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第13話 しろ×クロちゃんねる……BANされたってよ

「う~ん……今、何時だ?」


 目が覚めたアタシは、枕元にあるガラホを手に取って時間を確かめる。

 七時か。いつもの時間に起きちゃったみたいだ。今日はバイトが休みだから、いつよりゆっくり起きようと思っていたのに。

 まぁ、いいか。二度寝しようかと思ったけど、もう目が冴えちゃった。


「起きるか」


 観念したアタシはベッドから出ると、顔を洗うために洗面台へと向かう。

 洗面台の鏡には男か女か一瞬で判断できない中世的な顔が映っている。

  アタシってイケてるよな? 顔だけなら、その辺にいるホストよりかっこいい。もしかしたら、今をときめくイケメン俳優に負けていないかもしれない。

 アタシも、まだまだいけるんじゃないかな。そんな根拠のない自信が出るけど、男にはモテないという現実を思い出して、どっと疲れた。

 バイト帰りに繁華街を通る時があるけど、夜の世界のお姉さんやこれから出勤予定のお姉さんに「お兄さん、かっこいいから一緒に飲もうよ」と声をかけられることが多い。夜の仕事の男に声をかけられたと思ったら「お兄さん、ホスト興味ない!?」という勧誘ばかり。


 何度もホストに転職しようかという誘惑に負けたこともある。だけど、アタシは人前で少女マンガに登場する王子様キャラが口にするクサいセリフが言えない。

 言おうと思ってもキザなセリフを言っている自分を想像するだけで寒気がする。それにアタシはリスナーちゃんにだけモテていたら、今は幸せだ。

 アタシには、夜の世界が好きなお姉さんたちを満足させるトークスキルはない。


 今のバイトも給料が良いわけじゃない。ただコミュ障のアタシにとって働きやすいという理由で働いているだけ。本当なら、もっと給料が良くてやりがいのある仕事をしたい。

 早く配信者だけで食べていけるようになりたい。


「早くバイト辞めたい」 


 本音が出た瞬間、鏡には三十路手前のアタシが現れる。やば、自分で地雷を踏んじゃった。タメ息まで出ちゃうよ。幸せがまた逃げちゃうな。


「アタシの幸せは……いつ来るのかな?」


 ダメだ、ダメだ。朝からネガティブな気持ちになっちゃ! 折角の休みが台無しになる。アタシは自分に気合いを入れ直すように寝起きの顔に張り付いたネガティブな気持ちを洗い流すため顔に水をかける。


 顔を洗い終わったアタシは歯ブラシを咥えながら、洗濯機を回す。

 やっぱり家事は朝一にやるに限る。アタシは、やらなきゃいけないことを後回しにすることが嫌いだ。

 出来ることは、すぐにやってスッキリしちゃいたい。

 バイトの休みの日は、午前中に溜まっている家事を片付けてしまう。

 午前中は自分の部屋とリビングの掃除機がけ、トイレ掃除、洗濯と山のような家事がアタシを待っている。本当は、ましろにも家事をやって欲しいと思うときも正直ある。だけど、ましろと同居する時の約束が”家事全般はアタシがやる”。これを守れないなら、アタシはこの部屋にいることが出来ない。

 今すぐ、1人暮らし出来る程アタシには貯金がない。

 1人暮らしするための家賃や敷金などが貯まったら、この部屋を出るつもりだ。ずっと後輩のましろに厄介になるのは悪いからな。

 そんな実現の目処が見えない未来予想図を思い描きながら、アタシはドラム式洗濯機が回っているのを見ている。


 ましろが買ってくれた最新の高級ドラム式洗濯機は使いやすい。

 家電オンチのアタシたちは何を買ったら良いか分からなかったから、家電量販店の店員さんに相談したら、この洗濯機をオススメされた。

 機能は申し分がないけど、値段が予算オーバーをしていた。

 ましろが「センパイは、これがいいの?」と訊ねる。アタシが黙って頷くと、ましろは「これにする」と即決で買ってくれた。

 やっぱ、アイツは凄いな。

 洗濯機が洗濯物を洗っている時って、どうしてこんなにも見たくなるのかな? いつも同じように洗濯物を洗っているだけなのに。

 たまに、無性に見たくなる日がある。たまたま今日がその日なのかな?


 アタシはぼんやりとドラム式洗濯機を眺めていたが、洗濯槽の中で回る見覚えのある下着に気づいた。

 あ、ましろの下着だ。前に、ましろが「ボクとセンパイの服は別々に洗ってね! 特に下着は一緒にしないでね」と注意されていたことを思い出す。


「やばい、忘れてた。まぁ、いいか」


 どうせ洗えばバレないだろう。それに、下着を一緒に洗いたくないなんて、思春期の娘かよ。

 そんなにアタシの下着と一緒に洗いたくないなら、お前が洗濯しろって言いたい。しょせん、洗濯物なんて結局洗うものだ。まとめて洗った方が水道代の節約になる。


 そう自分に言い聞かせて、アタシは洗濯槽を見続ける。アイツ、男のクセにアタシと同じユニセックスの下着を穿いてやがる。

 家主様である、ましろの趣味をいちいち口出すをする権利はアタシにはないけど、下着くらいメンズ用を穿いて欲しいかな。


 いや、アイツがメンズのトランクスを穿いている方が違和感あるな。あの可愛い顔で下着が男用のトランクスやブリーフだったら、やばいかも。

 ましろの奴、プライベートでもミニスカートやワンピースを着て出かけている。これで似合わなかったら、強めに止めるように言えるけど、アイツがめっちゃ似合っているだよな。


「まぁ、似合っているって言ったらアイツは嫌なのかもしれないな」


 アタシは回る洗濯物を見ながら、誰にも聞こえない独り言を呟く。


「センパイ、おはよう」


「ましろ、おはようじゃないだろ? 何時だと思っているんだ?」


「今、何時?」


「もう12時だろ!」


「センパイ、見て! 今日はちゃんとお昼前に起きたよ! えらくない?」


「偉くないだろ! まて、お前、アタシがバイトに行っている時は、もっと遅く起きるのか?」


「そ、そんなことないよ……」


「ましろ!」


「15時に起きることあったような……」


「15時! おやつの時間じゃないか!」


「そうだね、センパイ! お腹空いた~!」


「話を逸らすな~!」


「お腹空いた~!」


 ましろはミルクを催促する子ネコのようにギャンギャン叫ぶ。

 あぁ、うるさいな! しょうがないな。アタシは観念して、ましろにご飯を作ってやることにした。

 この部屋では立場の弱いアタシは、このわがまま家主ましろに勝てない。


「わかったよ。何が食べたい?」


「う~ん? ホットケーキ!」


「おやつか」


「さっき、センパイがおやつの話をするから」


 アタシが悪いのかよ。まぁ、ホットケーキは悪くない。ちょうど、ホットケーキミックスもあるし、簡単で美味しいおやつだ。


「よし、美味しいホットケーキを作ってやるよ!」


「やったー!」


 アタシは台所に立つと、ホットケーキの準備を始める。

 ホットケーキの完成を待つましろはリビングのソファでスマホ片手にゴロゴロしている。


「あれ?」


「ましろ、どうした?」


「センパイ、これ見てよ!」


「え?」


 アタシは、ましろが差し出すスマホの画面に目を向ける。

 そこには「大変、ましろん! しろ×クロちゃんねるの配信動画がチューチューブからBANされている!」という、ましろのファンからチュイッターへの投稿だった。


「は? ちょ、待って、なんだこれ?」


 アタシは、画面をスクロールしながら何度も見返す。

 アタシたちの配信が、チューチューブからBANされてる!?


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