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ep.24 記憶の回廊 ─ Ⅰ / Ⅱ


 母の視線は私の方を向いているが、見ているのは私じゃない。

 気がつくと、隣に少女が立っていた。


 少女は足音を鳴らしながら、母の方へと近寄っていく。


「またお話ししてたの?」


 そう問いかけながら、母は少女の頭を優しく撫でている。

 幼い日の自分と母の姿に、思わず立ち尽くしてしまった。

 とうの昔に失われたはずの光景。

 なぜ、扉の先にこんな光景が広がっているのだろうか。


 呆然と眺めていた私の足を、満月がぐいぐいと押してくる。

 二人の方に目を向けると、母が幼い私の手を取って、家の中へと戻って行くところだった。


 満月を腕に抱き上げ、二人の後を追っていく。

 家の中に足を踏み入れた途端、その場の光景ががらりと変化した。


 次に見えた場所は居間だった。

 父と母と私。

 三人しか使えない居間の空間は、家族で団欒だんらんするには適した場所だった。


 いつのまにか父の姿も増えており、幼い私を優しく見つめている。


「睦月はまた妖精さんを見てたのか?」


「うん」


「そっかぁ〜。睦月は綺麗なものが好きだもんなぁ」


 デレデレと顔が緩んでいく父だが、母はいつものことだと気にした素振りもない。


「そう言えば睦月、妖精さんが見えること、誰にも言ってないよな?」


「うん。だれにも言ってないよ」


 年齢の割にしっかりとした受け答えをする娘の姿に、両親はうちの子賢い……と言わんばかりの表情だ。


「妖精さんたちは何処で見かけるんだ?」


「色んなところ」


「色んなところかぁ」


 娘の言葉に、父は考え込む仕草をした。

 随分と不思議な話をしている。

 二人の話から推測するに、幼い頃の私には人外かれらの姿が視えていたらしい。


 けれど、私が人外かれらを視られるようになったのはつい最近のことだ。

 そして何より、私が過去に人外かれらを視ていたという記憶は──どこにも存在していなかった。


 私の記憶は薄れることがない。

 生まれてこの方、一度見たものは決して色褪せることなく、いつまでも思い出すことができた。


 それこそ、生まれてすぐに見た光景であっても、私は鮮明に思い出すことができる。

 だからだろう。


 今の私には、この光景が過去なのかさえ分からなくなってきていた。

 あの扉は何の扉で、いったい私に何を伝えようとしているのだろうか。


「ここは霊山も多いですし、悪いものが寄り付くことは少ないはずです。何より、この子は守られているんでしょう?」


「いのり……。そうだな。その通りだ」


 母の言葉に気を取り直した様子の父は、何度も頷いている。


「睦月。念のために言っておくが、もし相手が綺麗な外見をしていたとしても、付いて行くのだけは絶対に駄目だ。それだけは守るようにしてほしい」


「……わかった」


「まてまてまて、今の間はなんだ」


 さすが父親とでも言えばいいのだろうか。

 娘の微細な変化に気づき、慌てたように問いただしている。


「まさか睦月、もう既に……?」


 固唾かたずを呑む父に対し、娘の表情は完全に無だ。

 一見どころか、何見しようが分からないほどの無表情だが、両親には関係なかったらしい。

 肯定だと確信した父の顔が、みるみる絶望に染まっていく。


「怪我は!? 何もされなかったか!?」


 娘の周りをウロウロと観察しだす父を、母は落ち着いた雰囲気で静観し続けている。


「なにもされてないよ」


「そ、そうか……」


 安心した顔で息をついた父は、一転、不思議そうに娘の方を見た。


「それにしても、睦月がついて行くなんてな……。珍しいこともあるもんだ」


 周囲の人間曰く、私は幼少期から大人びた性格の子供だったようだ。

 おそらく父も、念押しのつもりで言ってみただけだったのだろう。


「すごくきれいだったから」


「えっ」


「あらまぁ」


 石化したように硬まる父と、おかしそうに笑い声をあげる母。

 へなへなと崩れ落ちた父の口からは、「まさか恋か……? いや、睦月に限ってそんな……」なんて声が漏れている。


「やっぱり睦月は私の子ね。お母さんも綺麗なものには目がないのよ」


「そうなの?」


「もちろん。お父さんのことも、顔で選んだくらいだもの」


 この話には覚えがあった。

 美しい容姿と器量を兼ね備えた母は、何人もの男性からアピールを受けていたらしい。


 強すぎるライバルたちの存在に、自分は選ばれないだろうと落ち込む父の手を取り、二人は見事ゴールインしたという話なのだが──。


「ご先祖様……代々我が一族をイケメンに生んでくださりありがとうございます。お陰で僕の代までイケメンに生まれることができました」


 まああの父の様子を見る限り、お似合いの夫婦だったと言えよう。

 そして、そんな夫婦の間に生まれた私の容姿を、両親はとても気に入っているようだった。


 たとえ私の容姿が、二人には似ていなくとも。



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