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第12話 ボロい紙どころかお宝です

 四月。

 本格的に作業を開始することになって、蔵の中にある畳のスペースに史料が詰め込まれた長持ちを移動させてきた。

 蓋を開けたら、ため息がでた。

 なんかすごくわくわくしてきたぞ。


「うわ~、マジこれ、手つかずってすげえな」


 今日は作業用の服に、めがねマスク着用で、白手袋もはめているのは念のため。

 虫干しもしてないっていってただけあって埃っぽいのは否めないけど、状態はほどほど。

 手に取った一冊を眺める。

 これくらいの劣化なら、取り扱いは基本よりちょい丁寧に、くらいかな。

 黴はないし、さわったとたんに崩れるなんてこともない。

 うん、これくらいなら、いい方だろう。

 一冊ずつ取り出しながら、表書きを見て、畳の上にいくつかの山を作っていく。

 内容と年代でざっくり分類するのだ。

 一枚ものが少なくて、きちんと綴られているのはありがたいなあ。

 これが終わったら、順番に表書きを撮影して、中身のチェックをする順番を決めて、修復が必要なものも確認しなきゃな。

 デジタル記録にするにしても、特殊機材での撮影か、デジカメ撮影かで手配が違う。

 今のところ、すごくヤバそうで特殊機材が必要そうなものは、見当たらない……と、思う。

 まあ、おれの判断なので、あてにはなんないけど。

 普通の和紙に墨で筆書き。

 時代的にはさほど古くはなさそうだけど、分量があるので中身をちゃんと見れば、史料としてはそこそこ価値がありそう。

 地域史は詳しくないから、多分なんだけど。


 静かな時間。

 目の前には興味深い史料があって、誰の邪魔も入らない。

 だんだん楽しくなってきて、せっせと手を動かす。


「なにかありそうかね?」

「はい?!」


 様子を見に来てくれたらしい住職に声をかけられて、びっくりした。


「いや、すまんすまん。どうなったかと思ってな」

「あ……こっちこそすいません。すごく、良いです……状態も悪くないですし、これだけの量がまとまってあるって、すごいですね」

「ああ……本堂の方にもなんかあったが、持ってくるかね?」


 おや、というように、住職が眉を上げた。


「まだありますか?」


 これでもすごいなと思うのに、まだ出てくるとはさすが寺院。


「一番でかいのはこの長持ちだけど……蔵の中にも本堂にも、一枚ものの紙やら、巻物やら掛け軸やら、なんやかんやあったと思うけどもな」

「そりゃあすごい」

「そうかね?」

「断片で史料を見ていても、なかなかわからないんですよ。地域の歴史。史料も量があると流れで見えてくるんで、価値があります」


 いつ誰がどこをどれだけ開墾したとか、土地の持ち主の移り変わりとか、地域の中での成り上がりや衰退がわかるし、人口の増減も掴める。

 水害地震、日照り、なんてのもこういうとこの史料なら、いつ起きてどう対応したのか、が書かれている。

 寺が持っているはずの史料だけでも、たくさんのことがわかるし、日記でも紛れていればもっとおもしろい。

 公式の記録のはずなのに、『代官クソ』なんて端書きを見つけると、そういうラクガキを昔の人もしてたんだって、見ていて楽しくなる。

 遠い昔の人たちの生きていた記録が、記憶に見える。

 先輩の中にはそう表現する人もいるくらい。


「あってもどうなるってもんかと思っていたけど、まあ、お前さんが楽しそうだから、良かった」

「楽しいです!」

「そうかね」


 かぶせるように答えたおれに、住職はおもしろいものを見たというように笑った。


「まあ、程々に、休みながらやってくれりゃあいい」

「はい」


 初日は、長持ちの中身を分類して、山一つ分、表書きを撮影したところで終わった。

 次の日は続きの表書き撮影と、リスト作成。

 その次の日には電話で作業手順の打ち合わせ。

 四月の寺の行事は花祭りで、その時に散らかっていなかったら、あとはこっちのペースで作業していいと言ってもらえたので、割と好きに予定が組める。

 職場からの指示で、一旦全部おれがデジカメで撮影して、あとから特殊機材を入れることになった。

 機材で撮影する史料は、職場の方で決めてくれるらしい。

 ただ、ここで問題発生。


「光量、ですか」

『そう。何とかもう少し光のある状態で撮影してもらえると、ありがたい』

「あー……作業してるの蔵の中なんで、どうしても光は足りないかもです」


 指摘はもっともで、とりあえずなんかライト的なものを考えないといけないなって、なった。

 さて、どうしようか。

 職場から送ってもらうか、取りに行くか、現地で何か調達するか。

 電話を切ってからしばらく考える。


「何? 何かあった?」


 昼ご飯だよと呼びに来たテルさんが、おれを見て心配そうな顔をする。


「いえ……写真撮るのに、ライト入れた方がいいらしいんで、どうしたもんかなって考えてました」

「ライト? ああ、この紙撮影するのに?」

「はい」


 おれは詳しくないから、指摘されたことがうまく消化できない。

 ライトってなんでもいいのかなとか、どれくらいの光があればいいのかなとか、聞いてもちんぷんかんぷんだ。

 っていうことを、指摘された内容と一緒にテルさんに言ったら、あっさりと


「あるよ」


と、返された。


「へ?」

「小物撮影用のライトだろ? ウチにある。飯食ったら出してあげるよ。ついでに、セットしたらいい?」


 テルさん、拝んでいいですか。

 すげえ、ありがたい。

 一瞬のうちに解決して、おれは調子にのっちゃったんだと思う。

 ホントに、そうとしか思えない。


 落とし穴だった。






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