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第30話 ましろ🟰男!?

「覚悟しろ……? なんの?」


 ましろの言葉が頭に引っかかる。

 アイツ、何を考えてるんだ?


 ましろが怒っていた理由に心当たりがない……と言えばウソになる。

 昨日のことって……あれだろ?

 お前がアタシのほっぺについたあんこを取る時に……。


 アタシにキスをしようと……いや、あれはキスするフリだ!

 なに、ちょっとねつ造しているんだ、アタシは!


「キモ……」


 可愛い後輩の軽いギャグをマジに捉えようとするなんて。

 花見の雰囲気に流されちまうなんて、アタシもお子ちゃまだ。

 ましろに深くツッコまれたくなくて、思わずベランダに逃げちまった。 

 アイツは、このタバコの匂いが嫌いだからついて来ない。

 とりあえず、バイトに行く前に落ち着かなくちゃ。

 タバコを吸うために、スウェットのポケットからタバコとジッポライターを取り出す。いつものまずいタバコに火を点けて、心のモヤモヤを煙に混ぜて吐き出す。


「ハズい……」


 タバコを吸いに行くフリをしてまで、アイツから逃げようとするなんて。好きな女の子にいじわるをする小学生男子と変わらねぇじゃん。

 忘れたなんて、すかしたリアクションしたけど、ウソに決まっているだろ。


「忘れるわけないだろ……」とタバコを口に咥えながら、独り言を呟く。

 お前のせいで、寝不足なんだよ。はぁぁ、眠たい……。

 寝不足全部が、ましろのせいじゃないけど。他にも色々あって、頭の中がぐちゃぐちゃになって寝れなかった。


「でも、アイツがあんなことしなかったら……」


 思い出さなかったかもしれない。100パーセントましろが悪いわけじゃないのに分かっている。だけど、アイツのせいにしないと、このモヤモヤは消えそうにない。


 昨日だって、寝ようとする度にキスをするお前の顔が頭に浮かんで……。


「寝れねえよ……」


 今日はポンコツクロナちゃん確定だな。現場リーダーさん、ベテランのおばちゃん、ごめんなさい。今日のアタシは戦力外です。これも全部、同居人のましろのせいです。責任はアイツにあります。


「ましろが悪いんだ……」


 子供みたいに、理不尽にましろを悪者にする。

 ごめん、ましろ。


「お前は、あの時……」


 アタシに何て言って欲しかったんだ?

「昨日のキスだよな?」って聞けば良かったか?

 もし、そうならやめておけ。

 お互い気まずいだけだ。


 あそこはアタシがとぼけるのが正解のリアクションだろ。

 あの場が収まるなら、いくらでもピエロを演じるさ。

 それにお前だって本気でアタシとキスしたかった訳じゃなかったんだろ?

 アタシがお前の口についたあんこを取ってやった仕返しがしたかった。あたふたするアタシの顔やリアクションを見てイジりたかったんだろ?

 そんな理由だったら、別に構わない。


「いや、やっぱ許さない……女心を試すようなイジりは……ダメだ」


 お前はアタシのことを女として意識してないかもしれない。

 でも、アタシだって女だ。男にキスされそうになって、ノーリアクション出来る程大人の女じゃない。世の中にいる女の子と同じくらいドキドキしたり、あわあわしたりするんだぞ。


 それに……アタシが勘違いするかもって可能性を考えたのか?

 女は唇を奪われそうになると、自分に気があると勘違いする。

 本気か遊びの正確な判断が出来るのは、男を振り回し続けたモテ女だけだ。


 アタシは違う。

 だから、気がある素振りをされると、簡単に騙される。


「あれ?……アタシ……」


 ましろのことを、男として……?


「いや、ないないない! ありえない!」


 アイツを男として意識するわけない。ましろは、アタシにとって可愛い後輩だ。弟みたいなものだ。いや、アイツは可愛い顔をしているから妹かな。


 そんなアイツを特別意識する必要はない。

 それなのに、どうしてかな?

 アイツのキス未遂を思い出すと、胸が少しドキドキする。

 それにアタシ、アイツの前であんな格好……。


 さっき、ましろの前で裸同然の格好をしていたことを思い出して、体が熱くなってきた。


「どうしちまったんだろ、アタシ……」


 落ち着け! ブラッキーでも吸って気分を変えよう。

 アタシはタバコを取り出して、ジッポライターで火を点けようとする。

 あれ? 火がつかない。ライターを何度もカチカチ鳴らすけど、ダメだ。


「あぁ、ムカつく!」


 なんでだよ。神様が吸うなって言ってるのか?


 アタシは口に咥えたブラッキーを箱に戻して、ジッポライターと一緒にジャージのポケットにしまう。

 これは違う! ましろを男として意識して焦っているわけじゃない。


「めっちゃ、はず……」


 この気持ちが一時的な気の迷いだ。その内、いつものアタシに戻るさ! そう信じてアタシはベランダから、ぼんやりと空を流れる雲を眺める。


 何を考えているんだ、アタシは! 居候のアタシにだって、このマンションで自由に過ごす権利はある。リビングでどんな格好で過ごそうと文句を言われる筋合いはない……。


「いや、あるか……」


 ましろだって男だ。アタシみたいに色気のない体でも、視線に入ったら、気になるかもしれない。それに人様に見せられるほど良い体じゃない……。

 そう思いながら、控えめの胸に手を当ててタメ息をつく。


「……やっぱ、風呂上がりは……ちゃんと服を着よう」


 なんか、変に意識しちまったし……。


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