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第12話 『妄想劇場』開幕と天罰?

「では、ボクらの『しろ×クロちゃんねる』で1番の人気企画『妄想劇場』を開始します!」


:8888

:待ってました!

:ましろん、はよ始めて!


 おぅ、コメント欄が予想通り盛り上がっている。それはそうか。アタシたちのチャンネルのヘビーリスナーにとって1番の人気企画なんだから。アタシたちが『しろ×クロちゃんねる』を開設してから色々な企画をやってきた中で、1番リスナーの食いつきが良かったのが、この企画だ。今のリスナーだけではなく、新しいリスナーにも喜んでもらえる企画だという自信がある。


「みなさんは知っていると思うけど、改めて『妄想劇場』について説明しますね。センパイ、よろしく!」


「OK。この企画はアタシたちがリスナーちゃんたちの妄想を形作る企画だ! アタシたちが用意したテーマに合ったシチュエーションをリスナーちゃんたちに用意してもらう。その中からアタシたちに選ばれたシチュエーションをラジオドラマ風に演じるぞ」


「センパイ、ありがとう! テーマ募集については事前にチュイッターに流してます。シチュエーションの内容はモチモチで募集しましたら、たくさんの応募が来ていました。みなさん、ありがとう!」


「たくさんの応募があって選ぶのが難しかったけど、アタシのリスナーちゃんとましろのリスナーからの応募シチュエーションからそれぞれ1つ選ばせてもらったよ」


:わくわく!

:ましろん、俺の選んでくれ!

:選ばれないと俺が死んじゃう


 安心しろ。お前たちが送ってきたエロいシチュエーションは絶対にやらないから。モチモチに送られて来た希望シチュエーションは、ほとんどがチューチューブのセンシティブ判定に引っかかりそうものばかりだった。

    特に、ましろのリスナーは、AV企画募集と勘違いしている奴ばかりで。

    例えば、ましろをメイドとして雇っていやらしい奉仕をさせたり、ましろがSっ気のある女教師又は女上司にしてM男を攻めるなどのシチュエーションが大量に送られてきた。コイツらにチューチューブのセンシティブ判定の厳しさを理解してないのかと呆れてしまう。


 いくら、表現の自由という言葉で正当化しても何でも許されるわけじゃない。配信者にとって配信先のプラットフォームのルールが絶対。  


 アタシたちは、チューチューブの機嫌を損ねた瞬間に配信者として権利を剝奪されてしまう。

 誰が言っていた。配信者は自分の好きなことを配信するだけで簡単にお金が稼げる楽な仕事だと。バイト先で聞いたのか、ネットのつぶやきで見たのか、もう覚えてない。

    だけど、世間の認識ではそう思われているらしい。

 アタシが偉そうに言える立場じゃないのはわかっている。それでも言えることはある。配信者ほど難しい仕事はないと。確かにリアルの仕事のように職場の面倒くさい人間関係、会社のしがらみのようなマイナス部分はない。その代わり自分たちを誰も守ってくれる存在はない。失敗しても何の保証もない。大きな配信者事務所に所属している配信者は、その心配は少ないかもしれない。それでも大きな事務所のバックアップがある分、問題を起こしてしまった時の対処が大変だというウワサも耳にする。


 だから、アタシたちみたいなフリーの配信者はプラットフォームであるチューチューブのセンシティブ判定に引っ掛かたら、配信活動が出来なくなる。チューチューブのルールに違反しないチャンネルや動画作りを意識しないといけない。動画内容がBANされないギリギリのラインは慎重に見極めないといけない。


 ただ、チューチューブのご機嫌ばかりに気を取られて、リスナーの要望を無視してもチャンネル登録者数や再生数は稼げない。


 これが難しい。どっちか片方だけ融通しても上手くいかない。決められたルールの中で、どれだけファンを増やせるか。アタシは改めて配信者とは難しい職業だと思う。

 大変なことは山のようにあるけど、リスナーちゃんたちから「配信で元気をもらったよ!」、「2人を応援し続けるよ!」というコメントにアタシたちは救われている。みんなのために面白い配信にしてやるぞ!


「今回のテーマは学校での告白です。先輩から告白、後輩からの告白、先生との禁断の恋など、色々なシチュエーションがあるよね」


「あぁ、そうだな」


「では、早速企画に入るよ! まずはボクが選んだシチュエーションから始めるね。センパイ、準備はできてる?」


「おぅ、アタシはOKだ」


「OK、じゃあ行くよ!」


 ましろが手をパチンと叩くと、アタシとましろは演技モードへと切り替わる。


「クロナ先生!」と病院のナース役のましろに声をかけられる。


「ましろさん? どうしました?」と医者役のアタシが答える。


「ちょっと、調子が悪くて。私の診断をしてくれませんか?」


「かまわないよ。どこが悪いのかな?」


「その……胸が苦しくて」


「なるほど。その症状はいつ頃出ますか?」


「クロナ先生と二人っきりの時に……」


「え?」


「クロナ先生。私、先生のことが……」


「ましろさん……」


「はい、カット! みなさん、いかがでしたか? お医者さんとナースの恋のシチュエーションでした」


:ましろんナース、可愛い!

