「着いたよ」
転幽が案内した先には、以前目にした扉があった。
開いた隙間から見える光景は、真っ暗に塗り潰されている。
「この中に満月がいるの?」
「暗闇には明かりが必要だからね」
微笑む転幽を見る限り、どうやら満月は中で待っているようだ。
「転幽は入らないの?」
「わたしはここで睦月の帰りを待ってるよ」
微笑む転幽に見守られ、扉を開けていく。
扉の先に広がる暗闇で、小さな灯りが見えた。
丸く輝く月のような光は、どうやら私を待っているようだ。
「いってらっしゃい」
後ろから転幽の声がかかる。
振り向くと、晴れ渡る空のような瞳と視線が絡んだ。
「いってきます」
その言葉と共に、私は扉の中へと足を踏み出していった。
◆ ◆ ◇ ◇
中に入ってすぐ、地に足が着いたのを感じた。
どうやら、
光に向かって進むと、光源の中心に満月がいるのが見えた。
「待たせてごめんね、満月」
足に擦り寄った満月は、キラキラした目でこちらを見上げてくる。
嬉しそうに鳴き声を上げ、頭を押しつけてくる満月に、思わず笑みがこぼれた。
「行こっか。転幽も待ってるし、早めに戻らないとね」
満月と共に、真っ暗な空間を歩いていく。
優しい光が足元を照らし、暗闇でも迷うことなく進んでいけた。
あの日、私の手からすり抜けていった満月の魂は、今もここで輝いている。
冷たくなった体を抱きしめて、戻ってきて欲しいと何度も願っていた。
けれど、そんな淡い期待さえ打ち砕くほど、満月の体は冷たく凍りついていた。
柔らかくてふにゃふにゃで、抱き上げるとここぞとばかりに擦り寄ってくる。
満月の体温が
両親が亡くなってから、初めて幸せだと思えた日々。
満月にまた会えた嬉しさは、計り知れないほどだ。
けれど同時に、私の頭には疑問も浮かんでいた。
なぜ満月は死界に行かず、ここに留まっているのだろうか。
人間のように多くの業を背負わない動物たちは、死神が回収しなくとも、死後は自然と魂の海へ運ばれていく。
「満月はどうして……。ううん、何でもない。もう着きそう?」
名前を呼ばれこちらを見上げた満月は、一声鳴くと再び前を向き進んでいく。
突然、辺りが明るくなった。
見覚えのある景色が目に映り込む。
辿り着いた場所は、
「睦月、そろそろ戻っておいで。ご飯の時間よ」
誰かの呼ぶ声がする。
聞き覚えのある声に、思わず視線を向けた。
「……お母さん?」
上品な着物に身を包んだその人は、幼いころ事故でこの世を去ったはずの母だった。