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第9話 初、現場

 朝の喫煙習慣は、定着してしまった。

 コンビニによって、飲み物買って、一本吸う。

 さて頑張るぞ仕事するぞと気合を入れて、出社。

 したところをいきなり


「北島くん! 待っていたわ! 行くわよ!」


 と、待ち構えていた外勤の佐野部長に拉致られて、ただいま車中の人です。


「ごめんねえ、急の集まりが入って、会場の設営からすることになったのよ」

「はあ……」

「北島くんが内勤だっていうのは、充分承知してるから。今日は特別ね。会場の盛花をお願いしたいの。あと、現場のパシリ」


 なんでも、知っている貸会場がダブルブッキングしてしまって、泣きついてきたんだそうだ。

 場所は別に借りることでなんとかなっても、設営や会の運営に手が足りない、ということらしい。

 オレは会場に到着したら、とにかく、盛花にとりかかって欲しいと言われた。


「あの、オレ、ホントに初級の資格しかないんですけど……」

「いいの。わたしが活けたらバケツ挿花になるから、絶対にそれよりましだもの」


 ハンドルを切りながら、佐野部長がころころと笑い声をあげた。

 この人、ホントにかわいく笑う。

 そしてかわいくない要求をソフトに突き通す。

 だから、役付きなんだろうなって、思う人。


「慣れないと、周りに巻き込まれてアワアワしちゃうと思うのね。だから、何かしようと考えないで、最短時間でお花を活けてください」

「はい」

「じゃあ、よろしく」


 外向きの仕事なんて初めてで。

 とにかく指示されたとおりに、盛花から手を付ける。

 花器は会場のもの。

 花材はブッキングしてしまったという方の会場から分けてもらったのと、何とか集めてきたらしいもの。

 何も持ってなかったから、はさみを借りて。

 芯につかうのは、大ぶりの百合。

 テキストに描いてあった講演会会場の例図を思い出す。

 ホントは枝ものがあるといいんだけど、そこは仕方ない。

 バタバタと周りで人が動き回る。

 何もなかった会場に、椅子が並べられて、幕が下がって、照明があてられる。


「北島くん、可能なら司会スペースに小さくお花飾れないかしら?」


 仕上げをしているオレの横で、佐野部長がいきなり言った。

 ええ?

 今から?

 うー……


「活けたほうがいいですか?」

「ううん。ただ、殺風景すぎてかわいくないから、なんかできないかしらって」


 会場の隅に設えられている、司会者用の小さな台を見る。

 あそこの上に、マイクがあって、資料おいてってするんだよな?

 あれ、花器を置いたら危険そう。

 近くによって台を確認。

 ああ、客側が衝立状になってて、手元は見えなくなってるんだ。


「使い捨てでいいなら、何とかなります」

「うん、じゃあ、何とかいい感じによろしく~」


 重石には小さな缶コーヒー。

 実習の時に、確かこういう方法もあると、やっていた人がいた。

 缶が隠れる大きさのブーケを作って、根元をラップと濡れティッシュで始末。

 それをガムテープで缶に固定して……で、台の上、客から見えないところで、マイクの近くにおく。

 台の上にスペースが確保できてるのを確認して、客側から缶が見えていなければ、オッケー。


「うん、イイ感じ」


 自画自賛した後は、のんびりする間もなく、活けた時に出た端材を撤収。

 片付けたら、つかってた場所を掃除しなおして、いったん完了。

 なんか、とりあえずとってみた資格が、いきなり活用されてて驚きなんだけど。

 ひと息つく間もなく、佐野部長から声がかかる。


 どうも、オレは今日一日、この現場に拘束されるらしい。





「ホントに助かったわー、ありがとう」


 佐野部長が上機嫌で、ハンドルを握る。

 いや、オレこの人が上機嫌じゃないとこって、今日の現場で初めて見たんだけどね。

 普段にこにこしてる人の真顔って、怖いね。


「お役に立ててよかったです」

「ホントならせめて最寄り駅まで送ってあげたいんだけど、この後まだ詰まってるのよ、ごめんね」

「直帰できる上に、沿線まで送ってもらえるんで、ありがたいです」

「そう? もっと要求してくれてもいいのに……控えめなのね」

「そんなことないと思いますけど」


 初めての現場仕事は、忙しなくてあっという間に終わった気がする。

 支給されたおにぎりが今日の昼食。

 人目につかないとこで口に押し込むような食べ方して、イベントの進行を手伝った。

 片付けまで済ませて、会社に行っても、多分、仕事にならないよねっていう時間。

 でも、帰るには早いと思うんだけど、佐野部長が慣れない仕事頑張ったからって、直帰にしてくれた。

 だからまだ帰宅ラッシュには早くて車はゆるゆると進んでる。


「ねえ、北島くんてさ、いつまで井上さん預かりなの?」

「はい?」

「自分で自分の仕事管理、そろそろできるんじゃない?」


 ミラーを見るついで、というように、ちらりと佐野部長がオレを見る。

 そういや、そろそろ入社三カ月。

 普通の企業だって試用期間が終わる時期だ。


「そう、ですね」

「続かなさそう?」

「いえ。楽しいです」

「じゃあ、そろそろ独り立ちかな?」

「……自分が、何ができるかわかんなくて」


 佐野部長のふわふわした口調に、つい、促されてしまった。


「あら、うちの社はそんなこと考えなくていいのよ? 楽しかったらいいの」

「いいんですか?」

「だって、その方がいいじゃない? 北島くんはもっとがつがつしてていいわよ」


 ふわふわの佐野部長は、その口調で辛辣なことをいう。

 でも、すごく大事なこと言われてる気がした。


「ちょっと、芳根くんを見習ってみてもいいかもね。ああいう毎日お祭ノリも、そろそろ何かやらかしてくれそうで、怖いけど」

「そんなもんですか?」

「芳根くんはもう少し、落ち着いて足元見たほうがいいし、北島くんはもっとがつがつしたほうがいいと思うの」


 まあ、ないものねだりになってくるわよねぇ、と、佐野部長は言う。

 ないものねだり。

 ああ、そうかもしれない。




 佐野部長とは、沿線駅で別れた。

 ここから家までは、私鉄で数駅。

 少し早いけどまっすぐ帰るか……それとも、どっか寄る?

 定期の範囲ではないし、電子カード類も持ってないから、切符買わなきゃな。

 車を見送って、駅中に向かったオレは、いきなり腕を引かれて驚いた。


「何?!」

「やっぱ、夏樹だ。ひさしぶりだな」


 そこにいたのは、鉄人さん……かつてつきあっていた、山内さんだった。


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