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15.彼がいない日(前編)




……白坂くんとLimeの連絡先を交換したことで、彼と話す頻度がさらに多くなった。


『黒影さん、この漫画アニメ化されるみたいだよ!』


家にいる時も、彼と漫画やアニメについて好きなだけ喋れるなんて、夢のようだった。


『ほんとだね、もうPV出てるんだ』


『うん!僕、この漫画は是非アニメで観たかったから、凄く楽しみだよ!』


『そうだね、ボクも楽しみ』


本当はすぐに返信したいんだけど、あまりにも早すぎると「四六時中、僕のLimeを観てるんじゃ?」って思われて、白坂くんに気持ち悪がられる気がして、わざと返信を遅くしてる。


だいたいいつも、30分以上は開けてから、返信するようにしている。


そして彼からの返信を、ドキドキしながら待ち続ける。


学校で話す時とはまた違った楽しさがあって、僕は家の中でも彼のことで頭がいっぱいだった。




「……よし」


とある日の夜。ボクは彼へLimeの返信を終えた後、お風呂に入ることにした。


もちろん、脱衣場にはスマホを置いている。通知音も最大にして、お風呂に入っていても聞こえるようにしている。



……ザザザーーー



湯船にあるお湯を、風呂桶を使って掬い上げて、自分の身体にかけた。


そして右足の爪先から、ゆっくりと身体を湯船の中に入れていった。


「ふ~~~……」


身体の奥底に固まっていた空気を、解しながら息として吐いた。強張っていた身体を、ようやく脱力させることができた。


湯気が立つお湯に肩まで浸かり、全身を温もらせる。今日は雨で外が冷えていたから、余計にお風呂が染みる……。


「………………」


ボクは、水面がゆらゆらと動く様を見つめながら……白坂くんのことを考えていた。




『へへへ、ごめん。あれ嘘なんだ』


『今日は黒影さんが教室にいるからさ。せっかくだし黒影さんと話したいなって』




「……白坂、くん」


彼の名を呟くと、なんだか胸の奥がそわそわして、かゆくなってしまった。


白坂くんは、本当に不思議な人。一緒にいて安心できる男子がいるなんて、想像もできなかった。しかも、連絡先まで交換しちゃったし。


正直言って、白坂くんがいてくれるから……学校にも行こうって思える。苦手な体育があったりしても、白坂くんと学校で喋るために、頑張って登校している。



ピロリロリン



「!」


脱衣場の方から、通知の音が聞こえてきた。


ボクはすぐに湯船から上がって、脱衣場に出た。身体から湯気が立っていて、肌寒かった。


恐る恐るスマホを手に取った。ボクの濡れた髪から水が滴って、画面にぽたりと落ちた。


トーク画面を開くと既読がついてしまうので、まだそれは開かず、ただ返信があったかどうかだけを確認した。


(やった……!また白坂くんから来てる……!)


ボクは思わず口許を緩ませながら、またスマホを脱衣場に置き、お風呂場へと帰った。


そして、湯船に浸かりながら、どんな返信が来ているか、いろいろと想像を膨らませた。


「………………」


でも、正直ちょっと……まどろっこしいと思っているところはある。


やっぱり、会って話せる方が楽しい。会話もぽんぽん弾むし、何より……彼の顔が見れるから。


(ふふふ、なんだかボク、陽キャみたいなこと考えてるなあ)


自分の心境の変化に驚きつつも、それを嬉しいと思っていた。


明日もまた、学校へ行こう。


また白坂くんに、会いに行こう。












……翌日の、6月27日金曜日。今日もいつも通りの朝が始まろうとしていた。


バスに乗って通学路を行き、学校へと到着する。



ザーーーーーー!!



この日は、とんでもない豪雨だった。


手垢のついた表現だけど、バケツをひっくり返したような大雨というのは、まさしくこれのことを言うんだろうなと思った。


湿気を含んだ重たい空気にやられて、微かに頭痛がする。


(白坂くんは、先に着いてるかな?)


