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第8話

「瑛くん、おはよ~!!!」


 朝起きて瑛くんの姿を確認するなり、おれは思わず瑛くんに抱き着いてしまった。一晩ぶりの瑛くんの姿が嬉しくて溜まらない。


「はるとは、朝から暑苦しいなぁ」

「寂しかったんだよ~いつもは瑛くんと同じ部屋で寝てるから違う部屋っていうのが慣れなくて……」

「……そっか。あれは、寂しいって気持ちだったんだな」

「え?」

「俺も、昨日の夜なんかすごい変な感じがした」


 瑛くんのその気持ちは、きっとおれと同じ気持ちだろう。


「瑛くんが同じ気持ちでいてくれて嬉しい!」

「最初は、寮ってすごく不安だったんだよ。でも、ルームメイトがはるとだったからおかげですごく楽しい」

「も~~朝からそんなたくさん褒めないでよ~」


 そんなやり取りをしていると、瑛くんの両親が起きて来て仲が良いわねぇ~と言われた。何だか、急に恥ずかしくなってしまった。


「か、顔洗ってくるね!」


 バタバタと洗面所へ行き冷たい水で顔を洗ったらすっきりした。瑛くんとおれは仲良く見えているのだというのがすごく嬉しくて、同時にドキドキしてしまった。嬉しい気持ちは分かるけど、このドキドキはなんだろう……。


リビングに戻ると、既に豪華な朝食が準備されていた。寮の朝食は、和食だから洋食なのは新鮮だ。


「いただきます!」


 ウィーンのパンは、日本のパンよりもずっとおいしくていくらでも食べられそうな気がした。それから、準備を整えたおれ達はウィーンの街へ繰り出した。ウィーンといえば……という名所をあちこち見て回った。


 モーツアルトハウスや、オペラ座、シェーンブルン宮殿、シュテファン寺院……。色々な所を回っておれ達は今、おしゃれなカフェでランチを取っている。


「ウィーンすごいな!!! 何か、全部が大きく見える!」

「確かに、そうかも。俺も久しぶりに見て日本の建物との大きさの差を実感してる。迫力あるよな」

「うん。どれもすごい綺麗だし、食べ物も飲み物も全部おいしい!」


 たくさん見た感じがするのに、まだまだウィーンの名所は残っている。オペラ座でのコンサートは最終日に見る予定となっていた。


「オペラ座、何度もネットや映画とかでは見たけど実際見ると迫力がやっぱ違うな! ここでコンサート聞けるのめちゃくちゃ楽しみっ!!」

「良かった。はると、敷居高そうな所苦手そうだから嫌になっちゃったらどうしようって少し心配してた」

「そんなことないよ~~一人では絶対無理だけど、瑛くんが一緒なんだし! 最高な環境で最高の音楽聞くの楽しみに決まってるよ!」

「絶対後悔させないから、楽しみにしてて」

「うん!」


 それから、食事を終えたおれ達はウィーンの中心部を南北に走るケルントナー通りへ向かった。そこは北半分は歩行者天国となっていて、音楽科や大道芸人が常に生演奏や芸を披露している賑やかで楽しい道だった。


