目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第11話 派遣先に引越ししました

 おれ側のというか、おれの職場の都合としては、四月から環境が変わるのがありがたいのだけど、そうすると彼岸前後っていう、寺院の忙しい時期に引越しをしなきゃいけなくなる。

 それは申し訳ないので、合わせることにした。

 っていうか。

 おれ、寺の近くでアパートでも借りる心づもりしてたんだよね。

 なのに、あれよあれよという間に話が転がっていって、なぜか寺に部屋が用意されていた。

 なんかできすぎじゃね?

 申し訳なくなってくる。


「なんでじいじのとこなんだよ。うちに来てくれたらいいのに。そしたら、夜とかいっぱい遊べんじゃん」


 つまり引っ越しといっても、寺に下宿させてもらう感じなわけで、大きな家財道具はほとんど必要ない。

 せいぜいテレビとデスクとハンガーラックくらいあればいいかな? って感じだったけど、面倒だからそれもなしにした。

 当然、冷蔵庫や電子レンジや洗濯機あたりは、売り払った。

 本棚は持ち運びに使った段ボールを代用にすればいいし、しわを気にしなきゃいけないような服もない。

 元々そんなに荷物はないんだけど、ますますない。

 おれ、実はすごく身軽だったんだなあって思った。

 手伝いをしてくれながら、シュンはちょっと文句たれ。

 関家の方に来ればいいのに、そしたら遊べるのにと、何度も繰り返す。


「いっくんは仕事で来てるんだからな。お前と遊ぶために来てるんじゃないから」

「知ってる!」


 うん、知っていても、納得できてないんだよな。

 ぶつぶつ言うシュンにテルさんが突っ込んでて、楽しそうにしてくれてるのが嬉しいと思った。

 長く一緒に生活したら色々出てくるもんだけど、それでも、出だしで躓かないっていうのは大きい。

 それは、寮の時に知ったこと。

 今日の作業そのものは、荷物を運びこむだけで終わりにした。

 荷解きはおいおい、様子を見ながらでいいだろう。

 先に出しておかなきゃいけないのは、仕事関係のものだけだから、あとから一人でのんびりやればいい。

 昼前に到着して、用意してもらった部屋にいくつか段ボールを入れて、おしまい。


「じゃ、昼にしようか」


 あっけなく終わった引っ越しに、テルさんは苦笑いする。


「せっかくだから、蕎麦用意したんだよね」

「ありがとうございます」

「オレ、葉っぱいらない!」


 いきなり、シュンが声をあげた。

 ウチは天ぷらそばなんだ、と言いながらテルさんがシュンをつかまえて、髪をぐしゃぐしゃとかき混ぜる。


「葉っぱとつぼみは、じいじにあげる。オレはエビでいい」

「なんでだよ、紫蘇、美味いじゃん。っていうか、エビを要求するとは、謙虚なふりしてわがままだなお前」


 先に立って台所に向かうテルさんとシュン。

 後ろを、住職と一緒について行った。


「葉っぱ……」


 あまりの言いように、思わず笑ってしまう。

 確かに紫蘇の天ぷらって、あんまりこどもが好きではなさそうだけど、葉っぱ、ねえ。

 そしてつぼみってなんだろう?


「茗荷だ」


 おれの疑問になんで気がついたのか、住職が答えを言う。


「ああ、なるほど、茗荷」


 確かに、つぼみだな。


「シュンは香の野菜がまだ苦手なんだわ」


 そう言って二人を見る住職の目は優しい。

 住職はテルさんとシュンの母方の祖父なんだそうだ。

 二人の名付け親でもある。

 この年齢の人にしては大柄で、元気で、大きな口をあけて笑う人だなって、正月の時に思った。

 テルさんに言わせると『雑な人』らしいけど。


「そういえばおれも、昔は好んで食べませんでしたねえ」

「ああいってるテルも、ホントはあんまり好きじゃない。あいつに自分の分だけ飯の用意させたら、肉ばっかりにするんだ」


 くつくつと住職が笑う。


「自分がおおっぴらに好き嫌いすると、シュンが真似ると思ってんだ、あいつ」


 内緒な、と言ってのけるのが微笑ましくて、一緒に笑ってしまった。

 さすが、育ての親にかかると、しっかり者のテルさんも子ども扱いだ。

 ホントにいいな、この家族。

 そう思う。

 テルさんとシュンの年齢差だとか、存在が見えない両親のこととか、きっと、全部が全部平穏なわけじゃないんだろうってことは想像できる。

 だけどこうやって見せてくれる小さな普通が、すごくいい。


「まあ、気負わないで好きに過ごしなさい」

「はい」

「ウチは修行で人を預かることもあるから、慣れてる。変に気を遣う事ぁない。やることさえちゃんとやってくれれば、あとは、自分ちと同じくらいの気持で過ごしゃいいよ」

「ありがとうございます」


 住職の言葉は、ありがたい。

 かしこまりすぎないように頭を下げたら、なんとも言えない顔でおれのことを見て、住職はため息をついた。


「お前さんも、難儀そうだなあ」

「はい?」

「ここにいる間は、肩の力抜けばいいさな」


 少し痛いくらいの力で、ばんばんと背中を叩かれて、なんだかちょっとだけ鼻の奥がむずってなった。




この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?