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27.水彩画みたいな青い空



……9月1日、月曜日。朝の6時頃。


1ヶ月ちょっとの夏休みを経て、とうとう学校が再開される日がやって来た。


(やった、やった、白坂くんに……会える)


ボクは高鳴る胸を押さえながら、学校へ行く準備に精を出していた。


ボクは今まで、黒い下着を着ていた。ブラジャーもショーツも、墨で塗ったような真っ黒のもの。


ボクなんかにピンクだの水色だのという、“可愛らしくて明るい色”は似合わないと思っていたから。だからほとんど黒ばかりだった。


「………………」


棚の中から、夏休みの間に買った下着を取り出す。


これは、いつもの黒ではなく、“真っ白”なものだった。


特に施された模様もない、ただただ純白のブラジャーであり、ショーツであった。


本来であれば、ボクが絶対に選らばない色。明るくて眩しくて、ボクには相応しくないと尻込みしてしまう色。それにも関わらず、ボクは今回これを買ってしまった。


なぜなら「白」は、白坂くんのイメージカラーだから。


名字に白が入っているし、彼の優しさは凄く透明感があって……わざとらしくない。その清潔さと純粋さから考えても、白はイメージに合う。だから今回、これを買ってみた。


これはオタク流言うならば、推しキャラのイメージカラーのグッズを揃えるようなもの。


好きな人の色に囲まれたいという、そんな気持ち。


「………………」


白い下着を身につけた自分の身体を、姿見でマジマジと観察する。


ううう、なんか、これも黒歴史なんじゃないだろうか。


白坂くんのイメージカラーだから、白い下着を着るって……。万が一本人に知られたら、絶対ドン引きされちゃう。普通にTシャツとかを白にすればよかった。なんでよりによって下着を白に……。そのチョイスが、あまりにも変態っぽくて気持ち悪い。


一体ボクは、どれだけ白坂くんのことが好きなんだろう。自分でもたまに、歯止めが効かなくなる時がある。


(ま、まあでも、下着は実用性あるし、き、気分転換にもなるから、ラノベに比べたらギリセーフ……かな)


なんとか自分にそう言い訳しながら、ボクは制服を着ていくのであった。







……ガヤガヤガヤ


久しぶりの学校は、いつも以上に怖かった。


見渡す限りの、人、人、人。どこそかしこに人がいる。


下駄箱にも、廊下にも、そして教室にも人がいる。


「うっす!ケイスケ久しぶり!」


「ぎゃはははは!ダ、ダイゴ、お前肌黒すぎー!」


「寧々ちゃんおはよー!昨日ぶりー!」


「おはよー遥ちゃーん!それなー!昨日ぶりー!」


夏休みの間、そういう人が多い場所は基本避けていたから、このガヤガヤした空気感を久しぶりに食らって、ボクは少し目眩がしていた。


(うう、やっぱり学校は、いつまで経っても苦手だな……)


白坂くんがいなかったら、そもそも学校に来たいとすら思わなかった。はっきり言って彼と会うためだけに、ここに来ている。


「おはよう、黒影さん」


その時、ボクの隣の席に、待ちわびた白坂くんがやって来た。


彼はいつもと変わらない優しい笑顔で、ボクに挨拶をしてくれた。


(ああっ!し、白坂くん!)


