……午前1時過ぎ頃。
ボクは真っ暗な天井をぼんやりと見つめながら、ベッドに横たわっていた。
もういい加減眠らなきゃいけないのに、頭が冴え渡って睡魔すら来ない。
(……ああ、もう、本当にボクは……最悪だ)
今日は、白坂くんに随分迷惑をかけてしまった。授業中なのに、ずっとボクに付きっきりにさせてしまって……。しかもそのせいで、先生から怒られてしまっていた。
『具合の悪い黒影が保健室にいるのは仕方ない。だが白坂、お前が保健室にずっといるのは違うだろう』
『すみません鬼塚先生、どうしても彼女が心配で……』
『真面目なお前のことだから、きっと本当に心配なんだろうと思うが、端から見れば授業をサボってたと勘繰られても反論できない。そうだろう?』
『………………』
『次からは、他の先生に頼むなりして、きちんと戻ってくるように』
『……はい、すみませんでした』
白坂くんがそう言って先生に頭を下げている場面を見ている間、ボクはずっと胸がズキズキと痛んでいた。
(ボクなんかのせいで、授業も棒に振って、先生からも怒られて……。ほんとボクって、人に迷惑をかけてばっかりだ)
仰向けだった身体を横にして、小さく踞る。
「………………」
ボクが白坂くんに事の顛末を話したのは、放課後の帰り道だった。
バス停までの道のりを一緒に歩いてもらって、その間に金森さんに対してボクがどんな感情を抱いているのか、かいつまんで話した。
もちろん、ボクが白坂くんのことを好きなのは伏せて、金森さんが明るくていい人だから、そこに嫉妬してしまうという言い方をした。
『嫉妬……か。なるほど、そういうことだったんだね』
白坂くんは少しだけはにかみながら、ボクにこう言ってくれた。
『黒影さんは、優しいね』
『え?』
『だって、ちゃんと自分が金森さんに嫉妬してること、自覚してるから。なかなかできないと思うんだ、そういう感情を受け入れることって。それは、黒影さんが優しいからできることなんじゃないかな』
『そんな……ただボクは、嫉妬して、人を恨んで、情けないだけだよ。優しくなんか……』
『そんなことないよ。普通の人だったら、もっとうやむやにすると思うよ?自分の怒りや憎しみを正当化しようとして、相手の嫌なところばかりを見る。たぶん、そこで止まる人が多いんじゃないかな』
『………………』
『だけど黒影さんはさらに、もう一歩踏み込んだ。自分は意図的に金森さんを悪く見ようとしてると、そう深掘りした。自分を無理やり正当化せず、金森さんは悪くない、悪いのは自分だって考え直せるのは、凄く優しいなと僕は思う』
『……そう、なのかな』
『うん』
『……ごめんなさい、ボク、まだイマイチよく分かってないけど、でも、あの……優しいって言ってくれて、ありがとう』
『ううん、いいんだ。僕が思ったことをそのまま言っただけだから』
『今日は、あの、本当にごめんなさい。保健室で付き添わせちゃったり、先生に……怒られちゃったり』
『ははは、いいよいいよ。気にしないで。僕が好きでやったことだし。少しでも黒影さんのためになれたのなら、何も後悔はないよ』
「………………」
布団の中にもぞもぞと潜り込んで、身体を縮ませた。
ああ、やっぱりボクは、白坂くんが好き。
あんなにボクのことを肯定してくれる人、今まで会ったことない。
迷惑をかけてごめんなさいという気持ちと、本当に堪らなく好きですという想いが、胸いっぱいに湧いてくる。
白坂くん、好き。
好き、好き……。
「………………」
白坂くんの声を思い出すと、なんだか穏やかで、気分が落ち着ける。
彼のことを想いながら、ボクはようやく……張り詰めていた心を解して、眠ることができたのだった。
……午前8時10分。ボクは、学校の正門前に到着していた。
いつものように下駄箱で靴を履き替えて、いつものように自分の教室へと向かう。
「やっほー!さっぽん!」
そして、これまたいつものように、金森さんがボクへ話しかけて来た。
「ど、どうも金森さん、おはよう、ございます」
「……むむっ!さっぽん、今日はなんか、昨日より元気だね!」
「え?そ、そうですか?」
「うん!」
「……まあでも確かに、昨日よりかは、気持ちも落ち着いてると思います」
「そっかー!それならよかったね!」
「……はい」
金森さんの眩しい笑顔に連られて、ボクもぎこちなく笑った。
ボクは未だに、彼女へ嫉妬している。でもそのことを自覚すると、なんだか感情を俯瞰して見れる感じがして、あまり取り乱さなくなった。
きっとそれは、白坂くんがそのことを、肯定してくれたから。
彼はボクのことを優しいと言うけれど、一番優しいのは、そうしてボクを助けてくれる彼自身だと思う。
「ねーねーさっぽん!今日さー、
放課後にストバ行かなーい?」
「え?ス、ストバ?」
「うん!一緒にフラペチーノ飲もーよー!」
「で、でも、ボクそんなお洒落なお店、行ったことないですし……ボクなんか、場違いじゃないかって……」
「えー?場違いってなーにー?」
「えっと、つまりその……ボクにはストバは似合わないって、そう思ってるってことです」
「うーん?ごめーん!なんかよく分かんないやー!ストバって似合う似合わないとかあるのー?」
「そ、それはまあ……」
「じゃあ、さっぽん……今日は来れない?あーし、さっぽんとお喋りしたかったなあ……」
金森さんは眉をひそめて、しゅんと項垂れていた。
それはまるで、散歩に連れて行って貰えなかった子犬のように見えた。もしも彼女に犬の耳があったなら、ぺたりと垂れ下がっていたことだろう。
そんなにあからさまにしょんぼりされると、ボクもさすがに罪悪感が湧いてきてしまった。
「え、えっと、分かりました。あの、ちょっとだけ……なら」
「え!?来てくれるの!?」
「ま、まあ……はい」
「やったーーー!やっぱりさっぽんは、優ぴだね!」
さっきまでとは打って変わり、彼女はキラキラと眼を輝かせて、ボクへぎゅーっ!と抱きついてきた。
彼女に尻尾があったなら、きっとバタバタと元気に振っていたと思う。
「は、ははは……」
ボクは固い笑顔を浮かべながら、金森さんのあたたかい体温を感じていた。