「怪しい薬なので『絶対に』とは言えないけれど、先程伯爵が言った様に誰かと再婚して子どもを……と言うのは難しいように思います。で、ここから一つ提案です。親戚から養子を取っては如何でしょう」
と言う私の声が聞こえていない程のショックを受けている父はうわ言の様に、
「あ……あぁ、そうだな……」
と答えた。自分の言葉の意味すら分かっていないかもしれないけど、言質はとった。
「同意してくれて何より。では、私からはこの方を推薦しますわ。手続きを進めていただいてもよろしいかしら?」
「あぁ……へ?何だって?」
とやっと父は私が渡した書類から顔を上げた。
私はニコラス・ドイルの名前の書かれた書類をビロッと掲げて見せた。
「ドノバン伯爵家の為を思う伯爵の気持ちを汲んで、養子縁組についてはスムーズに進むよう配慮させていただきますね」
と私はにっこりして、後ろに控える護衛に、
「ドノバン伯爵はお帰りよ。ではドイル様の件は執事に話を通しておきますから」
と言って私は立ち上がった。
「お、おい!話は終わってない!く、薬の事をもっと詳しく……!」
という父を置き去りにして、私はその部屋を退出した。
……ミッション終了!!
そして息を吐く間もなく……
「だから会いたくありませんってば!」
と私が口を尖らせると、陛下は私の顔を見て笑った。
「お前を虐めていた女共に復讐するチャンスだぞ?特に……ほら、名前はなんと言ったかな、何か派手な見た目の……」
「イライザですか?」
「あぁ、そうそうイライザ、イライザ。あの女なんて、媚薬まで使って俺とヤりたかったんだろ?今のお前の立場を知ったら、悔しがるんじゃないか?ん?」
「前々から思っていたんですけど、陛下って言葉が悪すぎませんか?それに、別にくやしがってもらわなくても大丈夫です。っていうか、私と陛下が結婚した事を……三人は知らない?」
「あぁ、お前の父親が面会にでも行けば知るチャンスはいくらでもあったと思うが、面会すら訪れていないみたいだぞ?薄情だよなぁ」
「……全くです。今回の養子の件だって陛下の予想通り……後妻を娶るとかどうとか言い始めて。私って……いや、私と母って、父にとって何だったんでしょうね」
と私がため息を吐くと、陛下は私を抱き締めた。……抱き締められるのには慣れた。だって毎日抱き締められながら眠っているのだから。
そして陛下は、
「お前もアイザックも俺にとっては誰より大切だよ」
と言ってくれた。陛下からのこんな言葉も少しだけ素直に受け取れる様になった私が居た。
「結局、丸め込まれちゃったわ」
と私が言えばマーサは、
「いいじゃないですか!ずっと虐げられていたんでしょう?幸せを見せつけてやりましょうね」
と何故か腕まくりをした。
牢に向かうのだから、あまり派手なドレスはどうかと思うのだが……。
私の心配を良い意味で裏切って、上品で尚且つ質の良いアイボリーのデイドレスをマーサは着付けてくれた。良かった……。
私と陛下は私の元家族……いや家族だったのかも怪しいが………を収監している貴族牢へと向かった。
「馬車に乗るのですね」
「馬で行くか?俺と密着したいのならそうするが?」
「そう言う意味ではありません。結構離れているのだな……と思いまして」
「あぁ。貴族牢にも位があるんだよ。お前の……知り合いは伯爵と離縁したから男爵位だ。あの森の中に牢がある」
私と横並びで馬車に乗りながら陛下は外を指差した。『家族』という言葉を使わなかった事に陛下の優しさを感じる。言葉は悪いが陛下は優しい。タリス村で会った時の威圧感は半端なかったのに、今ではそんな様子は全く無い。
「鬱蒼とした森ですね」
「あぁ、夜は獣がうろついているから、近寄るなよ?俺と一緒なら良いけど」
「一緒でも来ませんよ」
なんて会話をしていたら、牢に着いたようだ。
はぁ……気が重い。
牢に近付くと、前に立っている護衛が私達に頭を下げる。何だろう……疲労感が否めない。
そして護衛は牢の方へと声を掛ける。
「国王陛下、王妃陛下の面会だ。並べ!」
「煩いわね!偉そうに!いい加減、ここから出しなさいよ!」
まだ彼女達が見える場所には立っていないが、声で分かる。イライザだ。……案外元気そうで何よりだ。
「つべこべ言うな!」
「貴方、誰に口を利いているの?私はマギー・ドノバン伯爵夫人よ!」
いやいや、もう貴女はマギー・ダズリンよ?ダズリン家が貴女を見放していなければ……だけど。と私は心の中で独りごちた。
後ろでずっと聞こえているのはジョアンナのすすり泣きだろう。護衛が疲労している意味がこの数分で理解出来た気がする。
「煩い奴らだ」
と陛下が私の三歩前を歩く。私は少しだけ俯いていた。……というか、どんな顔をして会えば良いのか……。『ジャーン!』と驚かせれば良いのだろうか。正解がわからない。すると牢の中から、
「王太子殿下!!お待ちしておりました!今日こそお話を聞いて下さい!」
「王太子殿下!娘が薬を盛るなど!何かの間違いですわ!即刻、ここから出して下さい!」
「うううっ………もう嫌………お家に帰りたい……」
三者三様の様子に内心『変わらないなあ』と思いながら、私も牢の前に立った。