々だ。紙面が見えない。モフモフのデカ耳も俺の顔をぺちぺち叩いてきて、わずらわしい。俺はおおきな耳たちを潰すように押さえて紙面に書かれた見出しに目を通した。


「ホワイトコースト商人ギルドの二等商人リーバルト、違法な奴隷取引、発覚……とな?」

「今朝の一面みたいですね。あのクズ捕まったみたいで清々しました。シャルもたまにはいいことしますね。あいつが賞金首を取り逃がしたこともどこかに書かれてたりしませんか?」

「どうだろうなぁ。レバルデス傘下の新聞社なら不利なことは書かないんじゃないかなぁ」


 メディアとはそういうものだ。それは異世界でも地球でも変わらないだろう。ガチャリ。店の扉が開く。頭を突き合わせて新聞へ注いでいた視線を入口へ向けた。


 金髪の美少女と目があった。白い制服の男たちを従えていた。屈強な男たちだ。彼らはガヤガヤと楽しそうだ。「ぜひ執行官様にも『牛と酒』を味わっていただきたく──」などと金髪の美少女へ話かけていた。だが、当の本人はまったく意にかえさない。


 その宝石のような瞳がムッとした瞬間、俺は新聞を放り捨てて、窓を突き破って店の外へ、そのまま労働者で溢れかえる通りを「逃げろぉぉ‼」と叫びながら駆け抜けた。


 ラトリスもクウォンも割れた窓から飛びだしてきた。最後にシャルロッテが出てきた。幸いこの人混みだ。どれだけ速い彼女でも、こんな場所で魔力を解放した機動力は生かせない。


「あーもう、誰だよ、ばったりシャルに会うことなんて早々ないとか言ったやつ」

「『牛と酒』に自然に足を運んだのだオウル先生だよ‼」

「いいからさっさと前行きなさいよ、馬鹿狼‼ 後ろ詰まってるわ‼」

「止まりなさい、無法狐、そっちの馬鹿狼もです、罪をこれ以上重ねるつもりですか……‼」


 静止を呼び掛けてくるシャルロッテの言葉に従ってやるわけにはいかない。クウォンだけは「ああ言ってるし話、聞いてあげない?」みたいな空気感だしていたが、少なくとも今じゃない。


「セツ、ナツいる⁉ いたら返事っ‼」


 リバースカースに飛び乗るなり、ラトリスは叫んだ。元気のいい「いるのですっ‼」「待機中、だよ」という声が聞こえたのち「ミス・ニンフムゥッ‼」と叫び声が響き渡った。


 リバースカース号はすぐさま動きだした。埠頭から十分に離れる。

 舷側から港を見やれば、埠頭に十数人と集まる海賊狩りたちの姿があった。


「じゃあな、シャル。次はゆっくり話せるといいな」


 白亜の都市がつまめそうになるまで俺は海岸線を見つめていた。

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