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第14話 黒焦げのホットケーキと不安なアタシ

    ましろのスマホ画面をのぞき込んだ瞬間、アタシは目を疑った。

 アタシたちの配信動画がチューチューブでBANされるなんて。このチャンネルを立ち上げて1年経つけど、今までチューチューブの規約に引っかかったことはない。そのおかげでチャンネル登録者は10万人を突破し、収益化も達成した。

 配信者としてチューチューブに認められていると信じていたのに。いきなり、「あなたの動画は当社の規定に違反しています!」なんて言われてもアタシの理解が追い付けない。


    どうしよう。動画だけじゃなくてチャンネルまでBANされて、収益化まで剥奪なんてされちゃったら。

 アタシの頭の中で、これから起こるかもしれない最悪のケースが連想ゲームのように次々と頭を過ってしまう。


「落ち着いて、センパイ。まずは事実を確認しよう」


 連想ゲームの沼にハマっているアタシをましろが救い上げてくれた。チューチューブから配信動画にケチをつけられて取り乱しているアタシの肩に手を添えて擦ってくれた。


「心配しなくて大丈夫だよ」


 いつもなら、ヘラヘラ笑って冗談を言いそうなましろが、今は真剣な顔をしている。

 まるでアタシがパニックになることを見越していたみたいに、冷静に支えてくれる。さらに大人の余裕を備えているようにアタシには見えた。今まで子供だとバカにしていたましろに諭されると、しゃくに障る。

 普段の何気ない一コマなら、そう感じる。アタシがテンパっている時に冷静に引っ張って行こうとするましろが頼もしく見える。


「ありがとう、ましろ」


「ボクのファンのツイートだけど、勘違いかもしれないよ。まずはチャンネルにチューチューブの運営から連絡来てないか確認しよう」


「そうだな」


 ましろがパソコンを立ち上げて、『しろ×クロちゃんねる』のチャンネルページを開く。

 通知を知らせるベルマークに1の表示が点滅しているのが見えた。

 アタシは一瞬、目を疑った。


「……マジで来てる」


 クリックすると、そこには 『配信動画の規約違反による削除のお知らせ』 の文字。

 アタシの胃が奥の方でキリキリと痛み始める。


***


件名:配信動画の規約違反による削除のお知らせ


しろ×ちゃんねる様


いつもチューチューブをご利用いただき、誠にありがとうございます。


このたび、お客様が配信された動画『第10回妄想劇場』 について、当社のコミュニティガイドラインに違反する内容が含まれていると判断し、動画の削除を依頼致します。


違反内容:

・フィクションであることが明確でない、または誤解を招く恐れのある表現

・一部の視聴者に不快感を与える可能性のある内容

・ガイドラインで禁止されているテーマの取り扱い


本件に関し、詳細なガイドラインはこちらをご確認ください。

今後、同様の違反が繰り返された場合、アカウントの利用制限や停止の措置を取る可能性がございますので、ご注意ください。


本件について異議申し立てを行う場合は、チューチューブのヘルプセンターより申請してください。

引き続き、皆様が安心して楽しめる配信環境作りにご協力をお願いいたします。


チューチューブ運営チーム


***


「マジかよ」


 ましろのファンからのツイート文はウソじゃなかった。アタシたちの配信動画がチューチューブの運営から目をつけられている。さっきまで、ましろのファンの勘違いかもしれない。事実じゃない可能性もあると、自分に言い聞かせてきた。

 だけど、これは紛れもない事実。アタシたちの配信動画がチューチューブの運営に睨まれている。

 その重みが一気に押し寄せてくる。

 まるでアタシたちの活動そのものを否定されたみたいだった。


「センパイ、大丈夫だよ。今回の配信は、たまたまチューチューブくんのセンシティブ判定に引っかかっただけだから。」


「そうなのか?」


「そうだよ。それに、まだ動画削除依頼だから。残念だけど、『第10回妄想劇場』の配信動画は削除しよう」


「削除か……」


 チューチューブのプラットフォームで活動し続ける限り、運営の言葉は絶対だ。動画を削除しろと言われたら従うしかない。

 動画リストにある今回の動画を削除するだけ。削除ボタンを押しておしまい。手間の少ない簡単な作業だ。

 でも、その数秒で終わる作業のせいで、アタシたちは大きなものを失うことになる。

 リスナーちゃんと共有したあの時間が消えてしまう。配信動画はアタシとましろにとっては、ただの収益を稼ぐための動画じゃない。

 リスナーちゃんとの思い出。そう、アルバムだ。

 あの時、こんなことで盛り上がったな。リスナーちゃんたちと、楽しい時間を過ごせたな。そんな思い出を残す大切なアルバムなんだ。

 それを簡単に消していいわけじゃない。


「センパイ、大丈夫だよ。今回の動画はリストから消えちゃうけど、ボクたちとリスナーさんの思い出は消えないよ」


「ましろ……」


 ましろはアタシの気持ちを読み取ったように、不安で押しつぶされそうになっているアタシの背中を擦ってくれた。


「大丈夫だよ。最近、チューチューブの審査AIが調子悪いってウワサだから、たまたまボクらの動画がセンシティブだって勘違いしちゃったんだよ」


「そうかもな」


「あ、そうだ! リスナーさんも心配してるだろうし、ボクがお詫びと今後の活動についてツイートしておくよ」


「ありがとう、ましろ」


「すぐに終わらせるから。センパイ、おいしいホットケーキ焼いておいてね」


 ましろは、子供のような無邪気な表情でパソコンを立ち上げる。

 パソコンが起動すると、あどけない表情からキリッとした顔に変わってブラインドタッチで文章を打ち始める。

 謝罪文の内容など迷いなく、入力しているましろの姿に出来る男という雰囲気を感じてしまった。


 よし、アタシも頑張るぞ。アイツのために、美味しいホットケーキを作らなくちゃ。アタシはキッチンでホットケーキを焼き始める。

 ましろが言うように問題はない。アタシたちの活動は間違っていない。 

    頭で理解しようと思うけど、心は正直だ。もしかしたら、今回の配信だけじゃなくて、他の動画も規約違反になっていたんじゃないか。このまま全ての動画が削除されて、チャンネルの収益化も剥奪されるんじゃないか。


 たくさんの不安が一気に押し寄せ、アタシの心が押しつぶされそうになる。

 その瞬間……。


「センパイ、焦げてるよ!」


「え!? うわぁ!」


 ハッとしてフライパンを見た。

 黒い煙、焦げ臭い匂い。

 あまりにも真っ黒なそれは、まるで アタシの不安が形になったみたいだった。


「やばっ!」


 アタシは慌ててIHコンロの電源を落とす。やっちゃった。アタシの目の前に真っ黒焦げになったホットケーキがあった。


「センパイ、大丈夫!?」


「あぁ、大丈夫だ。悪い、ましろ」


「よかった、センパイが何でもなくて」


 アタシに何事もないと分かると、ましろはホッとしたと言うような笑みをアタシに見せる。

 何よりもアタシのことを心配してくれたましろの優しさが嬉しかった。

 アタシの不安が形となってしまった黒焦げのホットケーキを笑いながら、2人で食べた。

 苦い。メープルシロップをかけて苦味を誤魔化そうとしても消えない。


 まるで、焦げたホットケーキの苦さが、アタシの不安をそのまま映し出しているようだ。

その苦味をかみしめながら、アタシは静かにホットケーキを口に運ぶ。


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