:俺も看護して欲しい

:今日から、この病院に入院します!


 ましろの奴、自分のリスナーの癖に刺さるシチュエーションを選びやがったな。ましろにナース役をやらせて医者になった自分が告白されているシチュエーションを妄想してニヤニヤしているんだろな。

 おい、ましろ。お前も「こんなことで喜んでいるの? 気持ちわる」って顔に出すなよ。確かにキモい反応だけど、アタシたちにとって大切なお客様なんだから。


:クロ様のお医者様、いい!

:私も診察して欲しい

:私も入院したい!


 あれ? アタシのリスナーちゃんにも刺さっている? アタシの医者役なんて、ましろの告白されただけなのに。何が良かったのかな?

 アタシはリスナーちゃんの反応に疑問を浮かべていると、ましろが「センパイ、わかってないな」と呆れ顔でこっちを見ている気がする。


「じゃあ、次はアタシが選んだシチュエーションをやるぞ! ましろ、準備は出来ているか?」


「センパイ、OKだよ!」


「じゃあ、行くぞ!」


 今度はアタシが手を叩いて合図を送ると、アタシたちは演技モードへと切り替える。


「ましろさん」


「クロナさん、お疲れ様です」


「もう辞めるんだって?」


「えぇ。お世話になりました」


「そっか。お疲れさん」


「次の仕事決まっているの?」


「いえ、まだ決まっていないです」


「だったら、俺の奥さんに転職しないか!?」


「はぁ、笑えない冗談ですよ」


「俺はマジだよ」


:クロ様!

:こんな上司が職場にいたら、文句なし!

:この会社に転職したい!


 いや、そうかな? 結構痛い奴だよな。ましろがリスナーちゃんが喜ぶから絶対にこのシチュエーションでやれって言うから選んだけど、意外と反応がいいな。ダメだよ、リスナーちゃん。こんな痛い男に引っかかったら。こんなダメ男なんてゴロゴロいるんだぞ。


「みなさん、モチモチに送ってくれたシチュエーションは二つ演じさせてもらいました。センパイ、やってみてどうだった?」


「そうだな。みんながリクエストに全力で答えたつもりだけど、大丈夫だったか心配だな」


:クロちゃん、真面目か!

:もしや、偽物では?

:ましろん、クロちゃんがいないよ?


「誰が偽物だ! アタシは本物だよ!」


:クロ様、ご心配しないでください。

:私たちのリクエスト以上の仕上がりでした!

:思い出しただけでニヤニヤが……。


「センパイは心配性だな。ほら、みなさん喜んでくれてるよ」


「そうだな。リスナーちゃん、ありがとう」


:クロ様!

:クロ様にお礼を言われてしまった!

:こちらこそ、神ボイスありがとうございます!


「そういえば、センパイ」


「なんだ?」


「今回もモチモチに色々なシチュエーションが送られてきたけど、センパイはどんなシチュエーションが好き?」


「アタシか? そうだな……同級生からの告白かな」


「センパイ、ベタ過ぎるよ」


「ベタで悪かったな! ましろはどんなシチュエーションが良いんだ?」


「ボク? そうだね。ボクは好きな先輩への告白かな」


「へぇ~、そうなんだ。お前だってベタじゃん!」


:ましろちゃん! それって!

:まさかだよね!?

:そういう意味だよね!?


 あれ? ましろに仕返しをしたつもりが、コメント欄の反応がアタシの思い描いていたのと違う。


「うん? リスナーちゃん? なぁ、ましろ、なんかリスナーちゃんが慌てているけどなんだろ?」


「……さぁね。センパイは本当に、にぶいんだから」


「ましろ、なんか言ったか?」


「もう知らない!」


 なんで、ましろがキレているの?

 アタシ、なんかマズいことで言ったか?


:クロちゃん、ないわ

:ましろん、可哀想

:@ハイエナ 鈍感クロナ 鈍クロのイラスト化決定だな


 ハイエナさんまで!? なんか知らないけど、アタシが勝手に鈍感キャラにされている?

 アタシ、何か悪いことしたか?

 アタシは自分の何が悪かったのか、理解できずに配信が終わった。


「おい、ましろ」


「何?」


「なんでキレてるんだよ?」


「そんなことも分からないセンパイに天罰が下るかもね」


 ましろは一瞬、冷たい目でアタシを見つめて、少しだけ口元を歪ませる。

 すぐに無邪気な子供みたいな柔らかな表情に戻って、アタシは一安心した。怒ってないみたいだ。

 じゃあ、大丈夫だな。

 アタシも、ましろにつられて笑ってしまった。ましろがそんな風に言うのは、よくあることだ。ましろの言葉に深く意味はない。

 でも、ましろの目がちょっと違った気がした。ましろの「天罰」が現実になるわけがない。アタシはその”前触れ”だとは、まったく気づいてなかった。

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