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第5話 仕事納めは納会

 会社における仕事納めって、大掃除してちょっと訓話とかあって、でも他に特に何することもなく就業時間に解散、っていうのはレアらしい。

 っていうか。

 今までがそうだったから、そういうもんだと思っていたら、まかきゃらやは納会? っていうか、一年の打ち上げ? っていうのを、食堂でするんだそうだ。

 年内の仕事にはできるだけ速やかに蹴りをつけて、大掃除をしたら、食堂に集合。

 それが今日の朝に下された指示。

 入社してひとつき弱で、そんな片づけるとこもなくて、早めに食堂に行ったオレは、陽さんの手伝いを言いつかった。


 料理の手伝いって!


 社の福利厚生には食堂の料理も含まれてるらしいけど!

 ここの食堂、安くて量が程々でおかわり自由でうまいけど!

 陽さんの手料理だとは、思ってなかった。

 だってホントに本格的でうまいんだもん。

 そしてオレは、料理、向いてないかもしれない……と、気がついた。

 だって難しい!

 刃物、怖ぇえ!

 しかもすっげえ音するし、フライパン火吹くし。

 ホント、料理できる人尊敬する。

 オレには無理っぽい。


 納会が始まってほどほど飲み食いが進んで、社員があちこちでグループに分かれて話してる。

 所属部署ごとじゃなくて、仲良のいい人たちで集まり始めてて、オレはまだそんなに仲のいい人もいないから、せっせと料理を食べる。

 皿から口に移動させて、噛みしめる。

 ああ、これを陽さんが中華鍋に入れたときは、すごかったよなあ。

 おいしいんだけど。

 調理過程を思い出して、ため息をつく。


「人は凸凹があってこそ楽しいから。北島くんがお料理できないのは、わたしは嬉しい」

「オレは嬉しくないです」


 オレの顔を見て、井上さんが笑った。

 いや、あの、すごいおもしろいものを見たって顔をしないで欲しい。


「なんか、次、北島くんに勉強する機会があったら、お料理教室に通ってそう」

「マジで検討します」

「本気? そこまで大変だったんだ~。今までどうやって生きてきたの?」

「世の中には、スーパーやコンビニという便利な存在があるんです」


 だいたい、ひとりで暮らし始めてから、仕事とあれやこれやで食生活に気を使う暇なんてなかったし。

 ホントに世の中にはできた方がいいことがいっぱいあって、オレはできないことが多すぎる。


「料理できなくても、健康でいられたらいいんだよ」


 井上さんとオレのやりとりが耳に入ったらしい。

 横でオードブルを摘んでいた長友部長がくすくすと笑った。


「ですよね!」

「できるに越したことはない、とも思うけど」

「ハードル、高いです」


 しょぼん、って肩が落ちる。

 料理……料理、かあ。

 盲点だった。


「筆耕できて、活け花ができて、パソコン関係はなんでもお任せ! なのに、電話番と料理が壊滅っていう、このアンバランスさ……」

「いやホントに。拾いモノだよね。かわいいし」


 楽しそうに部長と井上さんが話してて、内容がどうにもおかしいと思うんだけど、オレはもう止められる気がしなくてしょんぼりよ。


「誰がかわいいの?」


 ひょいとそこに顔をのぞかせたのは、要さん。

 食いつくのはそこですか。

 スルーしてください。

 そう思ってんのに、井上さんはにこやかに答える。


「北島くん」

「ああ、でしょ。かわいいよね」


 うんうん、なんて、うなずかないでください。


「シノさん、どこにこんなかわいい子隠してたの」

「君が俺に押しつけた経営者研修に通っているときに、同じビルに通ってたの」

「ナンパ?」

「だってかわいいでしょ?」


 ナンパって何?

 っていうか、長友部長、要さんのことシノさんって呼んでるんだ?

 経営者研修ってホントは長友部長が通うはずだったの?

 じゃあ、要さんに代わってくれてラッキー……じゃなくて、うん、まあほら、偶然の積み重ねですが、要さんに出会えたしここに就職もできたし、ありがとうございます?

 井上さんはげらげら笑ってるけど、オレは要さんと長友部長の間でおろおろするしかない。


「常務、北島くんたら次はお料理教室に通うそうですよ」

「え、ホントに? なんで?」

「あー……全くできないことを知ったので」

「ええ? プログラムできて、フラワーアレンジメントの級を訓練校でとって、オフィス関係のソフトも自力で勉強したんでしょ? あと何だっけ? 筆耕? っていうのも……どんだけ勉強するの?」

「勉強家だよね」


 だって。

 オレはそれだけやっても、まだ全然何かをできた気がしない。

 全然足りてない。

 そう言いたくて、でも、あんまり真面目に答えるのもどうかと思って、オレは言葉を探す。

 ああ、ホントにうまく言えなくて、イヤになる。


「うん、でも、やってみようって思うのはいいことだよね」


 要さんが穏やかな顔でそう言ってくれて、ちょっとほっとした。

 誰かが遠くで要さんと長友部長を呼ぶ。


「はーい。ちょっと行ってくるな」


 長友部長は気になっていたらしい料理を皿にぽいっとのせて、呼ばれた方に行く。

 手を挙げて返事をした要さんも、ぽんぽん、とオレの肩を叩いてそちらへ向かおうとした。


「そうだ、北島くん」

「はい?」


 戻ってきた要さんは、オレの胸ポケットに、すっと棒付きキャンディーをさした。

 丸くてかわいい、ロリポップ。


「今日は社内の喫煙可能場所増やしてるけど、程々にね。口寂しくなったらこれ食べな」


 要さん。

 これは、どう思えばいいんだろう。

 オレは気がついた。

 気がついたこともショックなんだけど、ショックを受けてることも、ショックで。

 布の上から、ロリポップを握りしめた。



 要さん。

 もう、前みたいには呼んでくれないんだ?



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