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第47話 アタシの初恋が死んだ日

     冬の朝の凍える空気が、アタシの心の奥にもじんわりと染み込んでくる。

 アリアンヌ学院で、アタシが唯一”嫌い”な日がまたやってきた。

 それは始業式、終業式だ。

 そして、”本来の性別の制服を着用”が義務づけられている日。


 なんでこんな日に限って、セーラー服を着なくちゃいけないんだ。

 好きな服を着ればいいのに。この学院の自由な校風に惹かれて入学した生徒ばかりなのに。


 通学路のコンビニの窓に映る自分の姿に言葉を失う。

 まるで女装している男みたいだった。これが”本来の姿”なはずなのに、どうしてこんなに違和感があるんだろう。

 アタシはセーラー服が似合わない呪いにでもかかっているのかな?


「はぁ、嫌だな~」


 でも、今日を乗り越えれば冬休み。

 明日はクリスマス。ハイトと過ごす、はじめてのクリスマス。


 もうクリスマスパーティの準備も完璧だ。

 クリスマスの料理は母さん直伝の唐揚げを作ってあげる。

 プレゼントは、アイツが大好きなタバコ”BLACK×LUCKY”。 タバコ一箱なのに、はりきってリボンをつけてラッピングしちゃった。 

 ハイト、喜んでくれるかな?


 リボン付きのタバコを受け取って、あのちょっと照れた笑顔を見せてくれたらいいな。そんな妄想で胸がいっぱいになる。


 ハイトと付き合い始めてから、アタシの世界が少しだけ甘酸っぱい青春に染まっている。

 授業中、帰り道、体育館裏の中身のない会話。全てがアタシにとって大事な1ページ。

 今が人生で1番”女”として生きられている気がする。


 冬休みには、一緒に年越ししたい。初詣も行きたい。

 いや、冬休みだけじゃない。

 これからハイトと、たくさんの思い出を作りたい。

 ハイトの彼女として。アタシという女の子として。


 もっと”女の子らしく”なりたい。

 ハイトにずっと好きでいてもらえるように。

 今まで抑えていた、可愛いを着たい気持ち、メイクへの憧れも、全部一気に溢れ出している。


 オシャレなんて、女として見られないなら意味ないって思っていた。

 でも、今は違う。ちゃんと”女の子”として愛されたい。


 最近、アタシがオシャレに気を使うようになってから母さんに「クロナ、好きな人いるの?」と聞かれた。

 アタシは言葉にできなくて、黙って頷いた。

 母さんは、ちょっと笑って「良かったね」って言ってくれた。


 ありがとう、母さん。

 アタシもハイトに出会えて本当に良かった。


 でも、オシャレと無縁だったアタシが、ハイトに釣り合う”彼女”になれるかな。

 また今度、ましろにメイクやコーデのコツを教えてもらおう。


 アタシは生まれてから17年間メイクをしたことがない。

 本当はやりたかったけど、父さん譲りのイケメン顔のせいでメイクをしても可愛く仕上がらない。

 中学の時、こっそりメイクをしようとすると、母さんに「クロナは肌がキレイなんだから、ノーメイクで十分」と止められた。

「母さん、娘のオシャレを邪魔しないでよ」と言いたかったけど、アタシはメイクをしても意味がにないと諦めた。

 でも、彼氏が出来てノーメイクの彼女ってまずいという危機感からメイクを覚える気になった。


 でも、ファンデーションも塗ったことがないメイクド素人のアタシがすぐに出来るわけもなかった。試しにファンデーションを顔に塗ってみても、塗りすぎておばさんの厚化粧みたいになっちまった。


 母さんに相談するのは恥ずかしくて、ましろを頼ることにした。

 不思議なことにアイツは嫌な顔することなく、アタシのメイクに付き合ってくれた。

 ましろって変な奴だけど、頼りになる。

 絶対にアタシが可愛いファッションやメイクをしたいって言ったら、「センパイが似合うわけないじゃん!」ってバカにすると思っていた。

 だけど、「いいよ! 可愛くなったセンパイをボクもちゃんと見たいな」って……なんなんだよ、アイツ。ほんと、変な奴。


 それから、ましろのメイクレッスンが始まった。 

 アタシの男っぽい顔立ちを少しでも、可愛くするためにナチュラルメイクが1番かなって思っていた。

 だけど、ましろは「センパイはナチュラルメイクよりも派手にアイシャドウやアイラインを濃くした方がカッコ可愛い感じの方が合っている」と言われた。


 半信半疑で目元のアイラインを濃くしてみると、思ったより似合っていた。目元は濃いけど、普段のアタシより”女らしい”。

 これなら、アタシでも似合う。

 それからアタシは、ただの可愛い系を目指すのではなく、カッコ可愛い系を目指した。


 ましろのメイクレッスンのおかげで、目元のメイクは上手く出来るようになった。今日もセーラー服で学校に行かなきゃいけないから、少しでも”女らしく”見えるように目元だけでメイクをしてきた。

 あまりにも濃いと先生に叱られるから、少し抑えながらも普段のアタシよりも目元を濃くして目を大きく見えるにした。


 ハイト、気づいてくれるかな。


「ハイト! おはよう!」


 校門前でハイトを見つけてアタシは手を振った。

 でも、リアクションがない。

 あれ? 気づいてないのか?


 しばらくすると、ハイトは凍り付いたよう顔でこっちを見ている。

 そのまま体が小刻みに震え始める。



 まるで、見ちゃいけないものを見たのか?


「ハイト、どうした!?」


「お前……女なのか?」


 その言葉に、一瞬時が止まったような気がした。


「あぁ、似合ってないよな、制服……」


 必死に笑ってみせる。

 でも、ハイトの目は氷のように冷たい。

 ハイトは急にアタシの腕を掴んで、ぐいっと引っ張った。

 向かった先は、いつもの体育館裏。


「クロナ……お前、本当に女なのか?」


「だから、そう言っているだろ……」


「オレ、お前のこと男だと思っていた……なんで黙っていたんだよ! オレを騙したのかよ!? マジで最悪……」


 ハイトの目の奥には怒りと軽蔑が混じっている。

 ウソだ。そんな顔、今まで一度もしなかっただろ。

 それにハイトの言葉は刃物みたい。

 まるで、紙で切った指の痛みのようにチクチクと、アタシの心を傷つける。

 ハイト、本気で言っているの? 半年も一緒にいたよね。手も繋いだし、キスだって……。


「悪い……別れてくれ」


 ハイトが唐突に別れ話を切り出してきた。

 感情が全く込められていない、その言葉の刃はアタシの心をギリギリと抉ってくる。


「オレ、男しか好きになれないんだ。お前が女だなんて、最悪だよ……」


 ひどい、ひどいよ、ハイト。


「じゃあな」


 アタシを捨てようとするハイトの腕を無我夢中で掴んだ。


「待って……アタシ、ハイトが女と勘違いしちゃうくらいに男っぽいよ……ダメか?」


 何を言ってるんだ、アタシ。

 自分が”女”であることを否定してまで、ハイトにすがりたいのか?


「そのメイク、マジでキモい。誰がそんなの見たいって思うんだよ?」


 アタシの心はズタズタに切り裂かれた。

 ハイト、アンタの口からそんな言葉を聞くなんて。

 アタシにトドメの一刺しをして、ハイトは”汚いもの”から逃げる世に走って行った。


「ハイト……」


 アタシはクリスマスを迎える前に、恋人と、そして”女として自分”を殺された。

 白い雪が静かに、何も知らないフリをして降り積もっていく。

 ハイトと過ごした世界が音を立てて崩れた。

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