「おぉ~賑わってるな~~」


 日本ではなかなか見られない光景に感動が止まらない。きょろきょろと辺りを見渡しながら落ち着きなく歩いてしまうのも仕方ないだろう。


「はると、あんまフラフラ歩くと危ないぞ」

「ごめん、ごめん。楽しくてさ! こんな光景が日常ってすごいね。毎日お祭りみたいなもんだ」

「そうだな。日本だと路上ライブなんかは禁止されている場所が多いし、公園とかなら見ることもあるけどこれほどの物は見られないよな」

「うんうん! それにみんな上手すぎる! こんな上手い演奏とか芸をタダで見ちゃって良いのか? って思っちゃうよ」


 そんな会話をしながら歩いていると、ひと際賑やかな集団が目の前にやって来た。どうやら人気な集団らしく、おれ達がいた付近に一気に人が押し寄せて来る。


「瑛くん!」


 人混みに紛れてどんどん瑛くんの姿が遠くなっていく。おれ達はこの国では背が低い方だからあっという間に埋もれてしまう。ついに瑛くんとおれははぐれてしまった。


「瑛くん……」


 しばらくすると大道芸人の集団は別の場所に移り、群がっていた人達も散らばっていったけれど瑛くんの姿は確認できない。

人が溢れて来る前にいた場所からそんなに離れた場所にいっているつもりはないのだけれど、見上げた景色はさっきまでと違っていた。人の勢いに流れて、違う道に入ってしまったのかもしれない。


 どうしよう……。こんな時のためのスマホ……! と思ったけれど写真や、動画を撮りすぎて充電が切れてしまっていた。いつもは持ち歩いているモバイルバッテリーを今日に限って持っていなかった。万が一のことを考えていなさすぎな自分に落ち込んだ。


「あんまり、動かない方が良いよね」


 じっとしているのも不安だったけれど、たぶん瑛くんとはぐれる前にいた所からここはそう遠くは離れていないはず。それなら、どこか分かりやすい場所に座って待っていようと思った。瑛くんはこの街の地理を知っているからきっと、またこの辺りに戻って来てくれるはず。


 そう決めたおれは、噴水前のベンチに腰をおろして大通りをじっと見つめた。遠くからでも瑛くんの姿なら絶対見逃さないはず。そんな自信があった。


それから、しばらくすると雨がぽつぽつと降り始めてきた。不安が募っていく。珍しく弱気になって、泣きそうになっているおれに「大丈夫ですか?」と日本語で声をかけられた。


「日本語……!!!」


 おれはこんな所で日本語に出会えるとは思わず歓喜の声をあげた。顔を上げて声の主を確認すると、日本人ではなく日本語が出来る外国人みたいだ。青い瞳に美しい金髪で背が高い男性。年齢は同じくらいだろうか。おれは事情を説明すると、なんと偶然にもその人は瑛くんの知り合いだった。


「瑛くん、友達だよ。すぐに連絡取るから待っててね」


 彼が連絡を取るとしばらくして、瑛くんが来てくれた。おれは、瑛くんの姿を見つけると我慢できず抱き着いた。


「瑛くん~~~~~ごめん、おれ、スマホ充電切れてて……っ」

「心配した。何か事件に巻き込まれたりしてたらどうしようって……無事でよかった」


 いつも冷静な瑛くんの声が珍しく焦っている。たくさん走り回ってくれたのだろうか、息も切れていた。


「瑛くんっ」


 人前なのにこんな外でボロボロとおれは子どもみたいに泣いてしまった。そんなおれのことを優しく瑛くんは抱きしめてくれた。瑛くんに抱きしめられながら、おれはやっと気がついた。ここ最近の感じていた気持ちの違和感。



 おれは、瑛くんのことが好きなんだ———



 気づけば、雨は止んでいて虹が出ている。落ち着いた頃、おれ達は改めて瑛くんの友達にお礼を言ってその日は家へと帰った。


「瑛くんと逸れた時人生終わるかと思うくらい不安になったんだ……」

「俺も、気が気じゃなかった。ほんとに無事でよかった……っ」


 その日の夜、おれ達は瑛くんのベッドで眠った。近くに瑛くんの温もりがある、それだけでとても安心した。それと同時にドキドキと心臓の高鳴りが止まらない。気持ちに気づいてしまったから余計に……。


「瑛くん心配かけてごめんね。それから、ありがとう」

「俺の方こそごめん。明日は人が少ない所に行こう」

「うん」


 瑛くんは、おれのことどう思っているのかな。こんな気持ち話したら気持ち悪いって思われちゃうかな。色々なことを考えていたらその日はあまり眠れなかった。

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