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33.優ぴだね


……午前1時過ぎ頃。


ボクは真っ暗な天井をぼんやりと見つめながら、ベッドに横たわっていた。


もういい加減眠らなきゃいけないのに、頭が冴え渡って睡魔すら来ない。


(……ああ、もう、本当にボクは……最悪だ)


今日は、白坂くんに随分迷惑をかけてしまった。授業中なのに、ずっとボクに付きっきりにさせてしまって……。しかもそのせいで、先生から怒られてしまっていた。



『具合の悪い黒影が保健室にいるのは仕方ない。だが白坂、お前が保健室にずっといるのは違うだろう』


『すみません鬼塚先生、どうしても彼女が心配で……』


『真面目なお前のことだから、きっと本当に心配なんだろうと思うが、端から見れば授業をサボってたと勘繰られても反論できない。そうだろう?』


『………………』


『次からは、他の先生に頼むなりして、きちんと戻ってくるように』


『……はい、すみませんでした』



白坂くんがそう言って先生に頭を下げている場面を見ている間、ボクはずっと胸がズキズキと痛んでいた。


(ボクなんかのせいで、授業も棒に振って、先生からも怒られて……。ほんとボクって、人に迷惑をかけてばっかりだ)


仰向けだった身体を横にして、小さく踞る。


「………………」


ボクが白坂くんに事の顛末を話したのは、放課後の帰り道だった。


バス停までの道のりを一緒に歩いてもらって、その間に金森さんに対してボクがどんな感情を抱いているのか、かいつまんで話した。


もちろん、ボクが白坂くんのことを好きなのは伏せて、金森さんが明るくていい人だから、そこに嫉妬してしまうという言い方をした。


『嫉妬……か。なるほど、そういうことだったんだね』


白坂くんは少しだけはにかみながら、ボクにこう言ってくれた。


『黒影さんは、優しいね』


『え?』


『だって、ちゃんと自分が金森さんに嫉妬してること、自覚してるから。なかなかできないと思うんだ、そういう感情を受け入れることって。それは、黒影さんが優しいからできることなんじゃないかな』


『そんな……ただボクは、嫉妬して、人を恨んで、情けないだけだよ。優しくなんか……』


『そんなことないよ。普通の人だったら、もっとうやむやにすると思うよ?自分の怒りや憎しみを正当化しようとして、相手の嫌なところばかりを見る。たぶん、そこで止まる人が多いんじゃないかな』


『………………』


『だけど黒影さんはさらに、もう一歩踏み込んだ。自分は意図的に金森さんを悪く見ようとしてると、そう深掘りした。自分を無理やり正当化せず、金森さんは悪くない、悪いのは自分だって考え直せるのは、凄く優しいなと僕は思う』


『……そう、なのかな』


『うん』


『……ごめんなさい、ボク、まだイマイチよく分かってないけど、でも、あの……優しいって言ってくれて、ありがとう』


『ううん、いいんだ。僕が思ったことをそのまま言っただけだから』


『今日は、あの、本当にごめんなさい。保健室で付き添わせちゃったり、先生に……怒られちゃったり』


『ははは、いいよいいよ。気にしないで。僕が好きでやったことだし。少しでも黒影さんのためになれたのなら、何も後悔はないよ』



「………………」


布団の中にもぞもぞと潜り込んで、身体を縮ませた。


ああ、やっぱりボクは、白坂くんが好き。


あんなにボクのことを肯定してくれる人、今まで会ったことない。


迷惑をかけてごめんなさいという気持ちと、本当に堪らなく好きですという想いが、胸いっぱいに湧いてくる。


白坂くん、好き。


好き、好き……。


「………………」


白坂くんの声を思い出すと、なんだか穏やかで、気分が落ち着ける。


彼のことを想いながら、ボクはようやく……張り詰めていた心を解して、眠ることができたのだった。










……午前8時10分。ボクは、学校の正門前に到着していた。


いつものように下駄箱で靴を履き替えて、いつものように自分の教室へと向かう。


「やっほー!さっぽん!」


そして、これまたいつものように、金森さんがボクへ話しかけて来た。


「ど、どうも金森さん、おはよう、ございます」


「……むむっ!さっぽん、今日はなんか、昨日より元気だね!」


「え?そ、そうですか?」


「うん!」


「……まあでも確かに、昨日よりかは、気持ちも落ち着いてると思います」


「そっかー!それならよかったね!」


「……はい」


金森さんの眩しい笑顔に連られて、ボクもぎこちなく笑った。


ボクは未だに、彼女へ嫉妬している。でもそのことを自覚すると、なんだか感情を俯瞰して見れる感じがして、あまり取り乱さなくなった。


きっとそれは、白坂くんがそのことを、肯定してくれたから。


彼はボクのことを優しいと言うけれど、一番優しいのは、そうしてボクを助けてくれる彼自身だと思う。


「ねーねーさっぽん!今日さー、

放課後にストバ行かなーい?」


「え?ス、ストバ?」


「うん!一緒にフラペチーノ飲もーよー!」


「で、でも、ボクそんなお洒落なお店、行ったことないですし……ボクなんか、場違いじゃないかって……」


「えー?場違いってなーにー?」


「えっと、つまりその……ボクにはストバは似合わないって、そう思ってるってことです」


「うーん?ごめーん!なんかよく分かんないやー!ストバって似合う似合わないとかあるのー?」


「そ、それはまあ……」


「じゃあ、さっぽん……今日は来れない?あーし、さっぽんとお喋りしたかったなあ……」


金森さんは眉をひそめて、しゅんと項垂れていた。


それはまるで、散歩に連れて行って貰えなかった子犬のように見えた。もしも彼女に犬の耳があったなら、ぺたりと垂れ下がっていたことだろう。


そんなにあからさまにしょんぼりされると、ボクもさすがに罪悪感が湧いてきてしまった。


「え、えっと、分かりました。あの、ちょっとだけ……なら」


「え!?来てくれるの!?」


「ま、まあ……はい」


「やったーーー!やっぱりさっぽんは、優ぴだね!」


さっきまでとは打って変わり、彼女はキラキラと眼を輝かせて、ボクへぎゅーっ!と抱きついてきた。


彼女に尻尾があったなら、きっとバタバタと元気に振っていたと思う。


「は、ははは……」


ボクは固い笑顔を浮かべながら、金森さんのあたたかい体温を感じていた。





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