「なぁ、ましろ。最近、チャンネル登録者伸びないな……」
センパイの声は、ご主人にかまってもらえない子犬みたいな声で、ちょっと切なげだった。
その声で、ボクはベッドでうとうとしていた目をゆっくり開ける。
目を覚ますと、夏の蒸し暑さが体にまとわりついてきた。
「あつ……」
汗でぐっしょりになったティシャツを脱ぎながら、急いでエアコンのリモコンを探してスイッチを入れる。地元は東京より涼しいはずなのに、最近じゃ変わらないくらい暑い。
いや、むしろ蒸し蒸してて地味にキツい。
「夏なんて大嫌い……」
暑いし、日焼け対策しないといけないし面倒くさい。
メイクも上手く乗らないし。まぁ、すっぴんでも十分ボクは可愛いんだけど。センパイの前では、完璧な可愛い子でいなくちゃいけないからメイクは絶対に手を抜けない。
その分、薄着になってボクのキレイな肌をアピールチャンスも増える。 それにミニスカートやホットパンツを穿いてボクのキレイな足を見せびらかせることもできる。ちょっぴりセクシーなボクを見せられる季節でもある。
だけど、夏は薄着の女の子が増えるから鼻の下を伸ばしたキモい男たちも大量発生する。そういう男に言ってやりたい。
女の子はお前たちの性欲を満たすために可愛いかったり、セクシーな服を着ているんじゃない。
大好きな人に「可愛いね」、「キレイだよ」って褒めてもらうためなんだ。
もちろん、ボクだってそう。
ずっと可愛いボクでいたい。元々可愛いボクをメイクやファッションがさらに可愛くしてくれる。ボクを可愛くしてくれる全ての可愛いものが大好き。
だから、ボクはオシャレに手を抜かない。これからも可愛いボクを貫き通す。
でも、センパイには可愛いだけじゃ嫌だ。
ましろ、カッコいいなって、男として意識して欲しい。
センパイをボクにメロメロにしてやりたいと思っているのに、可愛さを捨てられない。
「ボクって、わがままなのかな……あぁ、もうやだやだ!」
暑さのせいで変なこと考えちゃった。
枕元にあるスマホを手に取って、チューチューブのアプリを開く。
画面に夢の中でセンパイが口にしていた不安の正体が表示されている。『しろ×クロちゃんねる』の登録者は、55万人のままピクリと動いていない。あの『切り忘れ配信』で一気に50万人までは増やせたけど、それ以降伸び悩んでいる。
悪いペースじゃないけど、このままじゃ間に合わない。
絶対に達成しなきゃ……ボクの計画のためにも。
『しろ×クロちゃんねる』の登録者を増やすための作戦を考えようとするも夏の暑さでボクの頭はオーバーヒートしていて何も考えられない。
「あぁ、暑くて頭が働かない~」
とりあえずシャワーでも浴びよう。汗がびっしょりで気持ち悪い。
スマホの時計を確認すると、もうお昼の12時。ボクにしては早起きだ。センパイはバイトに行ったはず。
誰も居ないし、シャツと短パンを脱ぎ捨てて、すっぽんぽんのままバスルームへ向かった。
「あっ……」
そこには、バスブラシを片手にお風呂掃除のセンパイがいた。
「ひゃぁぁぁぁ!」
ボクは一瞬で現実を理解して、全力でダッシュ。
すっぽんぽんのまま、自分の部屋へと逃げ込んだ。
な、なんで、センパイがいるの! バイトに行ったんじゃないの!?
それより……見られた……センパイに裸を見られちゃった。
センパイには、まだ見られたくなかった。男のボクは、先輩と後輩の関係を壊してからにしたかったのに。
「もう……死にたい」
本気で死のうかなって覚悟したボクを引き留めるようにお腹の虫が「お腹空いた~」と鳴き始める。
なんか、バカらしくなっちゃった。センパイのご飯が食べたい。
「とりあえず、服着よう」とタンスから新しいシャツと短パンを取り出して着替えた。
***
「まぁ、ましろ……気にするな」
裸を見られてショックのボクとは打って変わって、妙に冷静な声のセンパイにボクはイラッとする。
「なんで、センパイはそんな冷静なの!」
「いや、アタシだってビビったけど……」
「リアクション、薄すぎ!? 普通、もっと慌てるでしょ」
「アタシもいい大人だしな。男の裸を見たくらいで驚かないよ」
センパイは、まるで”そういうの見慣れている”みたいな大人の余裕をボクに見せつける。
それはそれでショックだな。いつもカッコいいセンパイなら、ボクの裸くらいで動揺しないかもしれない。
だけど、センパイだって女の子。不意打ちで男の裸を見てしまって、ちょっとは可愛いリアクションして欲しい。
「だ、だって今日、バイトじゃなかったの?」
「バイトは出勤日数の調整で急遽休みになった。いつもの家事をやっていたら、お前が……」
ぐうの音も出ないって、こういう時に使う言葉なんだって、心の底から思った。
「ごめんなさい……」
「もういいよ。アタシだって裸でウロウロしたことあったよな、ごめんな。お前の気持ちを考えられてなかった。やっぱり、親しき仲にも礼儀ありだよな」
「センパイ……」
「ほら、風呂掃除しておいたからシャワー入ってこい。お昼用意しておくから」
「うん……ホットケーキがいい!」
「はいはい。早く入って来い」
センパイ、ありがとう。ボクはセンパイがキレイにしてくれたお風呂場でシャワーを浴びた。