久しぶりに会ったせいか、前以上に彼の笑顔が眩しかった。人混みとは別の意味で、目眩がしそうだった。


バクンッ、バクンッと、痛いくらいに鼓動が揺れていた。身体中がそわそわしてしまって、落ち着かなかった。


「お、おお、おは……白坂、くん」


人と話すことすら久々にするので、口が上手く開かなかった。「おはよう」の「よう」さえ、まともに言えなかった。


「あー、夏休み終わっちゃったね~」


白坂くんは本当に残念そうに、眉をひそめながら席に座った。


その反応から考えるに、彼の夏休みはよほど楽しかったのだろう。


羨ましいなと思いながらも、白坂くんが楽しい日々を過ごせてよかったという気持ちが、胸の奥から湧いていた。


ああ、やっぱり彼の隣は楽しい。なんだかずっと幸せな夢を見ているような、そんなふわふわした気持ちにさせられる。



キーンコーンカーンコーン



ホームルームの始まりを告げるチャイムが、校内に鳴り響いた。それを耳にした時、ふわふわの夢見心地だったボクは、ふっと……現実に引き戻されてしまった。


(そうだ、今日は……席替えがあるんだ。白坂くんの隣にいられるのも、今この瞬間までなんだ……)


「………………」


「よーし、ホームルーム始めるぞー」


いつの間にか、教卓の前には先生が立っていた。


軽く始業式の注意事項が出た後に、先生はボクたちを見渡しながら、こう言った。


「さーて早速だが、二ヶ月に一度の席替えをするぞ~」


先生の言葉を聞いて、クラスメイトたちはみんな「おおおお!」と感嘆の声を上げた。


「よっしゃー!ようやくお前ともお別れやー!」


「嘘つけー!本当は寂しいくせによー!」


「ちはちゃん、今度は向井くんの隣になるといいね!」


「ちょ!止めてよコハルー!」


耳がキンとするくらい騒がしい声が、教室の中に反響していた。


「………………」


嫌だな……寂しい。


白坂くんと、離れたくない。


今まで生きてきた中で、一番学校が楽しくなれてたのに。


「席替えかー。いやー、黒影さんともバイバイなんだね」


ふと、白坂くんがボクへ話しかけてきた。


彼は口元こそ笑っていたけど、眉は少し寂しそうに眉をひそめられていた。


「ありがとね、黒影さん。お隣楽しかったよ」


「……うん」


「黒影さんと友だちになれるきっかけができて、よかった。また一緒に原画展とか行こうよ!」


「……そう、だね」


ボクはなんとか、ぎこちない微笑みを返すので精一杯だった。


「よーし、じゃあお前らー、一人ずつクジを引けー」


先生は空のティッシュ箱の中にクジを入れて、ボクたちクラスメイトの席を順繰り廻っていった。そのクジには番号が書かれており、その番号と対応する席へと移動することになる。


全員がクジを引き終えると、先生は「よし」と言って、ボクたちに告げた。


「全員引いたな?じゃあ、今から席を移動しろ~」


それを皮切りに、クラスメイトたちは椅子から立って、机を持ち、それぞれの場所へと移動した。


「ねえ、黒影さん」


「うん?」


「席、どこになった?」


「えっと……白坂くんの席だった。窓際の、一番後ろ」


「え?」


「後ろの方でほっとしたよ……。前の方だと、先生から当てられたりするし……。あ、白坂くんの席は、どう、だった?」


「……えーとね、僕は、黒影さんの席だった」


「え?ほんと?」


「ほら」


白坂くんは自分のクジを、ボクへ見せてくれた。確かに、そこにはボクの席の番号が書かれていた。


「………………」


「………………」


「は……ははは!なんだ!入れ替わるだけだったね!」


「う、うん、ふふふ、そうだね白坂くん」


ボクたちは一瞬だけ、あまりの偶然に固まってしまってたけど、互いに顔を見合せて、ボクたちは笑い合うことができた。


そして、自分の机を持って、ボクが左へ、白坂くんが右へと入れ替わった。


「なら、また2ヶ月よろしくね、黒影さん」


「うん……!」


ボクはもう、今にもスキップしてしまいそうなほどに、嬉しかった。


(やった!やった!また白坂くんの隣!)


だらしなくニヤける顔を、他人に観られないよう必死に隠した。


窓の外に目をやると、清々しいほどに晴れ渡っていた。


雲ひとつない青空で、水彩絵具で塗られたかのように、その青は澄んでいた。


ボクの17年目の夏休みは、そうして終わりを迎えたのだった。









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