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第29話 鈍いセンパイを分からせたい!

「ね、寝れなかった……」


 チュンチュンと外で雀が鳴いている。

 昨日、センパイにどうやって謝ろうか悩んで寝れなかったボクを笑っている気がする。ボクの苦労も知らないで気楽に鳴いているな。


「はぁぁぁぁ、眠いよ~」


 体は寝たいと悲鳴を上げているのに、頭はセンパイにどう謝ろうと一生懸命考えている。もう労働基準法違反だから、落ち着きなよ。残業したって残業代なんて出なくて疲れるだけなのに。


 ボクの思考はブラック企業で働くリスナーさんみたいにフル稼働している。配信もないのに完徹だよ~。


 ベッド上でコロコロ転がりながら、センパイへの謝罪対応を考える。

 もう過労死してしまった思考で何を考えても、ダメなアイディアしか出ないよね。諦めたボクは眠い目を擦りながら、ベッドからゆっくり起き上がる。


「う~ん」と思いっきり伸びをして、そっとカーテンを開ける。


「うわぁ! 眩しい!」


 キラキラの朝日が寝不足のボクに襲いかかる。朝日がウザいくらいにボクを照らしてくる。


「ほら、ましろちゃん! 朝だよ! ぼくと一緒に良い1日をスタートしよう!」と暑苦しい事務のインストラクターみたいな声まで聞こえてくる。


「ウザい」


 こんなつまらない妄想をしてしまうくらいボクの頭はポンコツ化しているみたい。ポンコツは、うちの鈍いセンパイだけで間に合っているのに。


 ボクは枕元のスマホを手に取って画面に表示されている時間を確認する。


「7時か……」


 普段のボクなら、まだ寝ている時間なのに。

 今日、センパイはバイトのはずだから、もう起きているかな?

 でも、こういうことはずるずる引きずらない方がいい。

 後回しにすると、謝りづらくなるし、一緒にいても気まずい。


 パンダみたいに黒くなった目元を見て、ボクは思わずタメ息をもらす。


「可愛いボクが台無し」


 こんな仕上がりの顔でセンパイと会わなくちゃいけないのか。

 メイクで目元のパンダだけでも隠そうかな。

 いや、朝一からバッチリメイクしてお見送りも「お前、どれだけ気合い入れているんだ!」ってセンパイにツッコまれそう。


 それにメイクしている間にセンパイが出勤しちゃうかもしれない。

 ボクは覚悟を決めてノーメイクで行くことに決めた。


「センパイ、おはよう……!」


「おぅ、ましろ」と、センパイは上半身にプロレスラーみたいにバスタオルを肩にかけて、下はパンツ1枚で立っていた。


「きゃあああ! センパイ、何やっているの!」


「いや、バイト行く前の朝シャン……」


 もう、センパイったら、あなたには女の子としての羞恥心はないのですか? なんで、ボクが彼氏の裸を見た彼女みたいなリアクションしているの! 逆でしょ!

 そして、全然動揺していない? 裸を見られているんですよ!


 とりあえず、ボクは慌てて着ていたパーカーをセンパイに向かって投げつけた。


「ふ、服着てよ!」


「おぅ」


 ボクは後ろを向いて目をつぶる。センパイの素肌にボクのパーカーが擦れる音が聞こえる。これは、これでえっちだ。ボクの方が変な気持ちになってきたよ。


 あぁ! 慌てて気付かなかったけど、あのパーカーはボクの寝間着で使っている奴だ。さっきまで着ていた。どうしよう、汗臭くないかな。

 女の子にさっきまで着ていた服の渡すのはデリカシーないよな。


「ごめん、センパイ。代わりの服を持ってくるから……」


「ましろ、いいぞ」


 へぇ? 動揺するボクとは打って変わってセンパイは何事もなかったようにパーカーに袖を通している。

 センパイ、何の躊躇もなくさっきまでボクが着ていたパーカー着ているの? 少しは踏み留まるでしょ。男がさっきまで着ていた服を着るなんて。


 しかも、パーカーの前のチャックが全開だよ!

 もう、ただ羽織っているだけじゃん。

 一応、服は着ているのに……さっきよりえっちになっている。


 何で本人センパイよりボクが恥ずかしがっているの!?

 もう、センパイ。朝から困らせないでよ。

 ボクの体がだんだんと暑くなり始める。


「あぁ、わるい」とセンパイはボクの気まずい空気に気付いて、パーカーのチャックを上げてくれた。


「もう、気をつけてよね!」


「いや、アタシは気にしな……」


「ボクが気にするの!」


 ボクが強めに注意するもセンパイは「アタシ、何で怒られているの?」ってポカンとした顔をしている。

 もう、ムカつく! ボクはこんなにセンパイのことを思っているのに、この鈍い王子様は! ボクを男じゃなくて、ペットの犬みたいに無害だから、裸を見られたって平気って思っているんだ!

 そんな余裕を早くなくしてやりたい。



「お前も朝ご飯食うか?」


「うん……」


「ちょっと待ってろ、着替えてくる」


「え?」


「この格好で料理するわけないだろ」とセンパイは満面の爽やかイケメンスマイルを浮かべる。ボクのハートは完全に打ち抜かれた。


「もう……ずるいよ」


「ましろ、何か言ったか?」


「何でもないよ!」


 センパイはティシャツにジャージとラフな格好に着替えると、トーストとサラダを用意してくれた。


「じゃあ、食べよう」


「うん、いただきます!」


 センパイとの久しぶりの朝食、いいな。

 無頓着で鈍いけど、真面目で頑張り屋さんのセンパイがボクは好きだ。 でも、先輩後輩、配信者仲間という関係で終わりたくない。

 ボクは1人の女の子として、センパイには1人の男として認めてもらいたい。ボクのわがままだから、受け入れるかどうかはセンパイ次第。


 あぁ、そうだ。昨日のことをちゃんと謝らなくちゃ。


「センパイ」


「なんだ?」


「その……昨日はごめん」


「昨日? 何かあったか?」


 え? センパイ、本気で言っているの?

 あんなにドキドキしたのは、ボクだけだったの?

 あぁ、なんかムカついてきた!

 昨日のボクのアプローチに全く気付かない鈍いセンパイを……わからせやりたい!


「ましろ?」


「知らない……」


「何を怒っているだよ?」


「鈍感さんには教えない!」


 そう、簡単に教えたらダメだ。センパイがボクの気持ちに気づくまでは。

 前言撤回! もっとボクのことを意識させてやる。

 ボクがあなたにゾッコンだってわからせてあげなきゃ。

 センパイが悪いんだよ。ボクを本気にさせたんだから。


「センパイ」


「うん?」


「覚悟してよ」


 センパイは「何言ってんだ、コイツ?」という状況が理解と言いたそうなポカンとした顔を見せている。ムカつく。まぁ、今はわからなくていいよ。もうじき嫌でも分かる日が来るから。


「あぁ、わかった」


 あれ? ボクの渾身の決意表明が空振り?

 センパイは、ほぼノーリアクションでベランダに行っちゃった。


「センパイの……バカ」

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