下駄箱で彼の靴があるか確認してみたが、まだそこにはなかった。


(仕方ないか、この大雨だもんね)


教室で彼のことを待とうと思ったボクは、廊下を真っ直ぐに進んで行った。


「黒影さん、おはよう」


その時、背後から声をかけられた。女の子の声だった。


誰だろう?と思って後ろを振り返ると、そこにいたのは委員長の西川さんだった。


彼女の左脇には、何十冊ものノートが抱えられていた。


「あ、ど、どうも、おはようございます……」


ボクは吃りながら、彼女へそう挨拶を返した。どうしよう、白坂くん以外と話すの久しぶりだから、緊張する……。


西川さんは、ボクがお休みの日とかに、プリントを持ってきてくれたり、連絡事を教えてくれたりすることがあった。そういう意味では、白坂くんの次に喋る相手になるのかも知れない。


「はい、これ。黒影さんの数学のノート」


西川さんはそう言って、脇に挟んでいた何十冊もある内の一冊を、ボクへ差し出してきた。


「……?えっと、数学の、ノート?」


「ほら、この前先生に提出してたでしょ?それが返ってきたの」


「あ、ああ、そっか。あ、あり、ありがとう……」


「うん。あ、あと中にね、来週ある期末テストの範囲が書かれたプリントを挟んであるから」


「う、うん、分かりました……」


ボクはそう言って、ノートを受け取った。


ところどころ敬語だったりタメ語だったりと、変な答え方をしてしまった。まだまだボクは、全然人と話せないなあ。


「………………」


西川さんは、なぜかじーっとボクのことを見つめていた。


ボクは、なんで見られているのかよく分からず、ただその視線を受けていた。ここで「どうしたの?」と一言尋ねられたらいいんだろうけど、なかなかそれが口に出せなかった。


「……黒影さん、ってさ」


「え?」


「最近、隣の席の白坂くんと仲良いよね」


「……ま、まあ、うん。仲良く……させて、もらってます」


「………………」


ボクの言葉を受けて、西川さんは「そっか」と言って、微かに笑った。


「じゃあ、黒影さん。白坂くんの分もお願いしていいかな?」


「白坂くんの分?」


「ほら、このノート。黒影さんから白坂くんに渡してあげて」


そうして、西川さんは白坂くんのノートも手渡してきた。


「わ、分かった。渡して……おきます」


「うん、お願いね」


西川さんはボクへ軽く手を振って、スタスタと教室へ向かって行った。






「………………」


ボクは自分の席に座って、白坂くんのことを待った。


彼が隣の席にやって来るのを、今か今かと待ち続けた。


しかし、今日に限って彼は一向に来なかった。


今まで彼は、遅刻とかしたことのないのに。もうあと、数分もしない内に朝のホームルームが始まってしまう。


(ど、どうしたのかな……?何かあったのかな……?)


ボクは不安になりながら、外の土砂降りを眺める。


考えられる可能性としては、この大雨に足止めされているのこも知れない。


事実、ボクが乗ってきたバスも、渋滞でかなり遅れていた。車内は大勢の人でぎゅうぎゅうになっていて、押しくら饅頭の状態だった。


白坂くんは以前、雨の日は自転車じゃなくて、バスで来るようにしていると教えてくれたことがある。だからきっと、そのせいで遅刻してるのだろうとは思うけど……。


(も、もし……事故とかだったらどうしよう……?)


ボクの心臓はとても臆病で、可能性が低いはずのことまで心配になってしまう。


(もし、万が一自転車に乗ってて、雨で道が滑って転んで……。そして、も、もし、車にでも……轢かれたりしたら……)


じっとりと、額に汗が滲んできた。


胸の中にいる大量の虫が、ざわざわと蠢くような気持ち悪さを感じていた。



キーンコーンカーンコーン



ついに、朝のチャイムが鳴ってしまった。


「よーし、じゃあ朝のホームルームを始めるぞー」


担任の先生が教卓の前に立って、ボクたち生徒を見渡しながら、朝の連絡事項を説明し始めた。


(ど、どうしよう……。白坂くん……)


不安の波が最高潮まで達していたその時、担任の先生が、白坂くんのことについてこう話した。


「今日は白坂が体調不良らしくてな、1日休みだ」


そのことが聞けたボクは、ほっと安堵のため息をついた。


(た、体調不良……。そっか、事故とかじゃないんだ)


ここで安心するのもどうかと思うけど、とりあえず現状が分かったことに対して、ボクは胸を撫で下ろしていた。


「……………………」


……でも、その次にやって来たのは、言葉にし難い虚無感だった。


今日は、白坂くんがいない。


明るくて元気な、優しい彼がいない。


その事実が、ボクの胸にぽっかりと……黒い穴を空けていた。


「ねーねー!英語って宿題あったっけー?」


「えー?忘れたー。なかったんじゃねー?」


クラスメイトたちは今日も楽しげに、近くにいる友だちと談笑していた。


ボクは一言も口を開かずに、隣の空席を見つめていた。







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