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第48話 誰にも言えない黒い過去(アタシ)

 冬休み明けても、ハイトは学校に戻ってこなかった。


 一週間、二週間。欠席の連絡さえない。教室の中で、ぽつんと空いた席だけがぽっかりと取り残された。

 最初はざわついていたクラスメイトも、やがてその沈黙に慣れていった。気づけば、ハイトは黒板や机と同じ、ただの”風景”になっていた。

 そしてある日、担任が黒板の前でぽつりと口にした。


「ハイトくん、転校したそうだ」


 え……?


 その一言だけで、すべて終わった。なぜ転校したのか、どこに行ったのか、何も語られなかった。


 誰も動揺しなかった。女の子たちは話題のアイドルに話を切り替え、男子たちはグラビアの話で笑っていた。


 まるで、最初からハイトなんていなかったみたいに。

 だけど、アタシの世界には確かにいた。笑って、話して、キスをして……ちゃんと、いたんだ。


 ハイト、今どこにいるんだ?


 アタシは必死に電話をかけた。何通もメールも送った。

 だけど、すべて無視された。

 数日後に電話番号も変わっていた。


 ハイトと繋がるすべての手段が断たれていた。


「ハイト……」


 気づけばアタシは、学校の体育館裏にいた。

 あの日、ハイトと初めて話した場所。タバコを吸っていたアイツに声をかけて、キスをした場所。


 制服のポケットから、小さな箱を取り出す。


 ”BLACK×LUCKY”。


 アイツに渡すつもりだったクリスマスプレゼント。リボンまでかけて、大切に隠していたのに。


「もう、アイツに渡せないんだな……」


 アタシは箱を開けると、震える指でタバコを1本つまんだ。

 ハイトに渡すはずだったジッポライターで火を点ける。


 初めてのタバコ。肺の奥が焼けるように熱くて、すぐにむせた。


「まず……」


 ゴホゴホと咳き込んでも、アタシは吸うのをやめなかった。懐かしい匂い。ハイトの隣にいたとき、感じていた香り。


 あの時のキスの味と、同じだった。苦くて、甘くて、少しだけ寂しい味。

 煙に包まれながら、アタシは呟いた。


「……繋がれた」


 それ以来、”ブラッキー”はアタシの一部になった。


***


 季節は巡り、アタシは3年生になっていた。

 だけど、ハイトのことは頭から離れなかった。


 誰と話しても、笑っても、結局はハイトの姿が浮かんでしまう。気づけば、吸うタバコの本数が増えていた。朝起きて、通学中に、昼休みに、家に帰って、夜に。1日に何本も、火を点けていた。


 これって、もう片思いなんかじゃない。


 呪いだ。


 ハイトがアタシにかけた呪い。アタシが自分にかけた呪い。


 この呪いを解かないと、アタシは前に進めない。


 だったら、ハイトを殺せばいいんだ。


 心の中の王子様を。


 でも、どうやって?

 どうすれば、アイツを殺せる?


「……アタシを殺せばいいんだ」


 処女アタシを。


 ハイトのために大切にしてきた”はじめて”を誰かにあげてしまえばいい。そうすれば、呪いも終わる。アタシも自由になれる。


 放課後、アタシは教室を覗いた。

 そこにいたのは、隣のクラスのオタクっぽい男子。

 黒縁メガネに、ヨレた制服、美少女キャラのアクリルキーホルダーがぶら下がったカバン。名前も知らないし、全然タイプじゃない。


 でも……コイツでいいや。


「ねぇ、アタシと付き合って」


 彼は驚いた顔でアタシを見返す。


「はぁ? 僕は三次元の女子には興味ないんだ……」


 あぁ、面倒い。


「ヤるだけでいい……そういう意味だから」


 アタシのこんなセリフが出るなんて。

 彼は一瞬固まったあと、目の色を変えた。


「……本当に?」


「あぁ」


 そして、彼はアタシを自宅へ連れて行った。


***


 彼の部屋は”それっぽい”空間だった。

 壁一面に貼られたアニメポスター。棚には美少女フィギュア。

 ベッドの上に美少女キャラがプリントされた抱き枕。


 引くな……。アタシもアニメは好きだけど、ここまで美少女キャラに囲まれた部屋は気持ち悪いと感じる。

 まぁ、ヤることをヤるだけの部屋なんだから、どうでもいいか。

 怖い……でも、もう後戻りはできない。


 彼は何のムードもなく、アタシにキスしてきた。

 無理矢理だった。勢いに任せて、服を脱がされていく。


 目を閉じると、ハイトの顔が浮かんだ。


 ”本当に、これでいいの?”


 心の中で、もう1人のアタシが問いかける。

 何度も、何度も。


 でも、もう止まらなかった。


 ハイトを殺す。その一心で、アタシは彼を受け入れた。


 だけど。


 終わったあと、アタシは彼の家を飛び出した。


 家に帰って、自分のベッドに潜り込んで、泣いた。

 声を殺して、ずっと泣いた。

 処女を失った痛みなんかよりも、ハイト以外の男に何も感じられなかったことが、惨めで仕方なかった。


***


 そのあと、何人の男と関係を持った。

 でも、どれだけ抱かれても、ハイトは死ななかった。


 どれだけ上書きしても、アタシの王子様は、そこにいた。


 気がつけば、タバコの量がさらに増えていた。

 煙に吸うたび、ハイトが側にいる気がして。


 アタシは、まだ呪われたままだ。

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