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34.答えが出ない(西川 凛 視点)



……意外、というと失礼かも知れない。


だけど、この二人が仲良くなるのは、正直全く予想していなかった。


「ねーねー!さっぽん観てー!TikTukで面白い動画あってさー!」


「え?ど、どれですか……?」


千夏が黒影さんに肩を寄せて、自分のスマホの画面を見せていた。黒影さんはおどおどしながらも、千夏から見せられている動画を眺めていた。


放課後の、16時半頃。私、西川 凛は、この二人とともにファミレスへとやって来ていた。


各人の前にはそれぞれ飲み物が置いてあって、私はグレープフルーツジュース、千夏はメロンソーダ、そして黒影さんは麦茶だった。


私はたまに千夏とファミレスへ来ることがあるけど、黒影さんを交えて来るのは今日が初めてだった。


「きゃはははは!これマジおもしろーい!」


千夏にはその動画がよほど面白いらしく、ケタケタと声を上げて笑っていた。黒影さんの方も、千夏ほどではなかったけど、「ふふっ……」と小さな笑みを浮かべていた。


「ちょっと千夏、お店の中なんだから、静かにしなよ」


「えー?いいじゃん別にー!あーしらの他にはお客さんいないんだし」


「そういう問題じゃないの。店員さんに迷惑なんだから、はしたなく笑うのは止めて」


「もー!ほんとママみたいなんだからー!」


千夏は膨れっ面になりながら、唇をつんっと尖らせた。


私は黒影さんの方に眼を向けて、「ごめんね」と告げた。


「千夏ってば、昔っからほんと落ち着きなくて。黒影さんも、嫌な時は嫌だって言っていいからね」


「は、はい……」


「え!?さっぽん、もしかしてあーしに嫌なことあったー!?」


「あ、い、いや、そういうことじゃないんですけど……」


「ほら千夏、そうやって黒影さんを追い詰めないの」


本当に、見れば見るほど正反対な二人だった。


耳がキンッ!と痛むほど声を張り上げる千夏に、ぼそぼそと小さく呟く黒影さん。普通にしてたら、絶対交わることのない二人だと思う。


唯一の共通点は……二人とも、密かに白坂くんが好きだというところだけど、まさかそこで仲良くなるとは思えない。


(一体、どうやって仲良くなったんだろう?)


そんな好奇心が沸き上がるのは、私にとって自然なことだった。


「ねえ、黒影さん。ちょっと訊いてもいい?」


「は、はい」


「黒影さんと千夏って、こう……いつの間に仲良くなったの?」


「え、えっと、その……何て言うか、いろいろありまして」


黒影さんは千夏との経緯を、かいつまんで教えてくれた。


「……へえ、じゃあ千夏がお金を貸したのがきっかけで、話すようになったんだね」


「はい。それ以来、千夏さんからよく誘われるようになって……」


「最近は、さっぽんと二人でストバ行ったりもしたよー!」


「え?そうだったの?」


「うん!ねーさっぽん!」


「は、はい」


「………………」


これは、なかなか珍しい状況じゃなかろうか。


実は千夏は、あまり深く交遊関係を築くことが少ない。もちろん、明るくて人気者の彼女は、いろんなところで大勢の友だちがいる。でも、それはすべて広く浅くの関係でしかない。


二人きりでご飯を食べに行ったりするのは、私の他にはあまり見たことがなかった。


そんな千夏が、黒影さんと二人きりで……。うーん、ますます意外だなあ。


(黒影さんの方はともかく、千夏の方は明らかに黒影さんへ心を開いてる感じする。これからどうなるのかな?この二人)


