チューチューブからの規約違反動画の削除依頼が来てから、すぐにアタシたちは『第10回妄想劇場』の配信動画を削除した。
ましろは「これでチューチューブから目をつけられることはないから大丈夫」とアタシを安心させる言葉をくれた。
アイツの優しさと裏腹にアタシは心配だった。あれからアタシのお気に入りの配信者のチャンネルに異変があった。
アタシたちと同じようにリスナーから募集した妄想を声劇形式で配信していたそのチャンネルは、特に規約違反を犯していたわけでもないのに、突如BANされた。次々に動画が姿を消して、ついにチャンネルの収益化マークが剥奪されていた。
そして、翌日にはチャンネル自体も消えていた。
この配信者も目をつけられて収益化を奪われた。アタシたちも違反動画を消しただけで大丈夫だったのか? そんな不安がアタシの頭から消えない日々が続いた。
そして、アタシの不安は現実になった。規約違反動画を削除したのに『しろ×クロちゃんねる』への改善依頼が止まらなかった。
「配信動画がセンシティブ判定に引っかかるので削除しろ」、「削除しない場合は収益化停止の可能性もある」など脅しに近い内容がチューチューブ側から届く。たくさんの改善依頼文を見ながら、アタシは「お前たちはチューチューブにふさわしくない! 早く配信活動を辞めろ!」と批判されている気がしてならない。
やめて、アタシから配信場所を奪わないで! リアルで落ちこぼれたアタシが輝ける場所は、ここしかないのに。
こうなったら、チューチューブの規約に引っ掛からないようにチャンネルの内容を変えるしかない。
ましろと今後の方向性を話し合わなくちゃ。バイトが終わったら、ましろに話そう。
「ただいま~」
アタシが部屋に帰ると、ましろがリビングのソファでゴロゴロしていた。
「センパイ、おかえり! お腹空いたよ~早くご飯作ってよ」
「ましろ、ちょっと話いいか?」
ましろは、アタシが大事な話をしたいと察してくれたのか、真剣な表情へと変わった。
すっと立ち上がると、リビングのテーブルに向かい合うように座ってくれた。
「ましろ、ありがとう」
「何、センパイ?」
「チャンネルの方向性変えよう」
「え?」
「このままだとアタシたちのチャンネルが危ないよ。もし、このままチューチューブから忠告が止まらなかったら、収益化まで外されちまう」
「センパイは心配性だな。大丈夫だよ」
ましろの大丈夫がアタシの不安を加速させる。
何を根拠に大丈夫って言っているんだよ!?
実際にチューチューブから改善しろってクレームが止まらないだろ。
「どうして、そんな余裕なんだよ!?」
「ボクだって何の根拠もなく、言っているわけじゃないよ。これを見て」
ましろがパソコンを立ち上げて、チューチューブのホーム画面を見せる。そこにはアタシたちのようにバーチャルキャラを使って配信活動をしている有名配信者のチャンネルページがあった。
「ボクが大丈夫って言う根拠の1つがこれだよ。この人たち、ボクらよりも過激な配信やっているチャンネルが、まだ動画削除や収益化停止にされてないよ」
「そうなのか?」
「うん。この人たちの配信ってほとんどえっちな内容ばかりで、何気ない会話をえっちに聞かせたり、えっちな連想させる単語をASMRでリスナーに聞かせるのをメインでやっているよ」
アタシがコメント欄を見ると、
:マジで抜ける!
:今夜のおかず決定だな
:耳が犯されちまう!
