「それで、どんな外見をしてたんだ?」
天に向かって感謝を述べていた父は、唐突に我に返ったらしい。
娘の取った珍しい行動に、相手がどんな存在なのか気になっているようだ。
「見ためは人とおなじだよ。だんせいで、ほうせきみたいな目をしてた」
「あら、素敵ね。どんな色をしてたの?」
「あか色。ふかくてあざやかな、あか」
「なるほど、
宝石のような紅い目。
もしかしたら私は、既にその色を知っているのかもしれない。
「他に覚えてることはあるか?」
「かみは黒くて、しんちょうが高かった」
「紅い目に、黒い髪。それと高身長の男……」
娘の言葉を繰り返しながら、父は真剣な顔で呟いている。
「背は? パパと比べて、どっちが高かった?」
「むこう」
「そうか……」
父の身長は日本人にしてはかなり高い方なのだが、紅い目の存在は父よりもさらに高い身長をしているらしい。
ちなみに、父が自分をパパと呼ぶのは、幼い私にパパと呼んでもらいたかったためだ。
結論から言って、その願いが叶うことはなかったのだが。
「よし、じゃあ最後の質問だ。睦月から見て、パパとその男、どっちがカッコよかった?」
「むこう」
「ふぐぅっ!」
清々しいほどの即答に、膝から崩れ落ちていく父の姿。
胸を抑え
「そんなに素敵な見た目なら、睦月がついて行くのも納得ね」
微笑みながら放った母の言葉が、父にさらなるダメージを与えていく。
よろよろと起き上がった父の背中からは、拭いきれないほどの哀愁が漂っていた。
「まあ、何はともあれだ。睦月が無事なら、パパはそれで充分だよ」
優しく目を細め、父は娘の頭をわしゃわしゃと撫でている。
少々雑に見える撫で方だが、そこから伝わる優しさと温もりは、母にも劣らないものだった。
目の前に広がる光景が、再び変化していく。
瞬きの直後、そこには夜が広がっていた。
縁側に座り、一人空を見上げる少女。
幼い頃の私は、自室の前にある縁側でよく空を見上げていた。
星の輝く空と、いつもより暗い縁側で、少女の白い肌がぼんやりと浮かんでいる。
突如、誰もいなかったはずの庭園に、人影らしきものが現れた。
暗闇に紛れる人影は、全身に黒を
夜闇に溶け込んだ姿は、たとえ目を凝らしても気づけるかどうか分からない。
けれど、紅く輝く宝石のような目が、男がそこにいることを確かに現していた。
少女の口元が、嬉しそうに緩んでいく。
いつも無表情な顔に浮かんだ柔らかな微笑みは、男が睦月の
二人は何かを話しているようで、男の言葉に少女が首を傾げるのが見える。
声は聞こえないため、内容を知ることはできないが、少女の様子を見る限り悪い話ではなさそうだ。
いくらか話した後、男は少女に向けて手を伸ばした。
戸惑う様子もなく、少女はその手を受け入れている。
目の上に被せるように置かれた手。
突然、少女の身体がふらりと傾いた。
倒れ込む少女を抱えた男は、そのまま家の中へと消えていく。
目の前の光景に、頭の中は大荒れだ。
私にこんな記憶はない。
──なかったはず、なのだ。
今なら分かる。
これは、私から失われていた記憶の欠片なのだと。
全てが記録された映像の中には、何故か小さく塗りつぶされたような箇所があった。
虫食いのように不自然に空いた穴たち。
その一つを今、私は取り戻したのだ。
そして、脳裏に焼き付く鮮烈な紅。
あの紅を──やはり私は知っていた。
現世で生まれた私が最初に見た光景。
それは、母の姿でも、父の姿でもない。
記憶に刻まれたその紅は、先ほどまで見ていた紅と同じ。
──鮮やかに輝く、宝石のような紅だった。