なんとも他人事のような気持ちで、私は二人をぼんやりと眺めていた。





「……え、えっと、それじゃあ、失礼します」


18時が門限だと言う黒影さんは、17時を少し過ぎた辺りで、解散することになった。


「うん!さっぽんじゃあねー!」


「またね黒影さん」


千夏と私に手を振られて、黒影さんはペコペコと何度も頭を下げていた。


そして、肩を縮こませながら、一人ファミレスを出ていくのだった。


「なんか、だんだんお客さんも増えてきたねー」


千夏は両手でメロンソーダを掴み、ストローをちゅっと吸いながら、ファミレスの中を見渡していた。


「あ、ねえねえ凛、11月の修学旅行の班って、もうどこに入るか決まった?」


「いや、まだ決まってないけど」


「ほんと!?じゃ、あーしと班組まない?」


「ああ、うん。いいよ」


「やったー!あんがと凛!」


「千夏も気が早いねー、まだ2ヶ月も先のことなのに」


「いやー!だって修学旅行だよー!?楽しみじゃーん!」


「まあ、そりゃね」


「あっ、そうだ!さっぽんも誘ってみよーかな!」


「黒影さんも?」


「うん!凛はいい?」


「まあ、私は全然。黒影さんがどうかは分からないけど」


「明日訊いて見よー!楽しみー!ワクワク!」


「………………」


「ん?どーかした?凛」


「いや、んー、こんなこと言うのもあれだけど、なんで千夏って、黒影さんのことやたら気に入ってるの?」


「えー?気に入ってるも何も、フツーに友だちじゃん?」


「友だちなんて、それこそあんたたくさんいるでしょ?でも、なんか黒影さんには随分親しいなと思って。二人きりでストバに行くとか、あんたあんまりないのにさ」


「あー、そういえばそーかなー?あーし、みんなと一緒にいる方が好きだし、あんまマンツーマンで会わないかも?」


「でしょ?だから珍しいなと思って」


「んー、なんて言うのかなー」


ズズズッと音を立てて、千夏はメロンソーダを全て飲み干した。


「安心するんだよね、さっぽんは」


「安心?」


「うん、安心。なんかこう、一緒にいててそわそわしない」


「………………」


「凛もそーなんだよね。一緒にいて安心する」


「私も?」


「うん!だから修学旅行は、その二人と一緒がいいなーって!」


千夏は、ニカッというオノマトペが聞こえてきそうなほどに、口角を上げて笑った。


……確かに千夏は、人気者ゆえのトラブルも多かった。


千夏には全然その気がないのに、いつの間にか友だちの彼氏を惚れさせちゃって、それがいつも火種になっていた。


そんな彼女の心境を鑑みると、一緒にいて安心できる人と居たがるのは……自然なことなのかも知れない。


「……だから」


「うん?」


「………………」


「?なーに凛?どーかした?」


「……ううん、何も」


私はそう言って、頬杖をつきながらそっぽを向いた。


──だから白坂くんが好きなの?と、そう口走りそうになったのを、無理やり喉の奥に押し込んだ。


今までの経験から考えたら、これは間違いなく、火種になる。


黒影さんが白坂くんのことを好きなのは、傍目に見てもよく分かる。


そして今回は、なんと千夏の方も白坂くんに気がある。そうなったら、今まで以上の修羅場が展開される恐れもある。


「………………」


合理的に考えるなら、二人は仲良くならない方がいい。


恋敵になる二人なんだから、まだ傷が浅い内に、離ればなれになるべきなんじゃないか。


仲違いするべきなんじゃないか。


こんなこと考える私は、冷徹で情のない人間なのかも知れない。でも、二人のことを考えるなら……。


「………………」


私は結局、何も答えを出すことができなかった。


ぐるぐると同じ考えが行ったり来たりするばかりで、何一つまとめられなかった。


「えーと、ミートソーススパゲッティがひとつとー」


「ねーママー!ぼくハンバーグがいーいー!」


「お冷やお持ちいたしますねー」


ガヤガヤとファミレスならではの喧騒が、周りから聞こえてくる。


私はそのざわつきを、朧気な頭でぼんやりと聞いていた。







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