キモ! ましろのリスナーでもキモいと思っていたのに。ここのリスナーは、それ以上にキモいオタクの集まりじゃないか。
こんなキモいオタクの心の声が書かれている。
「ねぇ、キモいでしょ。ボクのリスナーさんなんて、まだ可愛いよ」
「あぁ、正直引くわ」
「こんな過激なチャンネルが、えっちなことが嫌いなチューチューブくんに怒られずに収益化が剥奪されてないんだよ」
本当だ。チャンネルのトップページにある収益化マークが着いたままだ。ましろの言うとおり、こんな過激チャンネルが生き残っているなら、アタシたちのチャンネルなんて大丈夫だ。
「それにセンシティブ判定に引っかかるはずのない料理チャンネルが、ボクたちのチャンネルみたいに動画の削除依頼が来ているみたい」
「そうなのか?」
「うん! だから、ボクのチャンネルは大丈夫だよ。きっとチューチューブの審査AIの誤作動だって」
ましろの説明を聞いてアタシは安心感に包まれ始めた。
そうか、アタシたちの配信場所は奪われないんだ。
「え?」
「どうした、ましろ……」
ましろの視線の先に表示されている内容にアタシは目を疑った。
***
件名:『しろ×クロちゃんねる』の収益化プログラム解除のお知らせ
『しろ×クロちゃんねる』様
平素よりチューチューブをご利用いただき、誠にありがとうございます。
このたび、お客様のチャンネル『しろ×クロちゃんねる』のコンテンツを再審査した結果、当社の収益化ポリシーおよびコミュニティガイドラインに違反していると判断いたしました。
違反の概要
・一部のコンテンツが「センシティブな表現」に該当する可能性がある
・ガイドラインに抵触する「誤解を招くコンテンツ」または「扇情的な表現」の使用
・審査AIの判定および手動審査の結果、ポリシー違反が確認された
これに伴い、本日をもって貴チャンネルの収益化プログラムへの参加資格を剥奪いたします。
これにより、今後の動画配信において広告収益の受け取りが不可となりますので、あらかじめご了承ください。
再申請について
収益化の再申請は、90日後に可能となります。
再申請の際には、違反が確認された動画を削除・非公開にする、またはチャンネルのコンテンツ方針を見直すなどの対応をお願いいたします。
なお、本決定に関する詳細は「クリエイターポリシーセンター」にてご確認いただけます。
何かご不明点がございましたら、チューチューブ ヘルプセンターをご利用ください。
チューチューブ運営チーム
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「収益化剥奪……」
「そんな……」
アタシたちが勝ち取った収益化が奪われた。
お前たちには価値がないと言われた気分だ。
「センパイ、これは何かの間違いだよ。チューチューブに問い合わせしよう」
ましろがアタシに何か言っている気がするけど、頭に入ってこない。
アタシは目の前で起きている受け入れがたい現実を受け止めきれずにいる。
アタシたちの1年間はなんだったんだろう。
「やっぱり、配信内容を変えるべきだったんだよ」
「落ち着いてよ、センパイ」
「落ち着けるか! アタシの努力が……」
「お前は何の苦労もしないで声優できたから、平気なんだろ! 収益化のことだって、このチャンネルがダメになってもお前にはファンサイトの収益がある。だから、そんな余裕なんだろ! アタシは、このチャンネルしかないんだ! アタシの居場所は、ここだけなんだ……」
あれ? アタシ、何を言っているんだ?
ましろが悪いわけじゃないのに。アタシが今まで目を逸らしていた本音が溢れ出していた。
アタシの夢だった声優になれて、引退後もたくさんのファンに応援されているましろが羨ましかった。
でも、それをましろに言うのは間違っているのに。
「ましろ、今のは……」
アタシがましろに謝ろうとすると、ましろの目がわずかに揺れた。
でも、すぐに静かな笑みを浮かべる。
「……そっか、センパイはそう思ってたんだ」
「違う、そうじゃなくて……!」
「ううん、そういうことなんだね……じゃあ、ボクが悪かったって言えばいいの?」
目の前にアタシの知らないましろがいた。
冷たい目で、アタシは見つめている。それにいつもの可愛らしく高い声質じゃない。
低い声色で機械的な口調だ。
お前、そんな声で話すのか? ましろの感情が死んだ声を初めて聞いてアタシは動揺した。
「わかったよ。ごめんね、ボクが一緒にやろうなんて言っちゃって」
「ましろ……」
「もう一緒にできないね」
ましろの言葉が、まるでナイフのようにアタシに突き刺さる。
何かフォローしなくちゃ。頭で理解できていても何も言葉が浮かばない。
アタシは何も言う資格がないんだ。
リビングは沈黙に包まれる。アタシたちの間に見えない壁が生まれた気がする。
壊すのが難しい透明で頑丈な壁が。